最終章

第85話  終わった後の後悔は先に立たない


「それではみんなに、預かっていたお金を返しますね〜」

 西山先生がそう言って、三年二組の生徒たちに日本円を返していく姿を、一組、三組の生徒たちが羨ましそうな眼差しで見つめた後に、三組の生徒たちは恨みがましい眼差しで阪口先生を睨みつけていた。


そりゃそうだよね、西山先生や吉岡先生って教師としての本分を最後まで忘れなかったんだなぁと思うエピソードが山盛りだけど、阪口先生、全然、生徒を守っていなかったもんなぁ。そりゃあ鉱山で強制労働をさせられるだろうって。


 鉱山から移動してきた十二人の生徒と阪口先生だけど、かなりキツい目に遭ってきたみたいだから、被害を受けた生徒たちも何とか怒りをおさまらせることにしたらしい。

 私物を勝手に売り飛ばされた子も、お金で返してもらうことになったみたいで、とりあえずこの問題はこれで終わりとするみたい。


 そんな訳で、算盤班の班長でありクラス委員でもある、異世界に算盤を普及させた僕、中村聡太は、異世界転移した際に着用していたジャージに着替えて、草原に放置されたバスに乗り込んだわけだ。


 こっちの世界に未練がなかった訳じゃないけれど、早いところ帰って受験対策しなければ受かりたい高校に受からない。元の世界に帰ることに後悔なんかはなかったんだけど、バスの席に座るのと同時に、あっという間に目の前がぐにゃりと歪み、気がついた時にはずぶ濡れの状態でオレンジ色の制服を着たレスキュー隊の人に助けられていたってわけなんだよ。


 僕らが修学旅行の最中は、いろいろなところで地震が起こっていたんだ。ちょうど僕らが山の中を移動していた時には、局地的に震度六以上の地震に揺られることになっちゃって、道路が崩落、3台のバスは崖下へと転がり落ちて絶望的な状態だったらしいんだ。


 何が絶望的って、バスが川の中へと落下してしまったあと、崩落現場から10キロも下流に移動していたっていうんだよ?


 しかも、探しても探しても見つからなかったのに、崩落事故から三日目にバスが発見されたんだ。二人の教師と十五人の生徒の安否は不明なまま。他の生徒たちは奇跡的に大怪我もなく無事だったということで、連日テレビでも報道されるような大騒ぎになったってわけ。


 家に帰ってから、

「僕ら、異世界に転移していたんだよー!」

なんてアホなことを言い出す生徒もいたんだけど、事故のショックで訳がわからないことを言い出していると思われて、


「そうなのね、異世界転移しちゃってたのね」

と、おざなりな対応を受けて終わる現象が多発していたみたいなんだ。だけど、それにしたってみんな余裕があるにも程があるよ。


 大きな事故があったからと言って、学力診断テストと定期テストが待ってくれる訳ではないんだよ?入試の日にちがズレる訳じゃないんだよ?僕は、希望の高校に受かるために、勉強、勉強、また勉強の日々を送ることになったから、異世界での生活についてなんて、たまに思い出す程度で固執するようなことなんて全然なかったんだよね。


 そんな訳で、難関公立高校、難関公立大学に進学を果たした僕は、一流とも呼ばれる企業への就職に成功することになったんだけど、初めての給料の明細書を見たときに愕然としたんだよね。


 だってさ、色々と天引きされて、手取りが16万2千円だって言うんだよ?


 都心の大学に通っていた僕は、給料が入ったら広いマンションに引っ越してやる!と決意していたと言うのに、16万2千円?嘘だろ!


「中村くーん、だったら寮に入ればいいんだよ!うちは独身寮も完備しているんだから、そっちに移動したら良いんだって!」


 そうか、そうだよな。引っ越しするのが面倒で寮へ入ることを考えていなかったけど、そうか、独身寮に入ればいいんだよな。福利厚生がしっかりとしている会社なんだから、そこはきちんと利用していかないとだよな。


 そうして引っ越した僕は、再度、給料の支給額を見て再び愕然とした訳だ。


「13万2千円だと?嘘だろ!」


 独身寮の費用3万円分を天引きされた金額なのは理解できるんだけど、あれ、意味わからん。僕は一流の企業に入社したはずで、後の人生は左うちわでワッハワッハするはずだったのに・・


「ああ〜、中村、左うちわでワッハワッハなんて、それは幻想だ。ちなみに俺の給料は今、年俸で一千万オーバーだけどな?月々の手取り支給額は32万でしかないぞ?」


 室長のその言葉を聞いて、僕は激しい頭痛を感じた。


「え?月々、手取りが32万?」

「所得税とか、住民税とか社会保険料が値上がりし続けて、搾取の具合がエグいことになっちゃっているんだよ。昔は五公五民なんて言って半分が政府に持っていかれる〜なんて言われていたんだがな、いまは六公四民だ」


「はあ?」

「ステルス増税に文句も言わずに従ってきた結果がこれだ。ちなみに俺が新入社員だった時には三公七民だったんだ」

「へえ」

「これから独身の年金支払い額を増額するとかなんとか言っているらしいから、おまえも早く嫁さん見つけないと七公三民になる未来も近いらしいぞ?」


 嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だろ?税金で6割取って老後は安泰とかじゃなくて、搾取されるだけ搾取されての話なんだろー!


「無理無理無理無理!こんな世界で生きていくなんて無理無理!」


 新卒社員の働く意欲の低下が問題だとか何とかネットの記事とかで読んだことあるけどさぁ、そんなの当たり前じゃない?だって、働きに見合った給料が貰えるわけじゃないんだもん!額面を見たらそれなりの金額じゃないか?ふざけんなよ!色々差っ引かれた後の金額が異常だろ!どうなってんだこれは!

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