第40話 番外編 追いやられた乃木あやみの場合

「やあぁだ!絶対にやぁあだ!やりたくないったらやりたくないの!」

 禿(かむろ)として髪を切り揃えられた乃木あやみは、働く事を拒否し続けた。

「働くくらいだったら客を取った方がいい!客を取らせろ!私だったらすぐにトップになってやるんだからぁ!」


 遂には座敷牢に入れられる事になったのだが、断固として掃除や料理の手伝いなどは拒否をして、そんな事をするくらいなら高級遊女として働いてやると息巻いていたのだが、

「全くもって困ったものネ〜、自分が借金抱えた小娘だっていう自覚がゼロなのネ〜」

と、座敷牢の前までやってきた狐の獣人が、呆れ果てた様子で言い出したのだった。


「かといって、船に乗せても男の餌食になるだけバウ、先生に頼まれたにしても、何処まで面倒を見れば良いのか分からないバウ」

 後ろから座敷牢を覗き込みながら困り果てたような声を上げるのは熊の獣人で、冒険者ギルドであやみ達の私物を高値で購入してくれた獣人だという事に気がついた。


「ねえ!熊太郎!あんた高額のバイトがあるって言っていたじゃない!今すぐ私に紹介してよ!ねえ!ねえ!」

 檻に取りすがりながら元気よく声をあげるあやみを見下ろして、

「二日飯抜きでこの元気さバウ」

と、呆れたように言っている。


「ふーーーん、性根はともかく根性だけはあるタイプネ〜」


 何かを思いついた様子で狐は鍵をポケットから取り出すと、牢からあやみを出してくれたのだ。


 狐の獣人はあやみを馬車に乗せて走り出したのだが、遠ざかる娼館を馬車の窓から眺めながら、

「充希!ゴッメーン!私だけ娼館一抜けしちゃった〜!置いて行っちゃってごめんネー!」

と、心の中で軽い謝罪をした。


 乃木あやみは可愛い、充希が居なければクラスで一番可愛いを独占していたに違いない。こんなに可愛らしいあやみを、金持ちそうな獣人が利用しないわけがない!


 異世界転移したんだから、ヒロインである自分は男爵家の養子にされて、貴族達が通う学校に行く事になる。そうして、王子様とか公爵家の嫡男とかにハニートラップをしかける事をお願いされるのに違いない。


 金持ちのイケメンと仲良くなったら、狐の獣人に騙されて利用されているって泣きつこう!そしたら、余裕ぶっている狐野郎をギャフンと言わせる事になると思うもの!


 あやみはルンルン気分でいたものの、馬車が進んでいく先が鬱蒼と生い茂る森の中だった為、嫌な予感が胸中に広がり出す。

 そうして馬車は森の中に佇む一軒の家の前で停車すると、家の中から黒い外套を身に纏ったお婆さんが杖を付きながら出てきたのだった。


「この人ったら随分と久しぶりじゃないかね!」

 おばあさんは大歓迎といった感じで狐の獣人にハグをすると、馬車の中から恐る恐る出てきたあやみを見ながら、

「なんだい!随分とチンクシャな小娘を連れて来たもんだねぇ!」

と言って、歯が抜けた口をにんまりとさせる。


 狐の獣人が一言二言いいながら、お金が入った革袋を老婆の手のひらの上に置くと、

「オッケー!」

と、おばあさんがサムズアップをしながら満面の笑みを浮かべた。


 おばあさんが金色のブレスレットをプレゼントだと言ってあやみに渡してきた為、あやみは意気揚々と金のブレスレットを左手に嵌めた。

 するとどうした事だろうか、勝手にあやみの足が動き出したのだ。


 馬車が走り去る音を背中で聞きながら、森の中の一軒家へと入って行くと、箒が勝手に掃き掃除をしている姿を見て度肝を抜かれる。


 あやみの後から家に入って来たおばあさんは、折れ曲がった鼻といい、顔に浮き出るあばたといい、ぎょろぎょろとした大きな目といい、悪い魔女そのものの風体をしている。


「とりあえず遠路はるばる移動してきて疲れた事だろうよ。まずはお茶でも一杯飲んで一休みしよう」


 あやみが椅子に座ると、ふわりと浮かんだ紅茶のカップがあやみの目の前に置かれて、ふわふわ浮いてきたポットから温かい紅茶が注がれる。

 ポットの紅茶は老婆の前に置かれたカップにも注がれて、老婆は美味しそうにその紅茶を飲むと、嗄れた声で自己紹介を始めたのだった。


「あたしゃあね、アーベントロート公爵家の娘で、一時期は王子様の婚約者だったんだよ。だけど、王子様が男爵家の令嬢に一目惚れして、婚約者だった私を排除するために冤罪をふっかけられて、最後には追放処分をされたんだぁよ」


 何処かで聞いた事があるような話を老婆はしみじみとしながら話し出す。


「それからあたしゃ、オフリド湖群がある森に住んでいるんだけぇど、問題がある貴族の子女を一人前にしてくれだなんて依頼を受けるようになったんだぁね」

老婆は紅茶をゴクゴク飲みながら言い出した。


「あんたの顔相を見るに、玉の輿が希望だろ?」

「・・・!」

「金持ちの嫁になりたい!贅沢したいんじゃないのかねえ?」


 体が操作されているようで、いまだに自由に動かせないけれど、あやみは無言のまま何度も何度も頷いた。

「よおっく理解したよ。それじゃあ山猿娘に、玉の輿のためのマナーを教え込んでやろうじゃないかね」


 金のブレスレットはあやみの体を操作するもので、あやみは完璧なマナーに従って紅茶に口をつけると、完璧に片付けをして、その後、完璧な料理を作り出した。


 その後も、完璧に早寝早起きを実施し、完璧な作法を学ぶための各国の歴史から学び、完璧に掃除をして、完璧に洗濯をして、完璧な料理を作り続ける事になったのだ。


 自動で体が動いていく事に辟易としながらも、

「玉の輿をしたいんじゃろ〜?」

という老婆の言葉に頷くしかない。


 こうして、絶対にやりたくない事は死んでもやりたくなかったあやみの、完璧な生活が始まる事になったのだった。


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