第39話 番外編 小芝充希の場合 2
小芝充希が目を覚ますと、額の冷たいタオルを取り替えようとしていた虎の耳を生やした女の子と目が合った。
「ああら、やっぱり可愛い子じゃないかい」
虎耳の女の子を押し除けて現れたのが、煙管を片手に持った輝くばかりに美しい女で、着崩した着物の襟を押さえながら妖艶な笑みを浮かべる。
「あっちはアリーヤ、この虎娘はスマヤ、カエルはすでに顔を合わせているとは思うけど、ジャファンって名前なんさ」
やたらと豊満な胸を持ち、妖艶な美しさが溢れ出るアリーヤは、充希に流し目を送ると、充希の疑問に答えるように言い出した。
「そうだよ、あっちはここで一番と言われる高級遊女なんさぁ。この虎耳のスマヤはあっちの専属の見習い禿(かむろ)だあよ。これからあんたもあっちの見習い禿(かむろ)になるんさぁ。まずは髪の毛を切ってやらなくちゃぁならないねぇ」
「姉さんは、他人の疑問や要求を目で見る事が出来るギフトを持っているガウ。あんたを殴ったカエルで支配人のジャハンさんは、滅多な事では暴力は振るわないガウが、逆らったらいけないガウ。よく覚えておくガウよ」
えーーーーーーっと。
「あらあら、新しい禿(かむろ)は異邦人(エトランジェ)だもんねぇ、疑問からの疑問で大変な事になっているよぉ」
どうやら、充希の疑問は充希の周りに文章として浮かんで見えるらしい。
その一つ一つを指差しながらアリーヤが説明してくれたので、充希は、ある程度のことを理解する事になったのだ。
まず、ぼったくりバーで作った借金はここで働いて返済しなければならないということ。
ここで働くと言ってもアリーヤの専属禿として働くので、お客を相手にする事は絶対にないこと。
この娼館で働く高級遊女は十二人で、一緒にこの娼館に運ばれてきた乃木あやみもまた、借金返済の為に禿として働く事は決定しているということ。
仕事は、朝早く起きて店の掃除、煮炊きの準備、食事の配膳、姉さんの入浴の手伝い、着替えの手伝い、化粧の手伝い、お客様への配膳などなどで、目が回るほど忙しいこと。
充希は背中まで届くほど長かった髪の毛を肩上で切り揃え、いわゆるおかっぱ頭にされたうえで、着物に着替えさせられたものの、
「可愛いね〜」
と、姉さんたちが言うので、髪を切られて悔しいとは思いもしなかった。
ここでは充希の事を『変わっている』などと言い出す人は一人もいない。
アリーヤは人族とエルフ族の混血だったけれど、ここには蛇型の姉さんもいれば、ライオン獣人の姉さんもいる。サキュバスの姉さんもいれば、人族の姉さんもいる。
禿に至ってはバラエティ豊かすぎて、周りから変わっていると言われ、親からも呆れられた眼差しを送られていた充希の個性は、完全に埋没することになったのだ。
「ここの娼館では拒絶は許されないガウ、お互いを尊重する事を第一としているガウ。だから、どんなお客様でも満足してお帰りになるガウし、また、わっちたちもそうあるように努力をしているガウ」
「ここでは誰も私に飽きれないし、質問だって許してくれる。やる事をやれば、美味しいお菓子だっておまけでくれる。勉強は出来ないかもしれないけれど、これはこれで、良いのかもしれない」
禿として働き出して二ヶ月が過ぎた頃、
「おや、あんたは勉強をしたかったんだぁね」
と、アリーヤが言いだして、客として来た歴史研究家のお爺さんを引き合わせてくれたのだった。
この娼館にはお金を払って会話をただ楽しむお客さんもいる。アリーヤが紹介してくれたお爺さんは元々は王宮で働いていた人で、歴史の編纂を仕事としていたらしい。
充希の数多に発生する疑問はお爺さんには新鮮に映ったようで、アリーヤの計らいで、お爺さんの家へと遊びに行くことが許された。
異邦人である充希は言語を自動変換する事が出来るため、古代語の書物でも、異国の書物でも全て日本語として読む事が出来るのだが・・
お爺さんの家に通うようになってから数日後、なんと、娼館に担任の西山先生が現れた。充希と面談をする為にここまで来たらしい。
「小芝さん、ちょっと見ない間に随分変わったね」
先生は自分の眼鏡を人差し指で押し上げようとしながら、その眼鏡がない事に気がついた様子で、小さなため息を吐き出した。そうして、充希をちょっとぼんやりとしたような顔付きで見つめながら言い出したのだった。
「アリーヤさんからも禿としてよく働いていると聞いているし、ジャハンさんからも君の働きについては聞いている。歴史家のブルクハルトさんは君を王都に連れて行って、この世界の歴史や文化について学ばせたいと言っているんだけど、君はどうしたい?」
「え・・ええーっと」
「このままここで働いてもいいし、ブルクハルトさんと一緒に王都に行ってもいい。もちろん、みんなが居るカーンに帰ってもいいけど、君はどうしたい?」
「え・・っと、あの・・私には借金があって・・・」
借金返済のためにここで働いていると言うのに、先生は自由に選んで良いと言っている。中学生なのに夜の街に繰り出し、お酒を飲んで遊んでいた事を先生が知っているかどうかわからない状態で、何を言えば良いのか充希にはわからなくなってしまった。
「借金については、気にしなくていいよ」
先生は前髪を掻き上げながら言い出した。
「今はね、君は自由なんだよ。だから、君の思うままに選択をして欲しい。君はここで働き続けたいの?それとも王都に行って勉強してみたいの?」
「あの・・だったら・・王都に行きたいです」
充希はぎゅっと手を握りしめた。
「わからない事とか知りたい事が山ほどあって、ここでは誰に聞いても嫌な顔をされないんです。だけど、知りたいことがどんどん大きくなっちゃって、王都だったらもっと沢山の事を知ることが出来るって思うので」
「うん・・・ようやっと普通に喋れるようになったんだね」
先生は柔らかい笑顔を浮かべながら言い出した。
「君、周りに合わせよう、合わせようとして、空回っているし、言動も変になっていたけど、ここでようやっと肩の力が抜けたんだから、そのままでいきなさい。しばらくの間は王都にあるブルクハルトさんの家にホームステイしながら自分の疑問を解消していけばいいし、その後の事は、また先生と話し合いながら決めようか?」
「えっと・・いいんですか?」
みんなが集まるあの宿舎から抜け出した時点で、先生に守ってもらう事は諦めていた。だけど先生は、これからも充希と関わってくれると言っている。その事に大きな喜びを感じた充希が花開くような笑みを浮かべると、
「王都で悪い虫が付きそうだな・・・」
と、苦虫を噛み締めたような表情で先生は小さくつぶやいたのだった。
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