第42話 番外編 槙と赤平の場合 2

「ああー!槙くんと赤平くんだ!元気〜?」


 色白でぽっちゃりだった久我俊幸は、痩せて引き締まった体つきをしていて、肩から腰にかけて大きな傷を作っていた。麻のズボンを履いて、太い腰巻きを巻いた久我は上半身裸でいるから、やたらと大きな傷が目立っている。


「ああ、これ?南の密林地帯を流れるアメルダ川を船で移動中に、アナコンダに襲われて、危うく飲み込まれかけたんだよね〜」


アッハッハッと久我は笑うと言い出した。

「川の移動はやっぱり危ないからって事で、海に移動になったんだけど、まさか槙くんと赤平くんに会うことになるとは思わなかったな〜」


二人が久我を最後に見た時には、

「死んでやるーー!」

と、大騒ぎをしていた為、大きな荷物を下ろして快活に笑う今の久我とあの時の久我とが同じ人物とは到底思えない。


 それでも、自分たち以上にこちらの世界に馴染んでいる久我を目の前にして、

「なあ、ここで俺たちと一緒に逃げ出さないか?」

と、赤平が誘いの言葉を口にしたのだった。


「俺たち、乃木と小芝さんも含めてなんだけど、四人でぼったくりバーに入っちゃって、多額の借金を作っちゃったんだよね」


「それで、その飲み屋で拉致られて、借金返済のために船で働かされているんだけど、この生活が心底嫌でさぁ」


「せっかく異世界転移してきたんだし、向こうの世界のチート知識を使って明るく楽しく暮らしたいっていうのかなぁ」


「なあ、久我だってそう思うだろ?」


 槙と赤平の言葉を黙って聞き続けていた久我は真っ赤になって自分の口を押さえると、

「あははっははっははは!」

腹を抱えて笑い出した。


「あははっはは!向こうの知識を使ってチート発揮って、君ら、日本食が作れるわけでもないし、ロボットを開発するだけの専門知識もないんでしょ?チート、チートって言うけど、どんな特別な事が出来るわけ?お父さん、お母さんに大事に育てられておんぶに抱っこの君たちが異世界でチートって・・・」


「久我!てめえ!」


 あまりの爆笑を目の前にしてキレた赤平が殴りかかろうとすると、腰に差していた半月状の剣を引き抜いた久我が、目にも止まらぬスピードで一閃させる。


 目の前に剣を突きつけられて驚き尻餅をついた赤平の前に、鋭い牙を剥き出しにした一匹の巨大な魚が、切断された状態で落下した。


「あぶね〜!こいつ、飛魚みたいな奴なんだけど、噛みつかれたら肉を持ってかれるから危ないんだよな〜」


 久我は切断した魚を蹴り飛ばして海に投げ込んだ。

「この世界、人族は食糧としても人気なんだよ。魔獣にも狙われるし、魔人にも狙われるから単独で行動なんかしたら即、餌食になっちゃうよ」


「久我・・お前・・マジかよ・・・」

 槙が呆然と目を見開いていると、

「トシ〜!そろそろ行くカニーー!」

船から降りてきたお爺さんがこちらに向かって声をあげている。


「はーい!師匠!すぐに行きますーーー!」


 久我を呼んでいるお爺さんは顔が四角張った人で、筋肉が隆々として逞しい体つきをしていた。

 久我がこんな手練れになったのは、お爺さんの特訓によるものなのかもしれない。


「久我、これから格闘術の特訓でもするのか?」

「はあ?格闘?なんで?僕はこれからサンドアートを作るんだけど」

「サンドアート?」

「僕、サンドアートで世界一になろうかと思っているんだよ」

「はあ?」


 船員として海洋を航海する船に乗り込む事となった久我は、魔法の適性を鑑定する船員に適性検査をしてもらったところ、土の属性なら使えると言われたらしい。


「海にいるのに土の属性って!使えねーー!」

と、絶望していたところ、声をかけてきてくれたのが、顔面が四角張った蟹人の子孫でもあるジェロニモさんで、サンドアートの魅力を教えてもらう事になったらしい。


「サンドアートって言っても、瓶に詰め込んだ砂で絵を作るみたいなものじゃないんだよ。砂浜に巨大なアートを作り出すって言うのかな、良く、砂遊びで砂の城とか作るけど、あれの巨大な奴って言えばいいのかな?大きなオブジェみたいなものを作り出すんだけど」


 興味を持った二人が久我の後について行ったところ、すでに砂浜には巨大な象や、ライオン、タコ、怪鳥などの無数のオブジェが作り上げられている。


「一ヶ月後にミコノスマ島でサンドアート大会が催されるんだけど、その前哨戦という事でここでも小さなコンクールが開催されるんだよね。僕なんか向こうで読んだ漫画の知識があるわけだから、個性的な作品が作れると自負しているんだけど、なかなか細部を表現するのが難しいんだよね〜」


 シャベルで砂を掘り返しながら話す久我は生き生きとしていた。

 こちらは獣人も多いから、ウケを狙ってジャングル○帝でいこうと思っているのだが、古い漫画過ぎて記憶が朧げなのが問題らしい。朧げな部分は想像で誤魔化すつもりらしい。


「それってチェン○○マンじゃダメなのかよ?」

 赤平がすぐに細部まで思い出せる、愛読書でもある漫画の名前を提示したところ、

「いや、こっちの人には、なんのこっちゃわからないでしょ?」

と、言ってあっさりと却下される事になった。


 結局、停泊中はサンドアート作成の手伝いに費やす事となった槙と赤平だったけれど、久我の作品が奨励賞を受賞することになったので、大喜びすることとなったのだ。


ちなみに、久我の師匠であるジェロニモさんが作った、蟹仙人が宮殿に鎮座する巨大な像が優勝を勝ち取る事になったのだ。


「僕からのアドバイスだけど、食わず嫌いはやめてもっとご飯を食べたほうがいいよ?じゃないと体が作れないからね!」


 そう言ってジェロニモさんと一緒に船に戻って行く久我俊幸を見送った二人は、トボトボと自分の船へと戻る事にした。


 面倒を見てくれるおっちゃんに、魔法の鑑定について尋ねてみたところ、

「鑑定士を見つけるところから大変なんだけど、もし見つけたら金払って頼みゃあいい。相場は一人あたり10万ミウだけどな!」

と言ってハハハハッと笑っていた。


「「10万ミウ!」」


 二人が鑑定を受けるまでの道のりは長そうだ。

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