魔女のメリーは旅をする。
トリニク
序章 (旅立ち編・初めての村編・山賊編)
第1話 愛
この世界は,魔法の存在する世界,魔女と非魔人,魔物が存在する世界・・・.
美しくも,残酷・・・そんな世界.
そんな世界の辺境.
1000m級の山々に囲まれた麓,人里離れた場所に,魔女だけが住む「魔女の村」があった.
「わたし,旅に出たい!!」
村の中心にある村役所.
村長の家に隣接された,竪穴住居のような建物の中で,好奇心旺盛な少女メリーが,意志の強い瞳で真っすぐと,囲炉裏を隔てて目の前に座っている二人の人物を見つめていた.
その人物とは,この村の村長であり,自身の母親でもある女性アリシアと,ご意見番の老婆クシナである.
この村に住む全ての人間は,とんがり帽子と黒い衣装を身に付けており,この三人も例にもれず,黒い衣装を身に着けている.
村:「だめよ,メリー.」
メ:「なんでよっ!わたし,上級魔法試験に合格したのよ!?お母さんも認可した筈でしょ?村の掟だと上級魔法試験に合格したら,外出が許されるんじゃなかったの!?」
村:「今は村長と言いなさい.・・・確かに外出は許してるけど,世界中を旅することを許可してるわけじゃないわ.それに,あなたは試験に合格しただけで,まだ実践経験を十分に積んではいない.魔物を倒した経験だってあまりないでしょ?外はあなたの思っている以上に危険なの.今のあなたに,旅をさせたくない.」
メ:「実践経験って・・・.お母さんたちが村の外に出してくれないせいで積めてないんじゃない!それに!魔物図鑑を読んで,ある程度の知識もあるし.魔女の存在が外の世界でどういう扱いをされているかもわきまえてる!お母さんが思っているほど私は弱くないし,もの知らずでもないわよっ!」
クシナ:「・・・メリーちゃん.アリシアも私も,別にあなたのことを弱いとも,もの知らずとも思っていないよ.ただ,心配なんだ.それに,あんたはまだ12歳だろうっ?大人になってからでも遅くないんじゃないかい?ほら,また新しい本でも買ってあげるから・・・.」
村長─母親とクシナにたしなめられるメリー.しかしメリーは一歩も引かない.
メ:「なによ!前に旅に出たいって話したときは,『話は上級魔法が使えるようになってからだ』なんていってたくせに,今度は若いから,経験がないからダメだっていうわけっ?!わ・た・し・は!いま!旅に出たいのっ!!」
村:「・・・メリー,それでもやっぱり,許可はできない.」
メ:「・・・っ!!この,・・・分からずやぁッ!!」
メリーは目を潤ませながら,その場から出ていく.
ク:「メリー!!どこ行くんだいっ!メリー!」
村:「・・・.」
アリシアは,メリーのいなくなった玄関を悲しそうな目で見つめているのであった.
──────────────────────────
メ:「・・・よし」
ここは村はずれにある青々とした傾斜.下には小川が流れ,横たわれば空を眺められるメリーのお気に入りの場所だ.
ア:「メリー,こんなところで何してるの?」
メ:「アリス・・・別に,何もしてないわ.ただ空を眺めてただけ.」
短髪のメリーとは対照的に,長い白髪を揺らしながら近づいてきたのは,メリーと同い年の幼馴染でたった一人の親友のアリスだ.ここ数カ月は試験勉強のせいで一緒に遊べていないが,この村には子供がアリスとメリーしかいないため,何もすることがないときは大体二人で遊んでいた.
ア:「・・・聞いたよ.また旅に出たいって村長にいったんでしょ.」
アリスは,メリーの横に腰を下ろし,メリーと同じ方向を見つめながら,優しい口調で話を切り出す.
メ:「そうよ.ほんっと嫌になるわよっ,また許可出してくれなかったのよ?」
ア:「確かに,ひどいよね.遊ぶのもやめて,いっぱい勉強して,上級魔法試験に勉強したっていうのにね.そりゃあ私たちはまだ子供だけど,せめて数週間くらいは旅させてくれたっていいのにね.」
メ:「・・・でも,別にいいんだ.今晩旅に出るってもう決めてるし.」
ア:「えっ?」
メ:「わたしね,試験に合格した時から,お母さんに旅に出るのを断られたら,その日の夜に村を出るって決めてたの.こっそりとだけどね.あっ,みんなには内緒だよ?」
アリスの顔をちらっと見つめ,そんなことを言うメリー.
ア:「で,でも,昨日,まだお母さんにもらった本全部は読めてないって言ってなかった?せめてその本読んでからでも遅くはないんじゃない?」
メ:「昨日徹夜して全部読んだから大丈夫.」
ア:「5冊くらいあるっていってなかった?」
メ:「うん,5冊全部読んだよ.」
ア:「えっ?一晩で?」
メ:「うん,一晩で.」
ア:「マジか.・・・すごいね.」
メ:「まぁ,どの本も面白くて,読む手が止まらなかったからね.特に,『トマ・ホークの冒険』は面白かったなぁ.主人公の怠け者のおじさんが,雷に打たれて頭がおかしくなっちゃってね.『俺は勇者だ!魔王を倒さなくてはならないんだ!』て言って旅にでるの.実際には,魔王も,魔物もいない世界なんだけどね.それが可笑しくって面白くって.アリスも気が向いたら読んでみてね.私が留守の間は,私の本棚,好きに使っていいから.」
ア:「そっか.・・・そうなんだね.」
メ:「・・・うん.これで,思い残すことは何もないや.」
ア:「そっか.・・・.」
しばし,静寂が二人を包み,柔らかいそよ風が,優しく芝生を揺らしながら二人の間を吹き抜ける.
それから少したって,アリスが重い口を開いた.
ア:「・・・メリーは,どうしてそんなに旅に出たいの?」
メ:「前にも言ったでしょ.わたし,いろんな景色を見て回りたいの.だって世界は広いのよ?それなのに本や人づてに聞いた話を通してしか世界を知れないなんて,もったいないじゃない?」
ア:「・・・そんなこといって,ほんとはまだ食べたことないもの食べてみたいだけでしょ.」
メ:「ふふっ・・・まぁそれもある.」
微笑むメリー.そんな彼女とは対照的に,アリスは真剣な表情になる.
ア:「・・・メリー,『魔女狩り』のことは知ってるでしょ?」
メ;「・・・もちろんしってるよ.10年前に魔女が非魔人に大量虐殺された話でしょ.流行り病を魔女が広めたってことにされて.」
メ:「それで私たちは人里離れた辺境に村を作って暮らしていくしかなくなったって.」
ア:「過去の話じゃないよっ!今も続いてるんだよ!」
メリーの物言いに,アリスはすごい剣幕でまくし立てる.
ア:「ベンおばさんの腕見たでしょ?町に行ったときに,魔女だとばれて矢で射られたって・・・.治癒魔法ですぐに直せて,もう後は残ってないけど,とっても痛そうだった・・・.外はそういう世界なんだよ?魔女ってばれただけで殺されちゃうんだよ?」
メ:「・・・わたし,それもなんとかしたいって思ってるんだよね.」
ア:「へっ?」
メ:「だって,その問題を解決しないと,今後も魔女が非魔人に迫害を受けちゃうわけでしょ?だから,旅の中でその問題についても解決したいと思ってるの.」
ア:「解決しようと思ってるって・・・具体的にどうやってするの?」
メ:「人助けよ.」
ア:「ひとだすけ?」
メ:「そう.そもそもこの問題って非魔人たちに魔女は悪い奴だって思われてるから起きてるんでしょ?だから,世界中で人助けをして,魔女はいい奴だって思ってもらうの.そしたら解決だよっ!」
ア:「そんな・・・そんな簡単に・・・」
メ:「わたしは本気だよ?」
ア:「・・・」
メ:「・・・」
ア:「そっか.本気なんだね.メリーは・・・.」
メ:「うん.」
ア:「じゃあ,・・・ほんとうに今日でお別れなんだね.」
メ:「・・・うん.」
ア:「・・・」
アリスはそのまま,おもむろに立ち上がり,メリーに背を向け,来た道を歩いていく.
サッ,サッ,サッ─
メ:「アリスっ!」
ア:「・・・.」
メ:「わたし・・・,わたし絶対帰ってくるから,いろんなお土産持って帰ってくるから.だからそれまで・・・それまで元気でいてね.」
ア:「・・・」
アリスは再び足を動かし,その場から離れていく.メリーはそんな彼女の後姿を少し寂しそうに眺め続けるのだった.
───────────────────────
夜も深まったころ・・・.
村:「スー・・・スー・・・」
無属性初級魔法
メリーは,母親が完全に眠ったのを見計らい,真っ暗闇でも昼間と変わらないくらい周りを鮮明にみられるようにする魔法─暗視を唱える.
ごそ・・・ごそ・・・
ゆっくりと布団から這い出たメリー.枕元においてある帽子を身に付けつつ,ちらりと母親の寝顔を確認する.
村:「スー・・・スー・・・」
メ:(・・・それじゃあ,行ってきます.)
そうしてメリーは,そのまま物音を立てないように忍び足で家の外へと出るのだった.
───────────────────────────
メ:「ふぅ・・・ふぅ・・・よし,ここまでくれば大丈夫.」
村長の家を後にし,何とか村の棚田を登り切ったメリー.完全に村を離れる寸前のところで,一息つき,後ろを振り返った.
ここからだと村全体を見渡せる.
足元からは棚田が広がり,その麓には切妻屋根の木の家々が所せましと集まっている.自分の家や,アリスの家も見える.今頃みんな寝静まっているのだろう.
メ:「・・・.」
物心ついたときから育ってきた土地,友達と家族といろんな思い出の詰まった場所.もう,これで見るのが最後になるかもしれない風景.
メ:「ん・・・.」
しっかりと目に焼き付けたメリーはあふれてきた涙を右腕で拭い,
メ:(必ず,戻ってくるから.)
そう胸の中で決意し,村に背を向け歩き始めた.
サッサッサッサッ・・・
着実に・・・着実に・・・
「何してるんだい.」
メ:「!?」
予期せぬ声に,メリーはすぐさま後ろを振り向く.そして,声の主を確認し,メリーは目を大きく見開いた.そこには,今まで一番お世話になった人,一番感謝している人,今一番合いたくない人がいたからだ.
メ:「お母さん・・・.」
(どうして)
瞬時に浮かび上がってきたその四文字をメリーはすぐさまはねのける.
メ:(今はそんなこと考えてる場合じゃない.この場を乗り切る方法を考えないと・・・.)
村:「あんた,村を出てくつもりだね?」
メ:「・・・うん.」
メ:(真正面から戦っても勝てっこない.・・・できれば使いたくなかったけど,
村:「・・・はぁ,そんなに警戒するんじゃないよ.移転でも使われたりしたら,それでこそ最悪だしね.」
メ:(・・・ばれてた.)
上級移動魔法 移転
自分と,自分が触れている物をここではないどこかへ飛ばす魔法.自分がそのとき行きたいと思っている場所に行けるが,イメージが明確でない場合,明確にできない場合(例:行ったことのない場所など)は半径5キロ以内のどこかにテレポートする.上級魔法の中でも,魔力消費量が半端ない.
メ:「じゃあ,どうしてきたの.」
村:「ただ,見送りに来ただけさ.」
メ:「!?」
村:「なんたって,愛娘のはじめての門出なんだからね.見送らなきゃ損だろっ?」
メ:「どうして・・・」
村:「そりゃ,ほんとは行ってほしくないさ.外はほんっとうに危険だ.メリーの考える何倍も・・・何倍も危険な場所さ.だから,今日も止めたし.できれば,大人になるまで,いや大人になってからも出ていってほしくはなかった・・・.」
村:「・・・でも,みんなに黙って夜中に行こうとするくらい本気で旅したいんだろぅ?それだけ本気の夢なら,親としては応援しないわけにはいかないだろう.」
メ:「おかあさん・・・.」
「話と・・・ちがうじゃない・・・.」
またもや,予期せぬ声.声の方に目をやると,そこには身体をわなわなと震わせている親友の姿があった.
メ:「!?アリス.」
村:「!!アリスちゃん,いつの間に・・・.」
(この私が気づけないなんて.この子いつの間にこんなに魔力を隠すのが上手くなったの?いや,それよりもこの感じ・・・)
ア:「村長・・・いってくれたじゃない.メリーを止めてくれるって.」
村:「私は,「出来ることはしてみる」って言ったの.それに・・・」
ア:「おんなじでしょっ!!!??そもそも見てたけど,全然止めてなかったじゃないっ!!!」
メ:「どうしたの,アリス.いつもと雰囲気が違う・・・.」
アリスはメリーを一瞬キッとにらみつけると,急に優しい表情をする.
ア:「・・・メリー,私はね.メリーには幸せになってほしいの.不幸な目になんかあってほしくないの.だから,だから・・・」
アリスは懐から一本の小刀を取り出す.
この瞬間,村長はアリスのやろうとしていることを察知する.
村:「!?その魔法,まさかっ!・・・!?」
止めようと身体を動かした村長は,いつの間にか透明な壁に閉じ込められていたことに気づき,度肝を抜かれる.
(結界魔法っ!?こんな特殊な魔法,いつの間に発動してたのっ・・・!)
メ:「アリス,何してるのっ?!」
ア:「あたしが・・・メリーを止める・・・!!」
もはや,アリスの耳には誰の声も届いていない.
スパッ・・・
そのまま,アリスは小刀で自らの左腕を切りさいた.
ぼたぼたぼたっ・・・
ア:「召喚魔法─
左腕から大地に降り注いだ血液が怪しく赤く光り輝き,大きな魔方陣が現れる.
その神々しく光る魔方陣から,
ア:─
「グゥ・・・フゥ・・・」
深紅の巨熊が這い出てきたのだった─.
Aランクの魔獣.北部に生息する.
その魔物の出現は,周囲の気温を一気に上昇させ,空気を真夏のように歪ませ始めた.
村:(紅熊を・・・.いや,そんなことより─)
村:「アリス.あなた・・・勝手に禁書庫に入ったわね.結界魔法や『覇獣降臨』が載っている魔法書は禁書庫に保管していたはずよ.」
メ:「なっ,禁書庫に・・・!?」
ただでさえ,見たこともない魔法,見たこともない異様な魔物に目を丸くしていたメリーは,アリスが禁忌を犯していたことにこれまた度肝を抜かれた.
禁書庫とは,この村の最西端にある小さな小屋である.危険な魔法が記された魔法書を封印している場所であり,その場所には村長と村長に許されたものしか入ることを許されていない.
ア:「仕方ないでしょっ!!メリーは上級魔法を扱えるのよっ!私は上級魔法をまだ扱えない・・・.メリーを止めるためには禁じられた魔法に頼るしかなかったのっ!!」
村:「頼るしかなかったって・・・.メリーが死んだらどうするのっ?!」
ア:「私が操ってるんだから死にはしないわっ!ちょっと大怪我してもらうだけよ!」
メ:「どうして?どうしてそこまで・・・.」
ア:「・・・メリー.ベンおばさんは運よく助かったけど,外に出たら大怪我じゃすまないかもしれない.殺されちゃうかもしれないのよ?」
メ:(アリス・・・.)
ア:「だから,だから・・・.」
紅:「グルァアアアアアッ!!!」
ア:「ここに残ってっ!!メリー!!」
アリスの想いに呼応するように,紅熊が怒号を上げながら襲い掛かってくる.
しかし,そんな危機的状況下でメリーの気持ちは穏やかだった.
メ(そっか,・・・そんなに私のこと心配してくれてたんだ.)
メリーは静かに目を閉じ,胸のあたりで両手を併せ,そこに全身の魔力を集中させる.
メ:(それなら,その心配を払拭するためにも─)
併せていた両手の隙間から水が漏れ出てきたところで,手と手の間に小さな空間を作り,その中心に魔力によって無尽蔵に形成されていく水を球状に圧縮,集中させていく─
紅:「グガァアアアアアア─!!」
紅熊が近づいてくる.サウナのような分厚い熱気が襲い掛かる.せっかく作り出した水も蒸発し始める.しかし,メリーは集中を切らさない.蒸発の速度を何倍も何倍も上回る速度で水は形成され続け,水の玉は渦を巻きながら,瞬く間に重く,大きく,膨れ上がっていく.そして・・・
メ:(─私はこの魔物に負けられないっ!!)
メ:「上級魔法─
紅:「グルァッ─!!」
メ:─
ドッ・・・ドュヌパッ・・・!!
・・・信じられない光景だった.
メリーの雄たけびとも呼べる詠唱と共に発射された高密度の水の槍が,一直線に紅熊に襲い掛かり見事に屈強な紅熊の腹部を貫いたのだ.
その様はまさに龍のごとき力強さだった.
「グッ・・・ル,ァ・・・」
体の真ん中に大きな風穴を開けられた紅熊は,湯気をたちこませながら,力なく,膝から崩れ落ちる.
ドジューーーーーーーーーッ・・・・
ア:「・・・うそっ.」
紅熊と呼応するように,アリスも膝から崩れ落ちる.
メ:「
ふわぁ
メリーは魔法で身体を宙に浮かせると,そのまま湯気の立ちこめる紅熊の遺体を通り越し,ほうけているアリスの下へと降り立った.
─ファサ.サッサッサッ・・・
ア:「!!メリー,違うのこれは・・・だから・・・」
ガバ
ゆっくりと近づいてきたメリーに思いがけず抱擁され,アリスは一瞬思考が止まる.
ア:「・・・えっ?」
メ:「ごめんねアリス.わたし・・・アリスの気持ち,全然考えてなかった.アリスがどれだけ心配してたか.どんな思いをしてたか全然考えようとしてなかった・・・.ごめん」
ア:「メ,メリー・・・.・・・ぅっ,わたしのほうこそ・・・こんなごとしちゃって・・・.」
アリスの目が涙に潤む.
メ:「・・・アリス.わたし,本気で旅したいの.・・・絶対帰ってくるから,生きて帰ってくるから・・・.だから,心配しないで待っててほしい.私のこと信じてほしい.」
ア:「ぅっ,・・・わかった.信じるよメリー.わたし,わたし・・・待ってるk─
「グルッ」
ア:「!?メリーっ!!うしろ!!」
メ:「えっ?」
一瞬の出来事だった.倒したはずの紅熊が立ち上がり,怒りの蒸気を身にまといながら,致命傷を負っているとは思えない速度でメリーに襲い掛かってきたのだ.
─
メリーはあまりに予想外の出来事に驚きつつも,瞬時に切り替え,咄嗟の判断で魔法を発動する.
しかし─
ブジュァッ
その壁は,振りかぶられた屈強な熊掌から身を守るにはあまりに脆く,いともたやすくつらぬかれる.そして,勢いそのままにメリーの身体を・・・
ボボッ
紅:「!?」
村:「させないよ.」
つらぬくすんでのところで,紅熊の身体は水の球の中に閉じ込められる.
紅:「グポァ・・・」
村:「水縛・圧縮」
ギュイぃ─
村長の言葉と共に,水の球はみるみるうちにその体積を小さくしていき,水の中に閉じ込められた紅熊も一緒に圧縮されていく.そして
─グチュッ・・・パシャ
水と共に飴玉サイズまで圧縮され,あとかたもなくはじけ飛んだのだった.
メ:「お母さん・・・」
村:「まったく・・・.紅熊の恐ろしいところは,桁外れの生命力だ.なんせ,身体にマグマがながれてるようなもんなのに生きてるくらいだからね.・・・油断するんじゃないよ,メリー.これから先は一人でこういうのを相手にしていかなきゃならなくなるんだから.」
メ:「うん.気をつけ・・・る」
よろめいたメリーを村長は抱きかかえる.
村:「おっと,まったく・・・.魔力切れは・・・起こってないみたいだね.急に膨大な魔力を使ったんで疲れたのか.・・・
詠唱と共に,青白い光が村長からメリーへ流れ込んでいく.
村:「・・・よし.これで動けるようになったろう.」
メ:「・・・ありがとう,お母さん.」
ア:「村長ごめんなさい.わたし・・・」
村:「気にしなさんな.過ぎたことさ.・・・それより,これからはもっと気をしっかり持てるようにしな?さっきだって,動揺しちまったせいで召喚獣を操れなくなってたんだから.それと,もう二度と勝手に禁書庫に入るんじゃないよ?」
ア:「っ!!そんちょう・・・.」
村:「・・・さて,メリー.アンタにこれを渡しとくよ.」
メ:「・・・これは?」
メリーは,村長から手渡しされた手のひらサイズの護符をまじまじと見つめる.
黒の下地に白の幾何学模様の書かれた長方形の護符だ.
村:「お守りみたいなもんさ.大事に持っといておくれ.」
中から微かな魔力を感じる.おそらく何かの魔道具だろう.
メ:「うん.大事にする.」
村:「・・・メリー,あんたの旅は想像を絶するくらい過酷なものになる.だから,つらくなったら,いつでも帰ってくるんだよ.」
メ:「・・・わかった.ありがとう,お母さん.」
村:「さて,それじゃあメリーさっさと行きな.早くしないと,さっきの騒動で目を覚ました村のみんながやってきちまうからね.」
メ:「うん.・・・お母さん,アリス,わたし行ってくるね.」
村:「おう.気を付けなよ.」
ア:「絶対無事でいてね.」
メ:「うん.・・・行ってきます.」
・・・タッ,タッ,タッ,タッタッタ──
夜の風がメリーの背中を押すように優しく吹きぬける.メリーは悲しみと感謝,大きな期待を胸に夜の山へと走っていくのであった.
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