第9話 脱出,別れ,そして処刑

メ:「・・・鍵を開けられるの?」


少年:「ああ.」


少年は力強く頷く.その反応に迷う素振りはない.


メ:「・・・」


メ:(うそではなさそう・・・.)


メ:「スムーズにできる感じなの?」


少年:「ああ,もちろん.激しい音も出さねぇし,時間もかからないと思うぜ?」


メ:「・・・わかった,あなたを信じる.牢番を倒すわ.」


少年:「おしっ,頼んだ.」


メ:「・・・.」


メリーは牢番の方を見つめ,メリーは魔力を集中させる.


メ:(・・・助けを呼ばれないように一撃で倒さないと.・・・そのためには,不意打ちで確実にしとめる・・・!!)


サーーーー・・・


メリーは,牢番の視界の外側,牢番の背後に魔力で砂を形成していき,石をかたづくっていく.


少年:(すげぇ,あれが魔法・・・と,いけねぇいけねぇ.あんま感心してると牢番に不自然に思われちゃうかもしれねぇからな.へいじょうしん,へいじょうしん.)


C:「んー,しょっと・・・.」


─ドキッ!


メリーの心は一瞬焦る.


メ:(・・・大丈夫.彼はただ背伸びをしただけだ.後ろの石弾はばれてない.・・・でも,何かの拍子で後ろを見られる可能性があるわね・・・.)


メ:「・・・ねぇ,念のために注意を引いといてくれない?」


少年:「ん?そうだな,わかった.」


メリーの小声でのお願い,それに少年も小声で答える.


少年:「・・・なぁお兄さん,ちょっと話そうぜ?」


C:「・・・.」


牢番は,少年を無視し,ナイフいじりを続けている.


少年:(あいっかわらず無反応な牢番だなぁ.仲間の山賊とは普通にしゃべってたくせに.・・・まぁいいや,メリーに安心して集中してもらうためにも,分かりやすく注意を引く話題にしないと.・・・ええと,ええと・・・.あっ,そうだ!)


少年:「なぁ,お願いがあるんだけどよぉー,俺も山賊の仲間に入れてくれないか?」


C:「・・・.」


牢番の眉がピクリと動く.どうやら,ちゃんと注意を引けているようだ.


サー・・・ギチギチギチ・・・


メ:(集中,集中・・・.失敗は許されない.仲間を呼ばれないためにももっと硬く,もっと重くしないと・・・)


メリーは今まで以上に魔力を集中させ,砂を凝縮せていく.石は高密度のまま,徐々に重く,大きくなり,もう拳サイズくらいには大きくなっている.


メ:(あとちょっと・・・.)


少年:「男の俺を売ってもたいした金にはなんねえだろ?なぁ頼むよぉ.俺m─


C:「てめぇ,そろそろ黙ったらどうだ.」


メ:(できた.これならっ─)


C:「・・・だいたい簡単に山賊になるとかいって─


石弾ストーンバレット!!


シュッ──


喋っている牢番の後頭部に通常よりさらに威力を増した石弾が襲い掛かる.


──バガンッ!!


C:──んぐシッ!?」


完全なるふいうち.後頭部にいきなり鉄パイプを食らったような鈍い感覚.いくら,屈強な山賊でも,これを食らって気を失わないわけがない.


C「・・・ぐふっ.」


ドサッ・・・


牢番の山賊は無事鼻水をたらしながら,椅子から倒れ,完全にのびてしまうのだった.


少年:「おおーすげぇ・・・.」


メ:「まあね.」


少年:「・・・.」


メ:「・・・」


メ:「・・・ぼーっとしてないで早く鍵あけてよ.」


少年:「あっ,そうだった.ちょっと待ってろ.」


メリーの魔法に見とれていた少年は,我に返り,その場にしゃがむ.そして,自らの右足に手を伸ばし,何やら靴の中をごそごそすると,あるものをそこから取り出した.

それはカギだった.何の変哲もないただのカギだった.しかし,メリーはそのカギを見た瞬間,それがただのカギではなく,魔力を纏っていることに気がついた.


メ:「それって,魔道具?」


少年:「ああ.・・・やっぱ魔女にはわかるんだな.運よく手に入れた俺の宝物さ.『盗賊のカギマスター・キー』っていう名前の魔道具なんだけど,よっと・・・」


少年は檻の扉の前に立ち,錠の鍵穴に魔道具を近づける.すると,魔道具はすんなりとそのカギ穴へとはまっていった.そして─


──カチャリッ・・・


少年:「・・・こんな風に鍵穴のある鍵ならどんな鍵でも開けることが出来るんだ.便利だろ?」


メ:「へぇー,すごいね.そんな魔道具初めて見た.」


魔道具──それは魔女によって魔力が込められた道具.一つの魔道具には一つの特別な能力が込められている.魔道具は非常に高度な魔法の技術と膨大な魔力をもったものにしか作れない.現存する魔道具のほとんどは大昔に偉大な魔女によって創られたものである.魔女の村でも,村長のアリシアにしか作ることができず,ゆえに貴重で,貴族でもめったにお目にかかれない代物である.


メ:(村では,洗濯機とかドライヤーみたいな日常生活に使う魔道具しか見たことなかったからなぁ.こんな機能を持った魔道具があるなんて,魔道具のこともっとお母さんに聞いとくんだった.)


──カチャッ,ガコン


少年:「よし,カギ開けたぜ.あんたも出てきな.」


メ:「うん.ありがとう.よいしょっと・・・」


そうして,メリーは鉄格子の扉を通り,牢の外へと脱出することに成功するのだった.


メ:(なんだろう.そんなに長い間檻の中に閉じ込められてたわけじゃないのに,すごい開放感.これが檻から解き放たれたような感覚か・・・.)


メリーは檻の外で,気持ちよさそうに背伸びをする.


メ:「うーん,ふぅ・・・.おかげで檻からは出られたわ.ありがとう,ええと・・・」


少年:「ん?どうしたんだ.」


メ:「・・・そういえば,わたしたちまだ自己紹介してなかったわよね.わたしメリーっていうの.よろしく.」


少年:「ああ,そういやそうだったな.よろしく,メリー.俺の名前は・・・」


机の上のロウソクがちらっと目に映る.


ト:「・・・そうだな,トモシビっていうんだ.よろしく.」


メ:「うん,よろしく.・・・トモシビか,いい名前ね.」


ト:「ん,まぁな.・・・それじゃさっさとここから脱出するか.」


メ:「そうね.・・・いや,ちょっと待って.外にどれくらい仲間がいるのか分からない.まずは外の様子を確認しないと・・・.」


ト:「ん?ああ,そこは心配しないでいいぜ.この洞窟はアジトから離れてる.山賊たちの話をきいた感じだとここら辺にいる山賊もそこの奴だけだしな.」


メ:「・・・えっ?アジトは別の場所にあるの?」


ト:「そうだと思うぜ.少なくとも,洞窟の周りにはねぇと思う.」


ト:(この洞窟に来た時,周りにそれらしき場所はなかったしな.)


メ:「・・・じゃあ,アジトにはどうやって行けばいいの?」


ト:「それは俺にもよくわかんねぇけど・・・,てちょっと待てよ.もしかしてメリーお前,アジトに乗りこむ気か?」


メ:「ええ,もちろん.」


ト:「いや,『もちろん』て・・・.正気か?いくら魔女だからって一人で挑むのは流石に無謀だと思うぜ?お前も気づいてるだろ?この山の山賊たちは組織としてかなりレベルが高い.魔女のお前がすんなり捕まっちまうくらいだ.」


メ:「・・・確かにそうね.」


ト:「だろ?だったらひとまず町に行って,山賊がいるってことを伝えて,町に山賊を退治してもらうのが今の俺たちの最善の行動なんじゃないのか?」


メ:「・・・それだと意味がないの.」


ト:「はっ?」


メ:「この事件は,魔女であるわたしが解決しなきゃ意味がない・・・.町に解決してもらっても,魔女の悪いイメージは変わらない.魔女のイメージをいいイメージに塗り替えるためにも,この事件は魔女のわたしが解決しなきゃいけないのっ!」


ト:「・・・お前の気持ちはなんとなくわかったけど,それってお前の理想論だろ?現状,相手がどれだけの数,どれだけの戦力を持ってるか分かってねぇ.しかも,地の利は相手にあるんだ.魔法が使えるからって,そんな奴らに一人で勝てると思ってるのかよ?」


メ:「・・・確かにむちゃかもしれないけど,もしいまここで倒さなきゃ逃げられちゃう可能性もあるわ.そうなったら,また別のどこかで同じことをして,同じように魔女の悪い噂が流れてしまうかもしれない・・・.チャンスは今しかないの.わたしはこのチャンスを無駄にはしたくない・・・!!」


メリーはトモシビを真っすぐ見据える.

力強い目,覚悟の決まった意志の強い目だ.おそらく何を言っても彼女の考えを変えることはできないだろう.


ト:「・・・ちっ,そうかよ.せっかく心配して言ってやったのに・・・.」


トモシビはメリーに背を向ける.


ト:「俺は町に行くぜ?せっかく助かったんだ.わざわざ命がけでアジトに乗り込むつもりはねぇ.もともと事件を解決するために来たわけでもねぇしな.」


メ:「うん.心配してくれてありがとね,トモシビ.」


ト:「・・・っ.」


トモシビは何とも言いようがない苛立ちを抱えながら,そのまま洞窟の出口へと向かう.・・・と,何かを思い出したかのようにふいに立ち止まった.


ト:「・・・そういや,山賊のアジトがどこにあるかって話だけど.お前を連れてきた山賊がそいつのために夕食を持ってくるとかなんとか言ってたぜ.・・・ここらへんで身を隠して,そいつについていきゃあアジトにたどり着けるかもな.」


メ:「!!・・・そうなんだ.教えてくれてありがとう,トモシビ.」


ト:「・・・じゃあな.」


メ:「うん.・・・またどこかで会おうね.」


トモシビは今度こそ,メリーのもとを離れていく.


こうして,二人はお互いに別々の道を進むことになるのだった.








──────────────────────








ぱちぱちっぱちぱちっ・・・


いくつもの篝火が夜の闇をぼんやりと赤く照らしている.


C:「・・・うっ・・・頭いてぇー.・・・ん?・・・まさかっ!!?」


石弾で気を失っていた山賊C─クリケは,自らの手足が縄で縛られ,うつ伏せで倒れていることに気が付き,心臓を締め付けられるような感覚に襲われながら,顔を上げ,辺りを見渡す.


・・・そこは,やはり山賊のアジト.普段,眠ったり,食べたり,飲んだりする場所だった.

山の中には珍しい,地面に草の一本も生えていない小学校の運動場ほどの大きさの丸い平地の空間.いつもはそこら中にテントが張りめぐらされている.

しかしながら今,クリケの目の前にテントはない.

代わりに椅子が中心に一つ設置され,平地の周囲を篝火だけが大きく囲っている空間となっている.

そしてその椅子,いや玉座に,筋骨隆々としたドレッドヘアーの男─山賊の頭ガチャクが腰をかけ,ゴミを見るような目でクリケを見下ろしていた.側には右腕の細身の男─クルエルを控えさせており,他の山賊たちは篝火の近くでまるでコロッセオの観客たちのようにこちらを見ている.


この空間が意味するもの.クリケは瞬時にこれから自身が処刑されるということを察した.


ガ:「おはようクリケ.・・・今から何が起こるか分かってるよなぁ?」


ガチャクは,ゆっくりと自身の胸にかかったホイッスルに手を伸ばす.そのホイッスルは,ペットを呼ぶホイッスル.それを吹けばあの恐ろしい魔獣が現れる.そして,その魔獣に俺は・・・おれは・・・.クリケは全身の毛が逆立つのを感じ,とっさに震える口を開いた.


ク:「ちょ・・・ちょっと待ってくれお頭・・・おれは確かに今回へまをしちまいました.でも,必ず役に立ちます.これまで以上に働きます.だから──」


ガ:「はぁ・・・.」


クリケの言葉を遮り,ガチャクは大きくため息をつく.


ガ:「ああー,分かってる分かってる.お前のことはよーくわかってる.なんせ3年間も一緒にいるんだ.お前がどういう人間か分かってる.・・・お前のことだ.別に油断してたわけじゃねぇんだろ?おそらく,相当な手練れに不意打ちされたんだ.そういうこたぁ分かってる.」


ク:「・・・そっ,それじゃあ─」


ガ:「でもそういうことじゃねぇんだよなぁあっ!!?」


ク:「・・・!!」


ガチャクの気迫にクリケは気圧された.


ガ:「大事なのはっ!牢番を任されたのがお前でっ!せっかくの商品を逃がしちまったのがお前ってことなんだよ・・・.せっかくガリーとマチャイが捕まえて来てくれた獲物を,お前が逃がしちまったってことなんだよ・・・.これはなぁ,クリケ.仕方のないことなんだ.・・・山賊って組織を統率する上では仕方ないことなんだよ.・・・今後の俺たちのためにも,罰を受けて,犠牲になってくれ・・・.」


悲しそうに言うガチャク.しかしそこに慈悲はない.


・・・あっ,そうなんだ.


この瞬間,クリケは真に理解する.


ガチャクの言葉を聞いて,ガチャクの態度を見て,クリケは自らの死がもう決まりきってしまっていることを,逃れようのないものであることを理解する.


・・・ガク・・・ガクガクガクッ


その瞬間,クリケの身体は震えだす.自らの死を理解した瞬間,クリケの身体は激しく,激しく震えだす・・・.


ク:「あ・・・あ゛あ゛・・・」


声が出ない.言葉が出せない.言語化できない・・・.手が震える.足が震える.膝が震える.口が,肩が,身体全体が震える・・・.呼吸が苦しい.息が苦しい.心臓が今までにないほどキューっと締め付けられる.


絶望の中,ふいに,クリケは目の端にガリー(山賊B)とマチャイ(山賊A)の姿を捉えた.


マチャイは冷たい目で,ガリーはにやにやした目でクリケのことを見ている.

クリケは二人の目を見て,態度を見て察する.二人とも望んでいるのだ.俺の死を,俺が無様に,残酷にペットに喰われる姿を・・・.怯えながら,悲鳴を上げながら,泣き叫びながら,噛み砕かれる様を・・・.ついこの間まで仲が良かった二人が,一緒に談笑しながら飯を食ったこともある二人が.たった一度,へまをしてしまったばっかりに・・・.たった一度,へまをしただけで・・・.


ク:「・・・う゛,う゛そだっ・・・う゛ぐっ,・・・う゛ぞだ.」


ク:(・・・こんな・・・こんなこと・・・こんな現実あるわけ・・・なんで,・・・なんでなんで・・・,覚悟してたはずなのに・・・,山賊になったときからまともには死ねねぇってわかってたはずなのに・・・なんでこんなにも・・・・こんなにも゛──


「あいつ,ぶるぶるふるえてやがるぜっ.」「漏らしてんじゃねぇのか(笑)」「いいかげん諦めろよあいつ.」「あいつ,さっき嘘だとか言ってなかった?まじ受けるんだけどっww」「あいつ泣いてるぜ(笑)?面白れぇーww」「いつもは澄ましてる感じなのになぁ(笑)やっぱ死ぬのはこえぇんだ(笑)」


「「あはははははははは・・・」」「「いひひひひひひひひ・・・・」」「「うはははははははは・・・」」「「ひはははははあはははははははは・・・・」」


ク:「う゛・・・う゛ぎっ・・・」


涙が止まらない.震えが止まらない.歯ぎしりが止まらない.


バカにされている.思いっきり笑われている.友達だった奴らに.仲間だった奴らに.はずかしい.ぶざまだ.それなのに怖い.まだ生きていたいっ.助かりたいっ.みじめだ.おろかだ.こわい,こわい,こわいっ,こわいっ,こわい,こわいこわいこわいこわいこわ──


ガ:「そんじゃ,・・・お別れだ.」


ガチャクは口から息を吸い込み,そして思いっきり──


メ:「──待ちなさいっ!!」


ホイッスルを吹く直前,闇夜を切り裂く少女の声が,処刑場に響き渡った.

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