第8話 不運と幸運

少年:「ああー,不運だー・・・.」


ここは山賊の牢屋.洞窟を利用して作られた場所.

洞窟の奥に三つの牢が設置されており,牢の外には牢番用の木製の机と椅子がおかれ,そのそばの壁には槍が立てかけてある.牢にはそれぞれ錠が掛けられており,その牢の中の一つで,一人の少年が壁にもたれて座っていた.

現在この場所には,捕まっているこの少年以外に,椅子に座り,壁にもたれながらナイフをいじっている牢番の山賊一人しかいない.


少年:「すっげぇ不運だよマジでぇー.なぁお兄さんもそう思うだろう?」


C:「うっせぇなガキ.黙ってろ.てめぇの自業自得だろう.」


少年:「う,・・・まぁそれはそうなんだけどさぁ.」


少年は何も言い返せない・・・.

山賊のいうように,少年が捕まっているのは自業自得であるからだ.少年は山賊に連れてこられてここにいるのではない.自ら山賊の牢屋に足を踏み入れてしまったのである.



少年のここまでの経緯を説明しよう.


少年は,魔女が出るという噂を聞き,怖いもの見たさでこの山に足を踏み入れた.そうして,魔女を探索している最中に,この洞窟を見つけたのだ.この洞窟に入った瞬間,少年は奥に牢屋があることと,この場所に最近使われた形跡があることに気が付いた.少年はこの場所が魔女の寝床かもしれないと思い,すかさず物陰に隠れ,魔女の帰りを待つことにした.10分,20分,1時間とじっと待っていた少年は,魔女の探索で疲れていたこともあって,いつの間にか眠りについてしまい,目が覚めた時にはすでに山賊に牢屋に入れられていた.


これが,少年の山賊に捕まった経緯である.


なんとも間抜けな話だ.よくこれまで生きてこられたなぁと思う.


少年:(くぅーー,まさか俺としたことが,魔女とも出会えず,山賊に捕まっちまうなんて・・・.)


少年:「なぁ,頼むよぉお兄さん.逃がしてくれよぉー.俺まだ14だよ?若いんだよ?」


C:「うっせぇぞ.さっさと諦めて運命受け入れろ.」


山賊は少年のことを冷たくあしらう.


少年:「なんだよその言い方っ!あんたに人の心はないのかよっ!」


C:「・・・人の心があったら山賊なんてやってねぇよ.」


少年:「あっ,確かに.それは盲点だったわ.」


C:「・・・.」


少年:「・・・.」


C:「・・・なんか腹立ってきたな.」


山賊はナイフを机におくと,おもむろに立ち上がり,壁にかけてある槍に手を伸ばす.

槍は細長い.牢の外から一方的に囚人を攻撃するくらいはできるだろう.


少年は瞬時に身の危険を察した.


少年:「えっ!?いや,ごめんて!ほんとごめんなさい!確かにさっきの返答はちょっと生意気だった.ほんと反省してます.だから許してくださいお願いします!」


C:「・・・・ちっ.」


山賊は槍を壁にかけ直し,そのままドシッと椅子に腰かけた.


少年:「ありがとうございます!この御恩一生忘れません.」


C:「・・・.」


少年:(ふぅー助かったー.・・・まぁ助かってはないけど.)


少年は頭の後ろで両手を組みつつ,再び壁にもたれる.


少年:(・・・しっかし,ほんと参ったなぁ.・・・正直檻からは出ようと思えばすぐ出られるんだよ,カギ持ってるし.問題は牢番をどうするか何だよなぁ・・・.くー,どうしよう.夜になったら牢番眠ってくれるかなぁ?・・・いや,多分交替で牢番来るんだろうなぁ.組織としてしっかりしてそうな山賊たちだし・・・.諦めるしかないかなぁ.)


少年:「あーあ,刺激を求めたばっかりにこんなことになるなんて・・・.」


少年:(・・・まぁ仕方ないよなぁ.遅かれ早かれ似たようなことにはなってただろうし.いっそのこと奴隷として売られる前に舌噛んで自害しようかな・・・.)


A:「おーい!やってるかぁー!?」


野太い声が響く.新しい山賊がこの洞窟に入ってきたのだ.肩には少女を担いでいる.


C:「何もやってねぇよ.ん?ガキ捕まえてきたのか?」


少年:(まじか.不運だなぁーあいつも.)


A:「おうよ.ガリーと一緒に狩りに行ってる最中に遭遇してよ.おかげで隣の山まで行かなくて済んだぜ.」


C:「へぇーそりゃラッキーだったなぁ.まってろ,すぐ牢のかぎ開けるから.」


牢番の山賊はすぐさま懐からカギを取り出し,少年のとなりにある牢の錠を開ける.


カチャッ,ガコッ・・・


A:「おっ,すまねぇな.よっと・・・.」


ドサッ


メ:「スー・・・スー・・・」


少女は少々乱暴に降ろされたものの,一向に目を覚ます気配はない.


少年:(ふーん,こいつ薬で眠らされてるみたいだな.・・・山で迷子になってるところを捕まったんだろうな,かわいそーに.)


C:「へぇー,よくみりゃなかなか面のいいガキじゃねぇか.親分には見せたのか?」


A:「ああ,もちろん.『こいつは高く売れる.よくやった.』って褒められたよ.いやー,今月の俺の取り分が楽しみでしかたねぇや.・・・こいつ,一応身ぐるみはいだ方がいいかな?」


C:「いや,今はしなくていいんじゃねぇか?寒くて風邪ひかれちゃこまるし.」


A:「ああー,確かにな.・・・じゃあこのままでいっか.鍵かけてくれ.」


C:「おう.」


ガタン・・・ガチャ.


C:「しっかし今日は豊作だなぁ.」


A:「だなぁ,最近ひとが全然はいってこなくなってたからなぁ.ほんっとついてるぜ今日は.」


C:「しかしこんなガキを捕まえられるなんて.仲間とはぐれてたところを捕まえたって感じか?」


A:「いんや.一人旅なんだとよ.」


C:「一人旅っ!?」


少年:(ひとりたびぃ!?)


A:「ああ,本人が言ってた.」


少年:(まじか,俺と一緒じゃん!)


C:「ほぇー,じゃあ魔女が出るって噂を知らなかったってことか?」


A:「いんや,知っててこの山に来たんだとよ.犯人を捕まえるとかなんとかいってたぜ?もしかしたら知人かなんかがこの山で行方不明になってたのかもな.」


C:「ふーん,それで俺たちに捕まっちまったと.・・・かなりバカじゃねぇか?」


A:「ああ,バカだと思うぜ.筋肉もそこまでついてるわけじゃねぇし.どうやって犯人を捕まえようと思ってたのかマジで謎だ,警戒して損したぜ.バカさ加減でいやぁそこのガキと一緒だな.」


少年:「うぐっ・・・.」


C:「ハハハッ,違いねぇや.」


A:「そんじゃ,俺アジトに戻っとくわ.」


C:「おうよ.また今度な.」


A:「あっそういえば,交代は夜が更けてからだってお頭が言ってたぜ.一応晩飯は持ってくっからくれぐれも見張りを怠らねぇようにだとよ.」


C:「ああ,わかってる.」


A:「気ぃつけろよ.居眠りなんかしたらペットの餌になっちまうからな.」


C:「余計な心配すんじゃねぇよ.どれだけ見張りやってると思ってんだ.」


A:「ははっ,じゃあ達者でな.」


そうして,少女を連れてきた山賊は背を向け手を振りつつ,洞窟から去っていくのだった.






──────────────────







メ:「うーん・・・.ここは・・・?」


目を覚ましたメリーは,見慣れない光景にしばらくぼーっとする.


薄暗い場所だ.目の前には何本もの細長い棒が天井まで突き刺さっている.初めて見るが,おそらく鉄格子と呼ばれるものだろう.本で読んだことがある.


ん?鉄格子?


メ:「えっ!?ここって牢屋っ!?わたし捕まったのっ!?」


少年:「おっ,目ぇ覚めたみたいだな.そうだぜ,ここは牢屋だ.よろしく新入り.」


メ:「ええーーーーーっ!!?」


激しく動揺するメリー.


C:「うるせぇぞ!黙ってろガキ!」


メ:「うっ,ごめんなさい・・・.」


牢番の怒号にメリーはしょんぼりする.しかし,頭の中はまだまだ混乱しているままだ.


メ:(・・・なんでなんでなんで?なんでわたし牢屋に入れられてるの?牢屋に入れられてるってことは・・・わたしが魔女ってばれたってこと!?それで行方不明事件の犯人に間違えられて捕まったってことぉっ!?そんなばかな!どこでばれたのっ!?魔女ってばれる要素なかったでしょっ!・・・くぅーーー,せっかく魔女ってばれないように気を付けてたのにぃーーーー・・・・.)


少年:「まぁ,そんな落ち込んでないで仲良くしようぜ?山賊に捕まったものどうし.」


メリーは隣の牢に入れられている少年をキッと睨みつける.


メ:「わたしはねぇ!あなたみたいに悪いことをして捕まったわけじゃ・・・.えっ?山賊?」


少年:「ああ,山賊.ここは山賊たちの牢屋で,俺たちは山賊に捕まってこの檻の中に入れられてるんだぜ?」


メ:「・・・えっ?」


ここに来て,ようやくメリーは冷静さを取り戻した.


メ:(つまり,どういうこと?・・・まって,ここに入る前のことを思い出そう.・・・確か,傭兵さん二人と出会って・・・湿ったハンカチ渡されて・・・それで急に身体に力が入らなくなって眠っちゃったんだよね.・・・てことは─)


メ:「あの傭兵さん達,山賊だったんだ・・・.」


少年:「まぁ,誰のこと言ってるのか分かんねぇけどそうなんじゃねぇか?」


メ:「・・・っ.」


メ:(騙されたぁーーーーっ!!!くっそー,確かに発言や反応がところどころおかしかったけど,まさか山賊だったなんて・・・.悔しすぎる.)


メ:「!!・・・てことは,この山で起こってる一連の行方不明事件も山賊たちの仕業ってこと?」


少年:「まぁ,そういうことになるだろうな.ですよねぇーお兄さん.」


C:「・・・.」


牢番は,机の上のロウソクに照らされながら,相変わらずナイフをいじっている.


少年:「ほら,否定しねぇってことは多分そういうことだ.」


メ:「・・・せない.」


メリーは身体をわなわなと震わせ始める.


少年:「ん?」


メ:「許せない・・・!!」


メリーの目では,怒りの炎がこれ以上ないほどメラメラと燃えて上がっていた.


少年:(急に怖っ,この人.)


メ:(今すぐ魔法でこらしめてやるっ!!)


メリーはすかさず,魔力を集中させ,牢番へ魔法を放つ準備をする.しかし,発動する直前になって,牢番の前の机の上にカギがあることに気が付いた.


フッ・・・


その瞬間,メリーは魔力の集中を解除する.


メ:(・・・そうだった.わたしはいま牢の中に閉じ込められてるんだ.今ここで牢番を倒しても,牢から出られなきゃ山賊たちを懲らしめることはできないんだ.)


メ:(・・・どうしよう.まずはこの牢から出る方法を考えないと.錠のカギを魔法で開けるなんてやったことないし.やり方もわからない.・・・牢を無理やり壊してみる?いや,壊すことはできるかもしれないけど,残骸が飛んできて大怪我をするかもしれない.そうなったら隣で捕まってる人も無事ではすまない.それに,音で他の山賊たちに気づかれたら回復できないまま戦う羽目になっちゃう.相手の人数が分からない以上そんなリスキーな手段はとりたくない.でも,じゃあどうすれば・・・)


少年:「なぁなぁ.」


メ:「ん,なに?」


メリーは急に話しかけられ,少々乱暴に返事をする.


少年:「俺あんたが来た時からずっと気になってたことがあるんだけど,事件の犯人をやっつけるためにこの山に来たって本当か?」


メ:「うん.・・・どうして知ってるの?」


少年:「山賊たちが話してるのを聞いたんだ.・・・しっかし,どうやってやっつけるつもりだったんだ?罠とか毒でやっつけようと思ってたのか?」


メ:「いや,わたしは・・・」


ここにきてメリーは口をつぐむ.


メ:(どうする?正直にいっちゃう?・・・言っちゃおうか.同じく捕まってる仲だし,彼に隠してても仕方ないし.)


メ:「驚かないで聞いてくれる?」


少年:「おお,約束する.」


少年:(なんだ?やけにもったいぶるなぁ.)


メ:「わたし,実は魔女なの.」


メリーは牢番に聞こえないよう,最新の注意を払いつつ,小声で正体を明かした.


少年:「・・・まじょ?」


メ:「まじょ.」


少年:「ほんとに?」


メ:「ほんとに.」


少年:「・・・.」


彼女の目は嘘をついている目ではない.まっすぐと,真実だけを言っている目だ.・・・つまり,彼女は本当に,本当に・・・.


少年:「・・・っ.」


少年の目に感動の涙が滲みだす.


メ:「えっ?!泣いてるの?」


少年:「ああすまん.ちょっとうれしくて・・・.」


少年:(まさか,本当に魔女にあえるなんて・・・.この山に来てよかったーー.山賊に捕まってよかったーーー.てか,こんな無害そうな人が魔女なんだ.意外だしめっちゃ嬉しい.)


メ:(えっ,うれしくて泣いてるの?信じてくれるのはありがたいけど,変な人だな,この人.てか,魔女と会えてうれしい人なんているんだ・・・.)


少年:「ふぅ・・・,取り乱してすまなかった.いや,実は俺,魔女に会うためにこの山に来たからさぁ.」


メ:「えっ!?魔女に?どうして?」


少年:「ちょっと刺激が欲しくてな.いままで見たことないもの見てみたくって.」


メ:「刺激が欲しいって・・・.」


メ:(そんな理由で危険だと言われている山に?・・・ああでもそっか,見たことないもの見たいってのはわたしもおんなじか・・・.)


少年に若干引いていたメリーの心が今度は近づき始める.


メ:「なるほどね.わかるかもその気持ち.わたしも見たことないもの見たくて旅してる節あるから.」


少年:「おっ,分かってくれるか!やっぱ人生一度きりなんだから,どうせなら危険を冒してでも冒険したいって気持ちあるよな.」


メ:「うん.確かに・・・.人生に妥協したくないもんね.」


少年:「おっ,イイこと言うっ!」


C:「うるせぇぞお前らっ!!」


少年:「あっ,すんません.」


メ:「ごめんなさい.」


少年:「・・・.」


メ:「・・・.」


いつの間にか,ずいぶん大きな声で話をしてしまっていたようだ.

メリーが魔女であるということはばれていないといいが・・・.


少年:(しっかし,魔女とはなぁ・・・.魔女ってどんな魔法使えるんだろう.空飛べたりすんのかなぁ・・・.やばい,見てみてぇ.・・・ああー,さっきまで諦めてたのに,今は無性に死にたくなくなってきた.なんとか,ここから出れねぇかなぁ.・・・ん?待てよ?)


少年:「ちなみに魔女ってことは,あの牢番を魔法でやっつけることも可能なのか?」


少年は再びメリーにささやく.


メ:「うん,できるよ.・・・ただ,カギを開けることができないからいまどうやってこの檻から出るか考えてるとこなの.」


少年:「そうなのか.そりゃあ都合がいいな.」


メ:「えっ?」


少年:「・・・実は俺,カギを開けることができるんだ.だから魔法であの牢番やっつけてくれないか?」


少年は真っすぐとメリーをみすえながら,いたずらな笑みを浮かべた.

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