第15話 町役所での出来事

タカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカ・・・


ここはハジメ町,町役所内の町長室.


中心には長机が縦に伸びており,その両側には応接ソファーが一つづつ.

奥には事務机があり,その後ろには観葉植物や壺が数個飾ってある.


そんなシンプルかつ穏やかな場所で,町長のマチナガは,事務机と長机の間をイライラしながら右へ行ったり左へ行ったりしていた.


メルガネ:「町長.いい加減,タカタカ歩き回るのやめてください.」


側に控える眼鏡をかけたオールバックの長身の男─副町長のメルガネは,そんな町長をたしなめる.しかし,町長は一向に動きを止めない.


町:「そうは言ってもだね!君は腹が立たないのかね!?こんな時に別荘を買いに貴族,それも伯爵が王都からやってくるなんて.王都にはこの町の状況を伝えたはずなんだがねっ!!」


感情に身を任せ,怒鳴りちらす町長.

普段は温厚な彼がここまで怒りに震えているのには理由があった.

それは,ハジメ町の行方不明者数増加に関係することである.ここ数年,この町の失踪者数は他の地域と比べてやや多い程度でそこまで問題にはなっていなかった.しかしながら,三カ月前から徐々に月当たりの行方不明者数は増えていき,遂にここ一か月の行方不明者件数は前年比の5倍以上の数になったのだ.

明らかに異常な数値.何者かが裏で動いているとしか思えない.

領主の代わりにハジメ町の行政を司っている町役所では,緊急会議を開き,この件について話し合った.そして,一つの結論に至った.

西の山に住む魔女がこの事件の犯人である.と...

この結論は,なにも西の山に魔女がいるという噂だけに基づくものではない.三カ月前,実際にこの町で魔女が目撃されたのだ.その際,その場にいた狩人に弓矢で撃退され,その魔女は姿を消したという.

     ─魔女が弓で射られた腹いせに町の住民を攫っている─

これが会議での結論であった.

この会議の後,町長は,町だけではこの問題を解決できないと判断,三カ月前に魔女が出現したときに調査を依頼した際,「検討する」という返事のみで何の対応もしてくれなかった領主レアンに対して助けを求めても無駄だと考え,王都に直接使者を送った.それから二週間.王都から伯爵が来たという門番からの連絡に,ついに王都から助けが来た!さすがは王都!困ったときには助けてくれるんだ!と,心が躍ったのも束の間,蓋を開けてみれば,ただのプライベートでこの町に来た伯爵だったのだ.町長が怒るのも納得である.


メ:「町長.気持ちはわかりますが,落ち着いてください.そろそろ伯爵さまがおいでになる頃です.」


町:「これが落ち着いてられるかね!貴族なんてみんな偏屈なんだぞ!ほんとにこういう時に来るのは勘弁してほしいね!」


メ:「それは物凄い偏見ですよ.・・・それに町長,これはむしろ私たちにとって好都合なのでは?」


町:「・・・ん?どういうことだね?」


メルガネの言葉に町長は動きを止める.


メ:「ピンチはチャンスです.この機会に,伯爵さまにこの町がどれほど危機に瀕しているか伝えるのです.そうすれば伯爵さまは力を貸してくれるはずです.なんたって伯爵さまは別荘を買いに来るほど,この町のことを気に入っているのですから.そうして,伯爵さまの助けを借り,再び王都に助けを求めれば,王都は今度こそきっとハジメ町を助けてくれるはずです.」


メルガネの言葉を町長は頭の中でゆっくり咀嚼する.


町:「・・・なるほど.確かにそうかもしれないね.・・・しかし,相手は伯爵だ.そんなにうまくいくかね?」


メ:「大丈夫ですよ町長.わたくし,人を説得するのは上手いですから,ここはわたくしに任せてください.それに,『優しそうな人だった』と電話で門番が言ってました.勝算はあります.」


町長:「そうなのかね.・・・よし分かった,頼んだよメルガネ.」


コンッコンッ


そのとき,町長室の扉が叩かれた.


役員A:「伯爵さまをお連れしました.」


町:(ついにきたか.)


町:「どうぞ.」


役員A:「失礼します.・・・こちらが町長室になります.」


町役所の役員Aは扉を開き,後ろに連れていた方たちを丁寧に室内に誘導する.


マルガオ:「ホッホッホ,わざわざ開けてもらってすまないねぇ.」


入ってきたのは,恵比寿のように優しそうな笑顔をした小柄でふくよかな男性─マルガオ伯爵だ.白を基調としたロココ様式の服を身にまとっており,その後ろには護衛と思われる屈強な男が二人控えている.


町:(おお,本当に優しそうな見た目の方だ.)


町:「よくぞ.いらっしゃいました.マルガオ伯爵.わたしはハジメ町の町長マチナガと申します.となりにいるのは副町長のメルガネです.さぁどうぞ.こちらの席におかけください.」


マ:「ホッホッホ,ご丁寧にどうも.」


マルガオ伯爵は町長に従い,扉に近い方のソファーへとゆっくり腰をかけた.護衛の二人はというと無表情で扉のそばに立ったまま控えている.・・・なんというか,威圧感がすごい.


マ:「よいしょっと.・・・すまないねぇ,特に連絡もなしに急にこの町に来ちゃって」


町:「いえいえ,滅相もございません.伯爵さまのご来訪はいつでも大歓迎ですよ.」


町長とメルガネはマルガオが座った後で,向かいのソファーへ腰を掛けた.


町:「本日は,この町についてもっと知るためにここにいらっしゃったんですよね?」


マ:「ええ,そうなのですよ.この町に新しい別荘を買うつもりでね.その下見に,この町のことをもっと知りたいなと思いまして.」


メ:「失礼ながら,この町のどこを気に入られたのですか?」


マ:「それはもう全部ですよ!・・・実はねぇ,恥ずかしながら,一時期お忍びで旅行するのが趣味になっていた時がありまして・・・.かなり前にお忍びでこの町に訪れたことがあるんです.そのときに感動したんですよ.赤レンガの美しい街並み,交易の町ならではの王都とは違った活気の良さ.人も生き物も建物も色も,みんな生き生きとしている.・・・本当に素晴らしい場所だなぁと思いまして.王都に戻っても,その憧れは消えなくてねぇ.一通り国中の町を訪れた後,やっぱりハジメ町が一番いいなと思いまして.それで,今になってこの町に別荘を買おうと思い至ったわけです.」


町:「そうだったのですか!マルガオ伯爵にそこまでこの町のことを気に入っていただいて,ハジメ町の町長として大変うれしく思っております.」


マ:「そうですか,そうですか.それはうれしいですねぇ.・・・それでね,前回訪れた時は,あまり隅々までこの町を探索することが出来なかったからね.この町をより深く知るために,できれば役所の職員に町を案内してほしいなと思うのですが・・・.」


メ:「それでしたら,このメルガネにお任せください.この町の良さ,マルガオ伯爵に存分にお伝えします.」


マ:「おおー,副町長が直々に案内してくれるとは・・・.お仕事の方は大丈夫なんですか?」


メ:「はい,問題ありません.必要な書類関係の仕事はもう済んでおりますし.副町長の仕事は町長の補佐がメインで,町長おひとりだけでも仕事ができるようになっておりますから.」


町:「メルガネのいう通りです.どうかお気遣いなさらないでください.」


マ:「そうですか.・・・それじゃあお願いしましょうかねぇ.」


メ:「はい.よろしくお願いします.」


マ:「それじゃあ長居するのもあれだし.さっそく,案内の方を・・・.」


町:「その前に,マルガオ伯爵.少々お時間をもらってもよろしいですか?」


ここで,町長が流れを変える.


マ:「ん?何ですかな?」


町:「実はですね,現在この町で行方不・・・.」


メ:「町長.」


そのとき,町長が言い切る前にメルガネがピシャリと遮った.


町:「ん?なんだね?」


ふいに遮られ,少々不満げな町長.

彼に対し,メルガネは小声で耳打ちを始めた.


メ:「助けを求めるのはまだ早いです.」


町:「ん?どうしてだね?」


メ:「こちらから伯爵さまに何もしていない段階で,いきなり助けを借りようとするのは心証が悪いです.まずは伯爵さまとある程度信頼関係を構築してからでないと.」


町:「・・・そうだね.確かにそうかもしれないね.・・・分かった.」


町:「申し訳ありませんマルガオ伯爵.また後でお話しします.今は思う存分,町を見て回ってください.」


マ:「そうかい.それならそうさせてもらいましょうか.よろしくお願いしますね,メルガネさん.」


メ:「はい.こちらこそよろしくお願いしますマルガオ伯爵.」


コンコン


そのとき,再び町長室の扉がノックされる.


役員2:「失礼します!」


メ:「おい,今は伯爵さまがおられるんだぞ.後にしないか.」


役員2:「申し訳ございません.しかし,緊急の連絡でして.」


マ:「ホッホッホ,なにやらお急ぎの様子,わたしのことは気にしないでください.」


メ:「伯爵さまがそうおっしゃられるなら・・・.おいっ,手短に話せ.」


役員2:「はい.実は先程門番から連絡が入りまして,西の山での行方不明事件が解決したかもしれないそうです.」


町:「なに!?それはほんとうかね!?」


役員2の言葉にメルガネは目を丸くし,町長は思わず笑みをこぼす.


役員2:「はい.なんでも犯人は山賊であったようで,現在は山の中腹あたりで縄で縛られた状態でいるそうです.逃げ伸びた子供たちの証言ではありますが,確かめる価値はあるらしく,今すぐ部隊を編成し,派遣してほしいと.」


町:「・・・そうか.つまり,犯人の情報は逃げ伸びた子供たちの証言だけで,実際に山賊を見たものはその子たち以外にいないんだね?」


役員2:「はい.そういうことになります.」


メ:「なるほど.それは信憑性が薄いですな.ここは大事を取って,まず緊急会議をひらき,部隊を派遣すべきかどうかしっかり検討するべきでしょう.それでいいですよね.町長.」


町:「・・・いや,今回は私の責任で部隊を編成し,西の山に派遣することにする.君は兵士長に連絡し,部隊を編成し次第,早急に派遣するよう伝えてくれ.私はこれから手続きの書類を用意する.」


メ:「!!?町長!ご自分が何を言っているのか分かっているのですか!?山賊がいるという証拠は子供の証言だけなのですよ!?子供の証言を真に受けて,山に部隊を派遣して,その結果魔女によって全滅させられるような事態があったらどうなさるおつもりなのですかっ!?」


町:「そうなったときは大人しく職権乱用で捕まるよ.」


メ:「!?どうしてそこまで・・・」


町:「私はね,こういうマニュアルの無い非常事態が起こったときは現場の判断を尊重するようにしているんだ.子どもたちの証言を聞いた門番たちは確かめる価値があると判断した.それなら,部隊を派遣し,確かめるしかないだろう.」


メ:「それはあまりにも─」


町:「それに,証言が本当だった場合,私たちが会議している間に山賊たちに逃げられる可能性があるわけだしね.そうなると,この町の不安を取り除く絶好のチャンスを取り逃すことになってしまう.わたしはチャンスを取り逃すようなまねはしたくはないね.」


メ:「町長・・・」


マチナガ町長の覚悟を決めた瞳.メルガネはこれ以上何を言っても彼の考えを変えることはできないだろうことを察する.


役員2:「・・・それでは,兵士長に連絡しにいってきます.」


町:「ああ,頼むね.」


役員2:「失礼します.」


ぱたん.  タッタッタ・・・


メ:「・・・.」


マ:「どうやらわたしは席を外したほうが良さそうですね.」


町:「!申し訳ありませんマルガオ伯爵.気を使っていただき感謝いたします.」


マ:「ホッホッホ・・・それじゃあ,メルガネさんだったかな.」


メ:「?はい.」


マ:「さっそくですが,町の案内をしていただけますか.」


メ:(え?今の流れで?)


メルガネは少し動揺する.


メ:「・・・申し訳ございません.先程は快諾いたしましたが,このような状況になった以上,私にも副町長としてやることがございまして・・・.」


マ:「ん?そうなのかい?さっき町長だけでも仕事はできると言ってなかったかい?」


メ:「・・・もちろん,町長に代わりにやっていただくことは可能ですが,それだとかなり町長に負担をかけてしまうことになるので・・・.」


町:「ああ,そういうことなら問題ないぞ,メルガネ.こういう時にやることは頭に入っているからね.君も知っての通り仕事の速さには自信がある.手続き関係のことは私に任せてくれ.」


町:(だから,伯爵さまのことは頼んだよ?)


町長からのウインク.その意図が伝わったのかメルガネは肩をすくめる.


メ:「・・・そうですか.・・・それなら,問題ありません.」


マ:「ホッホッホ,それなら良かった.・・・それでは,早速行きましょうか.」


メルガネとマルガオ伯爵はドアのそばで控えていた二人の護衛と共に町長室を出ていく.


こうして,無事メリーとトモシビの訴えは役所に聞き入られたのであった.

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