第3話 うそっ・・・

──ザッ




ラルフ Fランクの魔物


  雑食性.全身ぼさぼさの茶色い毛に覆われた犬型の魔物.狼より一回り大きく,群れを作る.普段の動きはのっそりしている.




突然姿を現したその魔物は,飛び出た勢いそのままに,側にいたヤンに向かって飛び掛かっていく.




「ヴァウッ!」




ヤ:「!!?」




ヤンはあまりに突然の出来事にまったく身動きが取れない.




その光景を見た瞬間,メリーは何のためらいもなく,咄嗟に魔法を発動した.




メ:「石弾ストーンバレット!!」




「ヴァガッ!?」




メリーが放った石の弾丸を横顔に食らった魔物は,そのまま地面へと転げまわる.




ヤ:「あっ,えっ.」




ヤンはあまりの出来事にヘタリとその場に座り込む.




ツ:「なっ,ラルフを・・・今のって・・・」




「・・・ヴウ」




メ(!!まだ,気を失ってない.)




メ:「二人ともっ!そいつから離れて!」




ツ:(!そうだった.ほうけてる場合じゃない!)




ツ:「ヤン,いくぞ!」




ヤ:「力が,入らなくて・・・」




ツ:「しょうがねぇなぁ!」




ツンはヤンの返事を聞くや否や,ヤンの腕を肩に回し,急いでメリーの方へと駆け寄った.




「グルルルルルルルルルル・・・」




起き上がった魔物は,低い声を出しながらこちらに牙を向けている.




メ:(さて,どう攻めようかな・・・.あの分厚い毛皮の前だと,何発も石弾を当てないと倒せないだろうし・・・.仕方ない.ちょっときついけど,ここは中級魔法で一気に─)




と,そのときだった.




───ザッ,ザッ




さらに二頭のラルフが木々の間から出てきたのだ.




メ:(なっ,二頭も・・・!!)




ツ:「ほんとだったんだ・・・.」




メ:「?」




「「ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛・・・・」」




ラルフ達は怒りの形相で牙をのぞかせながら,唸り声を上げている.




ツンのつぶやきの真意は気になるが,今は目の前のことに集中しなければならない.




さきほどメリーの攻撃を食らったラルフは仲間が来て自信がついたのか,じりじりと仲間と共に距離を詰めてきている.絶体絶命のピンチである.そんな状況でもメリーは冷静だった.




メ:(・・・今のわたしの魔力たいりょくじゃ,中級魔法を連発できない.かといって,石弾だけで戦っても時間がかかる.ラルフは群れを作る習性があるっていうし,今後さらに相手に援軍が来る可能性がある以上,時間をかけるような戦い方はできるだけ避けたい.)




「ヴァウッ!」




真ん中のラルフが雄たけびを上げる.その声に呼応し,他の二頭のラルフも一斉に襲い掛かってくる.



(ここは相手を倒すことを諦めて,撤退させる戦い方をするのが最適解!だから!)




ザッザッザッ!!!




メ:「火弾ファイアーバレット!!」




メリーは,詠唱と共に,複数の火の弾丸を形成することにした.



「「!!」」



一つ一つがアナログの目覚まし時計程度の大きさの火の球.そんな火の球が,ラルフ達に向かって襲い掛かっていく.


石弾ほど威力が強いわけではない.しかしその炎はぼさぼさの毛皮を持ったラルフ達には効果抜群だった.




ボォワッ!!




火は一気にラルフ達の体表に燃え広がる.




「「ヴァッ!!?」」




突如火まみれになったラルフ達はさっきまでの勢いとは打って変わって慌てふためく.




「「ヴァウ゛ッヴァウアッ・・・!!」」




駆け回り,転げまわり,なんとか身体に纏わりつく火を消そうとする.もはや,彼らに闘志はない.土に身体をこすりつけ,火を消すことに成功するやいやな,ラルフ達は文字通り,尻尾を巻いて山の奥へと逃げていったのだった.




メ:(・・・ふぅー,なんとか追い払った.)




ラルフ達が森の奥に消えていくのを見届けて,一安心するメリー.しかし,




ヤ:「・・・今のって魔法よね.」




ドキッ──



ヤンの言葉で,一瞬にしてメリーの心に緊張感が戻った.



メリーの脳裏に腕に深手を負っていたベンおばさんの姿がよぎる.



もうさっきまでの達成感はない.メリーの中にあるのは,今まで感じたことのない不安だけだ.




その事実にまた,メリーは動揺する.




 そもそも,魔法を使わずとも,正体を言わざるを得ない状況だったのだ.それなのになぜ,これほどまでに不安に駆られるのだろう・・・.


 メリーは気づいていなかったのだ.気づけていなかったのだ.いままで,楽観的に考えていたことが,楽に考えていただけだったことに.夢をかなえたいという欲望の影に,心の奥底で育まれていた不安が隠れていただけであったことに.正体を明かすということがどういうことなのか具体的に想像することができていなかったことに・・・.




ヤ:「おねぇちゃん・・・魔物じゃなくて,魔女だったんだね.」




メ:「・・・そうなの.」




メリーは,言葉が喉の奥につっかえるのを感じながらも,何とか声を振り絞った.




メ:「ごめん.だますつもりはなかったん─




ヤ:「すごいよ!!わたし魔法なんて初めて見た!!」




ツ:「ああ!マジですげぇよ!てかほんとに魔女いたんだ!マジですげぇ!」




メ:(・・・えっ?)



二人の反応にメリーはキョトンとする.




メ:「怖くないの?」




ヤ:「えっ?なんで?」




メ:「だってわたし,魔女なんだよ・・・?」




メリーの発言に,今度はヤンたちがキョトンとし,顔を見合わせる.




ツ:「なんでこわがんなきゃいけないんだよ.ヤンを助けてくれたじゃんか.・・・そりゃ,魔女っていったら,ずる賢くて,怖いイメージあっけど,メリーは違うじゃん.」




ヤ:「うん!おねぇちゃん,とってもかっこよかった.」




メ:「・・・っ.そっか・・・.」



メリーは,目頭が熱くなるのを感じる.



メ:(・・・やっぱりわたしの考えは間違ってないんだ.魔女のイメージは払拭できるんだ・・・.)




胸の奥底から温かいものがあふれて来るのを感じる.




メ:「・・・っ.」




ツ:「ん?どうしたんだ?」




メ:「いや,なんでもない.・・・ありがとう.わたしのこと受け入れてくれて・・・.」




ツ:「なんだよそれ?・・・あっ,そういえば,メリーうちの村に来たいんだったよな.こいよ,案内する!」




メ:「えっ,いいの?!」




ツ:「そりゃもちろんっ!村のみんなにも紹介したいし!なぁヤン!」




ヤ:「うん!村長とかすっごい褒めてくれると思うよ!いこっ.」




メ:「・・・うん,ありがとう,二人とも.・・・.」




お礼をいい,手を引っ張る二人についていくメリー.


このとき,メリーの心には一抹の不安がよぎっていた.


「ほんとうに大丈夫なのだろうか」という不安だ.


ヤンとツンの二人は魔女である自分を受け入れてくれた.しかし,他の人達はどうなのだろうか?この二人のように受け入れてくれるのだろうか?


しかし,そのような不安は二人の笑顔を見て一気に霧散した.村の人達も,この二人のように優しい人達のはずだ.きっと受け入れてくれるだろうと──




─しかし,現実は残酷なものだった.












─────────────────────













「それ以上近づくんじゃねぇ!!」




いきなりの怒号.




「いいか!俺たちの村に近づくんじゃねぇ!うすぎたねぇ魔女がっ!」




明確な敵意.




メ:「わ,わたしはただ──」




「聞こえなかったのか!それ以上近づくなと言ってるんだ!!」




ヤ:「メ,メリーは・・・」




「どうしたんだ.レイジ,急に大声出して.」




「魔女が出た.今すぐみんなに伝えてくれ!」




「なっ!?わかったすぐみんなを呼んでくる.」




ツ:「ちょっとまってよおじさん!!メリーは俺たちを助けてくれたんだ.」




「あなたたちは騙されてるの.魔女を信じてはだめよ.」




ツ:「で,でも母ちゃん・・・.」




「ツンは知らないのよ.魔女の恐ろしさを・・・,さぁ危ないから早く家にいきましょう.」




ツ:「えっ,やだよ!ちょっ・・・」




メ:「わたしは─




「さっさと出ていけ!もし,それ以上村に近づいてみろ──




──ぶっ殺してやるからな!」




メ:「・・・っ.」




衝撃だった.


あまりにも直接的な殺意.魔物のそれとは違う,心を抉るような殺意.




この時初めて,メリーは魔女がどのような扱いを受けているのか理解した.














─────────────────────────














最初あったとき,みんなは優しそうだった.一目見た瞬間からわかった.ああ,彼らがツンとヤンと一緒に暮らしてきた人達なんだって.




ヤ:「あっ,ツンのお母さん.」




ツ:「ほんとだ.おおーい母ちゃーん!」




母:「ツン!」




村の門では,一人の女性─ツンのお母さんと門番の男が待ち構えていた.




母:「もう,心配したのよ!二人だけで村の外に出るなんて.・・・その子は?」




ツ:「メリーだよ!ラルフに襲われたときに助けてくれたんだ.」




門番:「なっ!?それは大変だったなぁ.」




母:「何ですって!だから言ったじゃない,危ないって!大丈夫なの?怪我はないの?ヤンちゃんも大丈夫?」




ヤ:「うん.怪我はないよ.」




母:「そうなの.よかった.・・・メリーちゃん,だっけ?」




メ:「あ,はい.」




母:「ありがとう,二人を助けてくれて.ご両親は一緒じゃないの?」




メ:「あ,はい.一人旅してるんです.」




門番:「一人旅っ!?その歳でかっ!?すごいなぁ.」




メ:「はい.ありがとうございます.」




母:「へぇー一人旅なの.たくましいわねぇ.今晩どこで寝泊まりするかは決めてるの?」




メ:「いや,まだですけど,できればこの村で一晩過ごしたいなと考えてます.」




メ:(魔力たいりょくももう限界だしね・・・.)




母:「そうなの.・・・それなら,今日はうちに泊まっていくといいわ.」




メ:「えっ,いいんですか?」




母:「もちろんよ.歓迎するわ.子どもたちを助けてくれたんだもの.」




メ:「ありがとうございます!」




優しい笑顔,優しい声色.よかった.やっぱりこの人達もいい人達だ.




門番:「それにしても,一体どうやってラルフ達を追い払ったんだ?力持ちってわけではないじゃないんだろ?何か道具でも使ったのか?」




メ:「それは─




ツ:「聞いて驚くなよおじさん.メリーは魔法使いなんだ.」




門番:「・・・はっ?」




──その瞬間,表情が一変した.




ヤ:「そうなの!すごいんだよ!ラルフ達を火の魔法で・・・」




ヤンは,喋っている最中に空気が重苦しいものになったことを感じ取り,口をつぐむ.




門番:「・・・それは本当か?」




ヤ:「いや,その・・・.」




ドンッ




そのときだった.門番に,いきなり手に持った槍で突かれたのだ.




メ:「うっ!?」




完全な不意打ちだった.ガードする暇もなく,槍が腹部に襲い掛かった.




尖った部分が腹を貫く瞬間,反射的に魔力を集中させたことで何とか致命傷は防いだものの,いきおいそのままに,メリーの身体は後方へ吹っ飛ばされた.




門:「この感触.どうやら,ほんとに魔女みてぇだな・・・.」




ツ:「なっ!おじさん何して─




門:「それ以上近づくんじゃねぇ!!」




ツンの声をかき消して,彼の怒号が山に響き渡った.














─────────────────────────














声がでない.どうしても,喉につっかえてしまう.




だめだ.負けてはいけない.ここで負けては魔女の名誉を挽回することなど到底できない.わたしが変えるんだ.この人達の意識を─




メ:「・・・わたしはただ,あなたたちと仲良く─




「レイジっ!斧もって来たぞ!」




ヤ:「えっ!何する気っ─」




レ:「わりぃな.ペル.」




「まだ子供帰らせてなかったのか.危ないからさっさと帰らせろ.」




「早くいくわよ!ツン,ヤンちゃん!」




ツ:「いやだよ,母さん!」




「おいおい,あんな子どもが魔女なのかよ.」 「見た目に惑わされるな.痛い目合うぞ.」




「どうする.こっちから仕掛けるか?」




メ:「あなたたちと仲良く・・・」




冷たく,とげとげしい拒絶のまなざし.




なぜだろう.目が潤む.どうしても言葉が続かない.ああそうか.こういうことなんだ.甘く考えてた.魔女ってこんなに嫌われてるんだ.アリスが,みんなが心配してたのはこういうことだったんだ.・・・わたしはなんてバカなんだろう.わたしなんかが,わたしなんかが変えられることなんて──




「何をしておる!!おまえたちっ!!!」




そのとき,大きな声が村全体に響き渡った.




それまで,騒いでいった村人たちは一瞬で鎮まり返り,声の主に注目する.




レ:「・・・相変わらず声がでけぇな,村長.」




村:「・・・まぁ,それだけが取り柄じゃからの.して,なんの騒ぎじゃ?」




ペ:「魔女が現れたんだ.いま追い払ってるところだよ.」




村:「なに?魔女じゃと?」




ツ:「メリーは悪い魔女じゃないよ!俺たちを助けてくれたんだ!」




ヤ:「そうよ!ラルフ達に襲われてるところを助けてくれたの!」




レ:「だからそれは演技なんだよ!魔女はそうやって善人ぶって取り入ってくるんだ.お前たちは騙されてるだけだ.」




村:「・・・なぜ,そう言い切れるんじゃ?」




レ:「なぜって.・・・村長も覚えてるだろ.十年前の─




村:「それは十年前の話じゃろ.目の前におる魔女は何歳に見える?明らかに十二,三かそこらじゃ.そのときの出来事と関りはなさそうじゃが?」




レ:「・・・っ,関係がなかったとしても!魔女ってのはそもそもずる賢い奴らじゃねぇか!」




村:「・・・じゃあなぜ正体をバラしとるんじゃ?」




レ:「はっ?」




村:「もし,ずる賢くて,村に取り入ろうとしとる奴なら,魔女という正体を隠すはずじゃないかの?」




レ:「それは・・・.おいっ,どこ行くんだよ村長!」




レイジの静止など気にもとめず,村長はメリーの下へと歩いていく.




村:「名前はなんていうのかの?」




メ:「メ,メリーです.」




村:「そうか.メリーか.ワシは村長のガリバーじゃ.村のもんがすまんのう.そして,ありがとうの,子供たちを守ってくれて・・・.もしよかったら,わしの家に来てくれんか.ちょうど朝食に鍋をこしらえとったところでのう.お礼にごちそうしたいんじゃ.」




メ:「えっ,でもっ・・・」




村:「心配しなさんな.絶対にメリーに手出しはさせん.だから,もてなさせてくれんか?」




村長の目は,他の村の人達とは違う,暖かさのつまった,優しい目だった.




メ:「・・・はい.」




村:「それじゃあ,ついておいで.ツン,ヤン,お主らもついてきてくれ.話が聴きたいからの.」




ツ,ヤ:「「うん.」」




母:「ツン,ちょっと─




レ:「ちょ・・・ちょっと待てよ!村長!」




村:「・・・レイジ.憶測で人を責めるな.子どもたちを助けてもらった.それが事実じゃろう.」




レ:「・・・っ!」




村:「そら,お前たちもぼうっとつったってないで解散じゃ解散じゃ.さっさと自分の仕事に戻らんか.」




村:「・・・それじゃあ,いこうか.メリー.」




メ:「・・・はい.」




こうしてメリーは,村人たちに見られている中,村長につれられ,トクダ村へと入っていくのだった.

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