第84話  みんな帰ってしまったけれど

僕と吉岡先生がこっちの世界に残るというのに、自分だけが元の世界に戻ることになるということで、阪口先生はこっちが呆れ返るほど抵抗をした。


 何せ、阪口先生を待ち構えているのは、校長先生、教頭先生、教育委員会、保護者各位なのは間違いない。教師としての責任を果たしていたかと問われれば、阪口先生は全く責務を果たしていない。三年三組の生徒全員から今の時点でそっぽを向かれているのだから目も当てられない。


「先生!西山先生!一緒に帰りましょう!ねえ!一緒に元の世界に帰りましょう!」

「嫌だ!絶対に嫌だ!」


 僕は、残った生徒たちの面倒を見なければならないという崇高な目標を掲げながら、カリム君をおんぶした状態で拒否し続けることになったわけだ。


 流石の阪口先生も、吉岡先生に帰ろうとは言わないんだよな。まあ、そんなことを言ったら言ったで、殴り飛ばされるのは目に見えているもの。


 吉岡先生のパンチは聖女のパワーも追加されて、魔獣をも撲殺できるレベルにまで昇華しているからね。阪口先生も命は惜しかったということだろう。


 そんな訳で、カーンの街に一組、二組、三組の生徒九十人が集まったんだけど、そのうちの十五人がこちらの世界に残ることになったわけだ。


 もちろん残る生徒には何回か面談を行ったけれど、家族との関係が破綻している子供だったり、そもそも、面倒を見てくれる保護者の存在が希薄な子たちばかりだったから、本当に元の世界に未練がないんだよね。


 それじゃあ、僕自身はどうかと問われれば、僕の場合は兄夫婦が実家の近くに住んでいるし、僕自身、残してきた妻とか子供とか、恋人すら居ない状態だったから、全然問題ないと思う!


 僕の住んでいたボロアパートの解約手続きとか、私物の処分とか大変かもしれないけれど、そこはお金の力(僕の貯金)を使って何とかして欲しいと、心の中で勝手に親や兄に対してお願いしているような状況だ。


 それに・・

「先生、お腹ちゅいた。僕、お腹ちゅいたよ〜」

「先生〜、何か食べさせて〜」

「先生!お願い〜!」

 おんぶ効果で破綻の力を減らすことに成功させたカリム君は、ブランシェさんの孫たちと遊べるようになったんだよね。


 僕は一応、レストラン三年二組のオーナーってことになるんだけど、おやつをせびる時には、カリム君がブランシェさんの孫たちを連れて僕のところへとやってくる。


 これは力が溢れ出す前のサインの一つで、僕はカリム君を抱っこして彼の中のエネルギーを吸収しながら、子供たちが食べれるようにお菓子を提供していくわけだ。

 エネルギーを吸収するのは昼間に一回程度、その時間がちょうどおやつタイムになるってことだよね。


 なにしろ僕は、カリム君を育てなければならないという使命があるんだからね!帰れないったら帰れない!帰れないったら帰れないんだよ!残念だなーー!


「先生、新作が出来たんですけど味見してもらってもいいですか〜?」


 厨房の外で僕がおやつを与えていると、料理の鉄人である石原さんが声をかけてきた。石原さんはデザート担当の若生君と交際を開始しており、来年あたり結婚する予定でいるらしい。


 こちらの世界では医療が発達している訳じゃないから、平均寿命が八十歳とかじゃないし、百歳まで生きる人がゴロゴロ居るわけじゃない。十六歳になったら結婚し始めるし、子供だってどんどん産んでいくことになるわけ。


 苦労してきた子供達は精神的に立派な大人で、早いうちに伴侶を持って家庭を築いていくことに躊躇はないのかもしれないな。


 向こうの世界への帰国当日、カルスト平原(勝手に命名)に移動した僕たちは、草原に残された三台のバスのところまで戻ることになったんだ。

 向こうの世界へ戻る生徒たちはバスの席へ、残る十五人の生徒と吉岡先生と僕は、生徒たちを見送ることになったんだ。


 本当に不思議なんだけど、生徒たちがバスに乗り込み、自分の席に座ったのと同時に、三台のバスは煙のように消えてしまったんだよね。


 残るのを決めた子の中には、永遠の別離を前にして泣き出す子も居たんだけど、こちらでの生活は続いて行くわけだから前を向いて歩くしかないわけだよ。


 幸いにもレストラン三年二組は盛況だし、計算が出来る子や料理が出来る子が残ってくれたので、みんなが居なくなった後も経営が破綻するようなことにはならなかったんだ。


 消えたバスが向こうでどうなったのかな?なんて話にのぼることは少なくて、もっぱら、腐の国の王様と吉岡先生の結婚式には皆んなでお祝いに行かなくちゃだとか、料理は三年二組のメニューも出すことになるからどうしようかとか、衣装はどういったものを着て儀式に参加したら良いのかだとか、そんなこんなで、慌ただしく日々を送ることになったわけ。


 とりあえず僕は、運良く嫁が出来るまでは、カリム君と一緒に狼族のブランシェさんが管理する宿舎に住み暮らせばいいかなと思っている。

 家を建てるのはひと段落ついてから。たとえ独身でも、金の力で老後の面倒を見てくれるお手伝いさんの手配くらいはすることが出来るだろうから。

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