第13話 終わり,そして新たな始まり・・・

──メリーが目を覚ます数時間前


傍らに置いた松明の光を頼りに,月明かりの下,トモシビは気を失っている山賊の残党を一人一人丁寧に縄で縛っていた.


ト:「・・・よし.これで全員縛れたな.そんじゃ縄切りに行くからちょっと待っててくれ.」


トモシビは,こちらを向いて胡坐をかいて座っているクリケにそう声をかけ,松明を拾ってゆっくりと腰を上げる.クリケは相変わらず両手首と両足首を縄で縛られたままだ.


クリ:「・・・どうして助けてくれるんだ?」


ト:「ん?なんだよ今更.もともとそういう約束だったじゃんか.縄をどこに置いてそうか教えてくれたら逃がしてやるって.おかげで助かったぜ.あいつらをこうして縛ることができたし.便利なウエストポーチも頂戴できたし.ついでにあいつらの金も見つけられて懐が潤ったしな.」


トモシビは松明片手にお金でパンパンに膨らんだ自らのウエストポーチを満足そうに叩きつつ,クリケに近づいていく.


クリ:「確かに約束はしたが.・・・俺は山賊だぞ?縄を切ったら襲われるとは思わないのか?縛られて身動きが取れないうちに殺すのが一番安全だろ.」


ト:「じゃああんた,殺されるかもしれないって思ってたのに俺に縄と金の在りかを教えてくれたのか?なおさら信用できるじゃねぇか.」


クリ:「・・・っ,それは・・・.」


動揺するクリケ.

そんな彼の様子など気にも留めず,トモシビはクリケのそばでしゃがんで松明を置くと,服の袖からナイフを取り出し,彼の両腕の縄を切り外しにかかる.

そのナイフは山賊たちの暗殺に使っていたものとは違うナイフ.山賊たちの所持していたナイフだ.


ト:「それに,万一あんたが襲ってきても俺はやられねぇよ.俺けっこう強いからね.・・・ほい,切れたぜ.」


クリ:「・・・すまねぇ.」


ト:「両足の縄は自分で切ってくれよ.ほい,あいつらから取ったナイフっ.この松明は持ってくぜ.他にも松明落ちてるし,視界には困んねぇだろ.」


トモシビは自由になったクリケの右腕にナイフを握らせ,立ち上がると,そのまま寝息をたてているメリーの下へと向かった.


クリ:「・・・.」


クリ:「・・・あんたは何者なんだ?」


ト:「ん?ただの旅人だよ.刺激を求めてふらふらしてるだけのな.」


クリ:「・・・その歳で,刺激を求めてふらふらしてんのか.」


ト:「いろいろと事情があるんだよ.・・・あと,一応目的もある.さっきできたばっかの目的だけどな.」


クリ:「・・・そうか.」


ト:「さてと・・・それじゃ俺はメリーおぶってさっさと町にいっとくわ.おいしょっと・・・意外と重いな.」


クリ:「ああ・・・.」


クリ:「・・・なぁ!あんた!」


メリーをおぶり,その場を立ち去ろうとしていたトモシビをクリケは呼び止めた.どうしても聞きたいこと,聞いておきたいことがあったからだ.


ト:「ん?」


クリ:「俺はこれから何をすればいい?」


それはクリケにとって,心の底からの問いだった.


ト:「・・・さぁ.まぁせっかく拾った命なんだから,今度は後悔のないように生きたらいいんじゃないか?」


クリ:「・・・.」


クリ:「後悔の,ないように・・・.」


ト:「そんじゃな.もう悪いことすんなよ.あでぃおーす.」


そうして今度こそ,トモシビはメリーをおぶり,その場を後にするのであった.






────────





クリ:「後悔のないように・・・か・・・.」


足の縄を切り外したクリケ.

彼は,胡坐をかいたまま明るくなった空を見あげ,トモシビの言葉を頭の中で反芻しながら,自分のこれまでの人生を振り返っていた.


引っ込み思案でろくに友達も作れなかった幼少期.好きな子ができても,思いを告げられず結局だれとも付き合えなかった青年期.成人してもやりたいことがなく,なんとなく行商人になった結果,荷車を運ぶ道中で魔物に襲われ,一文無しになった.それから,あれよあれよという間に山賊に仲間入りしてしまっていて,いつの間にかいろんな人を不幸にしてきてしまっていた・・・.


クリ:「俺の人生,本当に後悔ばっかりだったなぁ.・・・まぁ,俺がどうしようもない人間なのが悪いんだけど・・・.」


クリ:「・・・.」


クリケは頭を基の位置に戻す.視界には,メリーに倒され,トモシビに縛られたまま,今なお気を失っている山賊たちの姿が目に映った.


クリ:(すげぇよなぁ,あの子たち・・・.あの歳で自分のやりたいことがあって,しかも強くて,行動力がある.俺とは大違いだ・・・.)


クリ:「俺もなりたかったなぁ.あんな風に・・・.」


─今度は後悔のないように生きたらいいんじゃねぇか?─


クリ:(まだ,やり直せんのかなぁ.)


そのとき,ふと,クリケの脳裏にある思いが沸き起こった.


クリ:「・・・孤児院,作ってみたいなぁ・・・.」


それは,トモシビとメリーの姿に憧れてか,それとももともとそういう願いを持っていたのかは分からないが,ただ,ただ純粋に子どもを育てたいという想いが沸き起こってきたのだ.


クリ:「・・・身寄りのない子を集めて,育てて,あんなふうに目標に向かって行動ができる人に育てられる孤児院・・・少なくとも俺みたいにならねぇように育てる,そんな孤児院が作りてぇ・・・.」


クリ:(・・・俺なんかが作れるのか分かんねぇし,作る資格があんのか分かんねぇけど.今まで,人を不幸にしてきた分,これからは人のために・・・.)


それは,クリケが自らの人生で初めて抱いた夢,本気で抱いた希望だった.クリケの身体にみるみるうちに力が湧き上がってくる.


クリ:「よし!そうと決まれば,町に行くか!」


そうして,ようやくクリケは立ち上がり,町に向かって颯爽と歩き出した.


彼の表情にはもうひとかけらの曇りもない.純粋に未来を見据えていた.


クリ:(もしかしたら,またあいつらに出くわしちまうかもな.・・・そしたら,お礼言わなきゃな.そんでいつか,あいつらに向かって堂々と胸を張れるような,そんな大人に─


─ドスッ


そのときだった.クリケの胸にサーベルが突き刺さったのは.


クリ:「・・・えっ?」


ジワ,ジワジワジワー・・・


サーベルはクリケの胸を背中から貫いている.サーベルの周りから,血がじわじわーと滲み出ている.

しんどさ,鈍い痛み,稲妻のような痺れがクリケの身体を襲っている.


─ズッ


サーベルが引き抜かれた.

深く大きな傷口から血液がとめどなく溢れ出ていく.

その血液と共に,クリケの身体から力も失われていき・・・.


・・・ドサッ


クル:「生かすわけねぇだろ.モブが・・・.」


倒れたクリケにそんなセリフを吐き捨てながら,クリケを後ろから差した人物─クルエルはサーベルを肩に担いだ.


クル:「ふぅ.・・・やっと視線そらしてくれたぜ.とっくのとうに目ぇ覚ましてたってのに,いつまでもこっち見たまま惚けてやがるから縄から抜け出せなかったじゃねぇか.・・・さてと,どうすっかなぁ.あいつら,町に行ったんだよなぁ.今すぐ追えば山から出る前にギリ追いつくか?・・・いや,やめとこう.流石にもうちょい傷癒してからにしねぇとな.タイマンなら問題ねぇが,あいつら二人を同時に相手するのはちょいと厳しそうだ.」


そうして,これからの方針が決まったクルエルは身体を翻す.向かう先は,山賊の薬品置き場だ.そこには神経毒や睡眠薬の他,回復薬もおいてある.すべてクルエルが調合したものだ.


クル:「いやー,しかし,ついてるなぁ俺.山賊やるの飽きてきたところで魔女に会っちまうんだもんなぁ.おかげで後腐れなく山賊団抜けれたし.」


クルエルは口角をあげながら,歩みを進めていく.そんな彼の胸は期待と希望でいっぱいになっていた.


クル:「・・・あいつらなら,持ってそうだよなぁ.魔道具.」


ヒュー・・・


どこからともなく吹いた風に山の木々は不穏に揺れ動くのだった.







───────────






話は変わる.

現在,山を下りたトモシビとメリーは,青々とした草原を進みながら,遠くにそびえたつ灰色の防御壁へと向かって歩いていた.


メ:「へぇー,トモシビってCランクの魔物倒したことあるんだ.」


ト:「おお,山イカって魔物をな.結構強かったぜ?10本のぶっとい触手を持っててよ.それが変則的に襲い掛かってくるんだ.一振りで木をなぎ倒す程のパワーを持ってる触手が10本だぜ?その時は毒塗りのナイフでなんとかたおせたけどよ.たぶん毒を付けてなかったら,今頃俺は死んでただろうな.」


メ:「へぇーそうなんだ.それでもすごいよ.魔法を使わずにCランクの魔物を倒せちゃうなんて.やっぱり強いんだね.トモシビって.」


ト:「まぁ,伊達に一人旅をしてるわけじゃねぇからな.それなりの武芸はあるさ.」


メ:「ふーん.・・・それにしても,山イカかぁ.見て見たいなぁ.」


ト:「まぁ,実際にあったことのない奴はそう思うよな.俺からしたらあんな怪物と出くわすのは二度とごめんだけど.味もまずかったし.」


メ:「えっ?食べたの?」


ト:「おう.一応な.めっちゃまずかったぜ.いや,まずいというより食いたくないなって味だったな.アンモニア臭がするし,へんな苦みが口の中に残るし.食感はイカだけど,それ以外はほんとにイカかよって思うくらいにはおいしくなかった.」


メ:「へぇーそうなんだ.・・・普通のイカってやっぱり美味しいの?」


ト:「ああ,うまいぜ.ほのかに甘みがあって.・・・なんだメリー,食ったことねぇのか?」


メ:「うん,イカとかタコとか,お母さんに聞いたことはあって名前は知ってるけど,食べたことはまだ一度もないわ.・・・はぁー,やっぱりおいしいんだ.イカって.食べてみたいなぁー.」


ト:「まぁこの辺海からかなり離れてるから,そう簡単には食えないよなぁ.・・・そういや,フィレンチアには港町行きの馬車があるって聞いたことあるような・・・.」


メ:「えっ!?ほんとにっ!?」


ト:「ああ,まぁあくまで聞いたことあるってだけの・・・」


メ:「港町,海かぁ・・・.」


ト:(こいつ,聞いてないな.)


トモシビの察した通り,メリーはまだ見たことのない景色を思い浮かべながら悦に浸っていた.


メ:(海ってどんな場所なんだろう.やっぱりきれいなんだろうなぁ.ああ,行ってみたい.そんで思いっきり海の幸を満喫したい.)


メ:「・・・よしっ!それじゃフィレンチアの次は港町に行きましょ!トモシビ!」


ト:「ああ,まぁいいんじゃねぇか.俺も久しぶりに海に行ってみてぇし.・・・でもいいのかよメリー.お前の目的って魔女の汚名を晴らすことなんだろ?」


メ:「ん?ああ,わたし,魔女の汚名を晴らすって目的もあるけど,純粋に旅を楽しむって目的もあるの.」


ト:「えっ?そうなのか?・・・なるほどな.旅を楽しみながら,各地で魔女の汚名を晴らしていくって感じなんだな.」


メ:「うん!・・・あっ,見てトモシビ!人の列が見える!・・・すごい.あそこが町の入口なんだ・・・!!」


メリーは目をキラキラさせながら,遠くの方に見える防御壁に続く人や荷車の列,そしてその先にあるアーチ状の出入り口に興奮する.


ト:「ああ,そうだな.ようやく──


ト:──フィレンチアに到着だ.」







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