第83話 それぞれの選択
小学生の時から祖母の面倒と家事全てを担ってきた石原と、母親が再婚後、家の中に居場所を失っている若生。離婚後、母親のネグレクトによって預けられた祖父母の家で肩身の狭い思いをしている横山の三人は、僕の前までやって来ると、
「「「先生!僕たち(私たち)はこの世界に残りたいんです!」」」
と、言い出したのだった。
ちなみに、元の世界に戻りたくないと一番最初に言い出したのが、王都で歴史編纂の仕事に関わっている小芝充希で、彼女はカーンの街にすら戻って来ていない。
「えーっと、これを逃したら、もう二度と帰れないことを理解した上で言っているわけだよね?」
「「「はい!」」」
こういう事を言い出す生徒は出て来ると思っていたんだよね。これが異世界の生活、楽しいぜヒャッホーという理由で帰りたくないと言うのなら、てめえ、親御さんが泣くことになるんだから、きちんと帰れよ案件になるんだけどな〜。
「本当に、本当に帰れないんだよ?もう二度と、帰れないんだよ?」
「「「はい!大丈夫です!」」」
「後悔しないって約束できるの?先生後から帰りたいとか言われても、知らないよ?」
「「「はい!大丈夫です!」」」
まあ、そうだよね。そういうお返事しちゃう感じだよね〜。
「「「ちなみに先生は帰るんですか?」」」
「僕?僕はもちろん・・・」
帰らないに決まっているよね。
鉱山労働から帰って来た阪口先生は痩せていた。
げっそりとした顔で先生は僕と吉岡先生を見上げると、
「え?帰らないって本当ですか?」
と、言い出した。
「帰らない、帰らない、僕は絶対に帰らない」
「なん・・で?」
「お金だっていっぱい貰ったし、家だって無料で建ててくれるって言うんだよ?一生働かなくても良いくらいの貯蓄はできたし、家のローンだってなしだよ。帰って、残業代なしでセコセコ働いて安月給を貰った上でだよ?最近の所得税とか住民税とか社会保険料のエグさに耐え続ける自信とか僕にはゼロだから!」
「な・・じゃあ、吉岡先生は?」
「ようやっとダーリンが振り向いてくれたんだもの!絶対に!絶対に帰らないわ!こっちにいれば離婚歴でとやかく言われることもないし、部活の顧問として土日出勤もないし、何せ、ダーリンはスパダリ(本物の王様)だもの!向こうの世界に戻ってあのレベルをゲットできるわけがないじゃない!絶対にこっちに残った方が幸せなのは間違いないもの!」
何でも腐の国で聖女として活動を始めた吉岡先生は、誘拐されそうになること度々らしくって、その都度、その拳で相手を沈めて来たのだそうだ。その元レディース・パフォーマンスがサルマン王のハートに突き刺さったらしいんだけど、人それぞれ(特殊な)好みがあるってことだろうね。
というわけで、吉岡先生は愛のため、僕は金のために(報奨金としてもらった何千枚という金貨は流石に持って帰れないので)元の世界に戻るのは諦めた。
「じゃあ・・俺も残ろうかな・・・」
「「てめえは妻子がいるだろうよ!そもそも、こっちの世界で行ってきた悪行を忘れたわけじゃあないからな!」」
そう、僕と吉岡先生は独身だが、阪口先生には妻も子もいるのだ。
妻も子も居る阪口先生だが、異世界ではっちゃけた末、飲む打つ買うではっちゃけた姿を生徒の前で披露した上、最後には人身売買だもんね。売られた生徒は今でも恨みに思っているのは間違いない。
それにしても、我が国、日本の祖父母世代から始まった核家族化って奴だけど、土曜日には親族揃って教会のミサに行くだとか、ミサから帰ったら皆んなでランチするなんて風習がない日本においては、核家族化によって、各家庭の孤立化現象に拍車がかかる事態に陥ってしまったと思うわけ。
一億総中流家庭となり、誰でも家を買い、車を買い、子供も二人から三人で、犬を飼うみたいな時代もあったんだろうけど、今のこの、異常なまでに給料を天引きされている時代において、『マイホーム』『マイカー』『ワンちゃん』『子供は二、三人』なんていう洗脳は、想像を絶する負担となって各家庭にのしかかってくるわけだ。
額面と手取り支給額がえげつないほど開いてしまっている今の世の中で、夫婦二輪で稼いでいかなければ『昭和スタイル』は貫けない。いやいや、マイホーム、マイカー、ワンちゃんを求めなくても生活自体が成り立たない場合が相当な数増えている。
核家族化によって各家庭の孤立化が深刻化している中で、緊急事態に陥った時に助け合う昭和初期のシステムはほぼほぼ消滅してしまっている。傾き崩れる家庭を助けようという奇特な親族などいるわけもなく、崩れ落ちて家族崩壊を起こしたあとの子供達は置き去りとなってしまう。そうして声も上げられず苦しむ子供たちを掬い上げるシステムは、すでに崩壊しているんじゃないのかな?と、僕なんかは思うわけ。
僕の肌感覚で言うと、クラスの3%から5%は、声を上げられず苦しむ子供たちで、そんな子供たちが異世界に行っちゃったらねぇ、そりゃあ、帰りたくないって思うだろう。
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