第2話 いいわけ

山の中,二人の子供たちが息も絶え絶えに走っていた.




「ハァハァハァ・・・,ここまでくれば,一安心だ.ヤン,大丈夫か?」 




 前を走っていた男の子─ツンは,木の陰で立ち止まり,一息つくと,三歩ほど遅れてやっきた女の子─ヤンに向かって声を掛ける.




 ヤ:「うん.ハァハァ・・・,大丈夫.」




 ツ:「そうか.・・・しっしっし,上手くいったな.」




 ヤ:「ねぇ,・・・ほんとに大丈夫なのかなぁ.持って帰っちゃって.」




 ツ:「何言ってんだよ.ケンくん達に自慢したらすぐ返すんだからいいんだよ.それにお前も知ってるだろ?あんな大人しい奴ら,怒ったところでたいしたことないって.」


 


 ヤ:「でも・・・.」




 ツ:「もうっ!いまさらそんなうじうじするなよなっ!おいていっちゃうぞ.」




 ヤ:「えっ,ちょっと待ってよぉ.」


 


 ザッ─


 


 そのとき,ふいに足音が風に乗って聞こえてきた.二人の間に緊張感が走る.




 ザッザッザ─


 


 姿はまだ見えない.だが,明らかに何かが近くにいる音,そしてこちらに向かって近づいてきている音だ.それもかなりの速さだ.まさか,本当に奴らが追ってきたのか・・・.姿を現す前にその場から離れなければ─




 ツ:「走るぞ.ヤン.」




 声をかけるやいなや,ヤンの手を引っ張り,ツンはすぐさま走り出す.


 


 ヤ:「ツン,わっ!?」




 しかし,ヤンの身体は急な意識に付いていかず,足がもつれてこけてしまった.




 ツ:「なっ.・・・くっそがっ!」




 その様子を見たツンはヤンが起き上がるのを待つ時間はないと判断.身体を翻し,その場にあった手ごろな石を拾い上げ,意を決して足音のする方へと走り出した.




 ヤ:「そんな・・・ツンっ!」




 ─ザッ 




 間違いない.もうすぐそこまで来ている.走りながら,木々の隙間からちらりと出た影を目にしたツンは,捨て身の覚悟で石を持った腕を振りかぶり,ついに姿を現した生物に向かって,勢いよく腕を振り下ろす.


 


 ツ:「うぉおお─




 メ:「こんにちは!私メリーていうんだけどぶしっ!?!」




 ツ:─りゃいぇええっ!!?」




 ツンの一撃は見事にメリーの頭に直撃.「ゴチンッ」という鈍い音とともにメリーはその場に倒れたのだった・・・.


















────────────
















──数十分前




メ:「うーん.風が気持ちいなぁ.」




夜が明け,太陽が顔を出してしばらくたったころ,メリーは顔をほころばせながら,森の上空を浮遊し,移動していた.




初級移動魔法 飛翔フライ




その名の通り,身体を浮かせて空中を移動する魔法だ.




メリーは,村から離れた後この魔法をちょくちょく発動していた.最初は魔力をできるだけ温存しときたいと考えていたが,使ううちにもうやめられなくなっていたのだ.木々が鬱蒼と生い茂る山を黙々と歩いて移動するよりも,空中を移動するほうが断然速いし,なにより空からの景色が楽しめる,風も感じれる,旅には持って来いの魔法.メリーの理想とする旅にはうってつけの魔法だった.


 


メ:(まあ,数十分毎に休憩を挟まなきゃ魔力が持たないのと,人に見られたら一発で正体ばれちゃうから人里離れた場所でしか使えないってのがちょっとあれだけど・・・.)




メ:「それにしても,フィレンチアどころか,集落の一つも見当たらないわね.村からはそうとう離れてるはずなんだけど・・・.」




現在,メリーはフィレンチアという場所を目標に移動している.小さい頃,お母さんから聞いた話では,村から東へまっすぐ行ったところにある町で,この辺では一番大きな町なのだそうだ.


 まずはでかい町へ行き,そこでいろいろと他の地域の情報を集める,ついでに人助けをして魔女の汚名を晴らす一役を担う


 というのが現在のメリーの計画である.まぁ,もちろんそれまでに村や集落を見つけたら,寄ってみようと考えてもいるのだが・・・.




タラリ・・・




汗が流れてきた.そろそろ休憩を取った方がいいかもしれない.




メ:「ふぅ,そろそろどこかの木で休憩しないと.」




─バサッ!!




「ゲァァアア!!」




そのとき,ふいに森の中から黒い何かが真っすぐにこちらに飛んできた.




メ:「うわぁっ!」




驚きつつ,メリーはその物体をすんでのところで躱す.どうやら,鳥の魔物のようだ.その黒い鳥はすぐさま旋回し,矢継ぎ早に追撃してくる.




メ:「くっ・・・石弾ストーンバレッド!」




その追撃もよけたメリー.距離を取りつつ,詠唱と共に拳サイズの無数の石の塊を形成,魔物に向かって連射する.しかし─




「グルッ」




魔物は回転しながら,飛んできた無数の石弾を器用によけつつ,再び突進してくる.




メ:「くっ!」




ここまでの攻防から空中では分が悪いことを悟ったメリーは,急降下して魔物の攻撃をよけつつ,森の中へと姿を隠す.この森は,木々が鬱蒼と生い茂っている.空からはこちらの姿が見えにくい筈だし,追撃もしにくい筈だ.




「・・・グァ」




案の定,魔物は攻めあぐねているようだ.この隙にメリーは,そびえたつ木々を器用によけつつ,その場から全速力で逃げた.














────────────














どのくらい逃げただろうか.鳥の魔物はもう追ってきている気配はない.




メ:「ハァハァハァ・・・痛っ!」




飛翔をとき,その場にある木によりかかって一息つくと,ふいに右腕にズキっと痛みが走ってきた.




・・・すごい腫れようだ.どうやら,あの魔物との攻防の最中にかすっていたらしい.しかも,この感じ,毒が入っている.




メ:「浄化キュアー・・・治癒ヒール・・・ふぅ.」




メリーは魔法で治療し,疲れからその場に座り込んだ.




メ:(・・・あの魔物,たぶん「はぐれカポック」よね.初めて見た.)




はぐれカポック D~Cランクの魔物


  毒鳥.その好戦的な性格ゆえに,群れに馴染めず追い出されてしまった,もしくは自分からでていってしまったカポックの特殊個体.縄張り意識が強い.戦闘スキルの個体差が大きく,その熟練度によってD~Cランクにランク分けされている.




メ:(・・・空中戦なんてやったことなかったから,全然うまく対処できなかったなぁ.お母さんたちの言ってたように,実践経験が不十分なんだ.もっとしっかりしないと.・・・ていうか,この調子だと,先が思いやられるな.)




メ:「・・・いやいや駄目よメリー!弱気になっちゃ!あなたの旅はまだ始まったばかりなんだから!」




「・・・か,・・・」




メリーが自分で自分を奮い立たせたところで,ちょうど誰かの声が遠くの方から聞こえてきた.




メ:「あれ?今の声って・・・.」




「う・・・・・・・じょうぶ.」




メ:(間違いない!人の声だ!)




気づいた瞬間,メリーは声のする方へ走り出していた.さっきまでの疲れも忘れ,走り出していた.




メ:(やった!まさかこんな山奥に人がいるなんて.きっと町が近いんだ!いや,空飛んでた時にそれらしい場所は見当たらなかったから,どこか近くに集落があるのかしら?とにかく,魔力は感じないし,非魔人であることには違いないっ!やっとわたし,非魔人に会うことが出来るんだっ!)




メリーの頭は冷めぬ興奮で満たされていた.


しかし,声が近づいてくるにつれて,一つの不安が頭に浮かび上がった.




─あれっ,なんて声をかけたらいんだろう?




その瞬間,メリーの頭はそのことでいっぱいになった.


メリーはいままで,村の人達以外と話したことがない.そんなメリーが初対面の,それも非魔人とはじめて会話するのだ.




メ:(ごきげんよう!・・・は絶対違うし.初めまして!かしら?でも,できれば早く仲良くなりたいし.こんにちはの方がいいかな?あと一応,名前も一緒に言っちゃおうか.うん,そしたら自然に相手にも名前が自然に聞けるし.よし!)




考えがまとまったところで,ちょうど目の前に少年が姿を現す.




メ:「こんにちは!私メリーていうんだけどぶしっ!?!」




ツ:─りゃいぇええっ!!?」




─そして,いきなり,頭を思いっきり殴られるのだった.












───────












その場に倒れたメリーは,すぐには起き上がれなかった.怪我のせいではない.一応,殴られる直前に反射的に頭部に魔力を集中させたため,軽症ですんでいる(*魔力を集中させればさせるほど,その部位は硬くなり,外的ダメージを和らげることができる).それではなぜ,起き上がれなかったのか?それは,メリーが混乱していたからだ.なぜ自分が殴られたのか分からず混乱していたからだった.




 そのときメリーの脳裏には,腕を矢で射られたベンおばさんの姿がよぎっていた.




メ:(えっ,もしかしてわたし,魔女ってばれちゃった?だからって,こんないきなり殴られるものなの?どうしよう.このまま死んだふりして,隙を見て逃げるべき?ていうか,そもそもどうして魔女ってばれたの?)




しかし,そんなメリーの心配は少年の反応で一気に吹き飛んだ.




ツ:「あっ,えっ・・・起き上がってよ.ね゛ぇ,起き上がってよぉ!」




涙ぐみながら,メリーの身体を揺さぶっている.


この取り乱しよう,明らかに故意ではない.




ヤ:「ツン・・・.」




ツ:「だって,だって・・・山の中なのに,いきなり人がでてくるなんて・・・うぐっ・・・どうしよう・・・」




メ:(あっ,そういうことね.魔物か何かと勘違いしたのね.そういうことなら・・・)




メ:「あー,びっくりしたぁー.」




ツ:「へげぇっ!!」




元気そうにいきなり起き上がったメリーに驚き,ツンはしりもちをつく.




ツ:「・・・生きてる.」




メ:「うん.この通りピンピンしてるよ!」




ツ:「・・・ほんとうに,ヒクッ,だいじょうぶなの?」




メ:「うん!なんてったって,わたし石頭だからね.ほらっ,何ともないでしょ?だから,もう泣かないで?」




メリーは帽子を脱ぎ,頭にケガ一つないことを確認させながら,ツンを励ます.




ツ:「ヒクッ,ほんとだ.・・・ごめんなさい.急に殴っちゃって.」




メ:「いいよ.わたしの方こそ驚かしちゃってごめんね.」




そうして,ツンが落ち着きを取り戻したところで,帽子をかぶり直したメリーは「コホンっ」と咳ばらいをし,場を整えた.




メ:「それではあらためまして・・・わたしの名前はメリー.あなたたちの名前は?」


 


ツ:「俺の名前はツン.向こうにいるのはヤン.」




ヤ:「・・・.」




メ:「ツンくんとヤンちゃんか.いい名前だね.」




ツ:「メリーは,どうしてこんなところにいたの?」




メ:「わたし,旅人なのよ.」




メリーのその発言にツンは目を輝かせる.




ツ:「えっ,旅人なのっ!?だれと旅してるの?」




メ:「ううん,わたし誰とも旅してないよ.一人旅なの.」




ツ:「えっ!一人旅なのっ!?すごっ,俺とそんな歳変わんなそうなのに.」




メ:「ふふん,まあね.ツンくん達はどこから来たの?」




ツ:「トクダ村っていう,すぐ近くにある村だよ.」




ツンのその発言に今度はメリーが目を輝かせる.




メ:「へぇー,この近くにそんな村があったんだ!わたし,その村に行ってみたいんだけど,いい?」




ツ:「うん,いいよ.うちの村結構へんきょう?にあるらしくてあんまり人来ないから,みんな喜ぶと思うし.前にぎょうしょうにんって人が来たことあるんだけど,そのときもすごい喜んでたしね.」




メ:「ほんとにっ!?ありがと─」


 


ヤ:「・・・ちょっとまって.」




会話が盛り上がっていたところで突然,ヤンが横槍をさしてきた.




ツ:「ん?どうしたんだよ.ヤン,急に.」




ヤ:「おかしいよ.・・・絶対おかしいよ.」




そのヤンの声に見え隠れする明らかな敵意.


・・・嫌な予感がする.




メ:「えっと・・・何がおかしいの?」




ヤ:「だって,一人旅っておかしいよ.村長も言ってたじゃん.一番近い村でも山一つ越えたところにあるって.そんな距離をおねぇちゃん一人で歩いてきたの?その年齢で?魔物だって出るのに?そんなのおかしいよ!」




その指摘はメリーをはっとさせる.




メ:(・・・そっか.非魔人は魔法が使えない.一から十まで歩いて山を超えなきゃならないもんね.・・・確かに不自然だ.)




ツ:「旅人なんだから,そんくらい普通じゃね?俺たちだって,この辺魔物出る時あるけど普通に遊びにこれてるじゃん.」




メ:(ツンくん・・・.)




ヤ:「・・・そうかもしれないけど.おかしいのはそれだけじゃないよ!・・・おねぇちゃんはなんで何も持ってないの?」




メ:「えっ?・・・どういう意味?」




ツ:「あっ,確かにおかしい.確かにそれはおかしい!旅人なら,ナイフや水筒くらいは最低限持ち歩くはずだもん.」




メ:(あ,そっか.確かにそうだ.まじか.そういうところも気を付けなきゃいけなかったのか・・・.)




メリーは今まで,飲み水がないときは水魔法で喉を潤しており,それが普通になっていた.そのせいで水筒を携帯するという発想自体が欠如していたのだ.




ツ:「どうして,何も持ち歩いていないんだよ.てか,どうしたら何も持ち歩かないでここまで来れるんだよ?」




メ:(どうしよう,言い訳を考えないと,・・・いいわけ,いいわけ.)




メ:「・・・わたし,食料や水は現地調達するタイプなの.それに荷物は持ち歩くだけで体力使うでしょ?だからナイフも含めて何も持ち歩かないようにしてるの.」




ツ:「・・・」




メ:「・・・」




ヤ:「・・・」




ヤ:「あり得るか.」




メ:(あり得るんだ.)




メリーはヤンの反応に心底ホッとする.




ヤ:「・・・いや,でもやっぱりおかしい.」




ツ:「何がおかしいんだよ.他におかしいともうなくないか.」




ヤ:「だって,いくら石頭でも,石で殴られてなんともないってやっぱりおかしいよ!」




メ,ツ:(あっ,確かに・・・.)




その発言は場の空気を一気に変えた.




ツ:「おかしい.・・・いくら石頭でも確かにおかしいわ.だってあのとき,確かに鈍い感触あったもん.帽子で守られてたとしても,ケガ一つないのは確かにおかしい.」




メ:「えっと,それは・・・.」



動揺するメリー.

メリーのしどろもどろな様子にヤンは確信する.




ヤ:「ほらっ,おねぇちゃんはやっぱり旅人じゃないんだよっ!」




メ:「えっ?!いやっ─」




ツ:「えっ,でも,じゃあ旅人じゃなかったら何なんだよ.てか,なんで俺たちをだます必要が・・・.!!まさか,メリーって・・・」




──ドキッ



ツ:「まっ・・・魔っ・・・」




ツ:「・・・魔物なんじゃ・・・.」




メ:「えっ?!」



ツンの予想外の言葉に,メリーは度肝を抜かれる.



ヤ:「そうだよ!きっと私たちに村まで案内させて,村のみんなごと食べようとしてるんだよ!!」




メ:「はえ゛っ!?」




ツ:「そっか!だから俺たちに村まで案内させようとしてたのか!」




メ:「いやいや,魔物じゃないよ!!本当に旅人ではあるのっ!」




ヤ:「じゃあ,どうして無傷なの?!どうして何も持ってないの?!ねぇ,どうしてっ?!」




メ:「それは・・・」




メ:(どうしよう.もう魔女だからっていっちゃう?正体をばらすしかないの?)




ツ:「なぁ,どうしてだよ!」




メ:「それはわたしが・・・」




心臓がバクバクいっている.嫌な汗で背中はもうびしょびしょだ.もう無理だ.観念するしかない・・・.もう正体をいうしか・・・.




メ:「わたしが魔j─




と,そのとき────




──ザッ




突然,木々の間から,一体の魔物が姿を現した.

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