第38話 番外編 小芝充希の場合 1

 小芝充希は、他人と上手くやっていくことが出来ない子供だった。

 可愛らしい顔立ちでちょっと笑うだけで、

「かわいい〜」

と、保育園の先生たちも蕩けるような笑顔を向けてくれたけれど、少し経てば、

「充希ちゃんってちょっとね」

「ちょっと変わっている子よね」

と、言われるようになってしまうのだ。


 可愛らしいからと子供タレント事務所に登録をして、スーパーやドラッグストアのチラシのモデルをやっていた時は良かったけれど、

「充希ちゃんは可愛いんだけどね」

「ちょっと使いづらいかな」

と、言われるようになったのだ。


 その頃には五歳年下の妹の方に母親の関心が向いた為、充希には比較的自由な時間が出来たわけだ。


「ええ!充希ちゃん遊びに来てくれるの〜!」

「嬉しい〜!」

と言って友達が遊びに誘ってくれるのも最初だけで、

「充希ちゃんって変わってる」

「一緒にいても面白くない」

と、言われてしまうのだった。


 世の中には不思議な事、納得できないことばかりで埋め尽くされていて、

「なんで?」

「どうして?」

と、尋ねるだけで嫌な顔をされる。

 あんまり嫌な顔をされるので、尋ねること自体をやめてみたら、心の中にモヤモヤが残った。


 中学生になって部活に入れば、

「小芝さんキャプテンになって!」

と言われ、中学三年生になったら、

「小芝さん、クラス委員になって!」

と言われてなったところ、

「小芝さんってあんな人だったの?」

「なんか、変わった人だよね?」

と、言われる始末。


 普段思っている疑問を口に出した訳でもないし、尋ねたわけでもないのに、

「小芝さんって可愛いんだけど変わってる」

と、言われてしまうのだ。


 そんな充希に嫌な顔一つ見せずに、付き合ってくれるのが乃木あやみで、

「お金がないんだったら、私物を売ればいいじゃない!やりたくない事は絶対にやりたくないし、お金を払って洗濯をしてくれるのなら、そのお金を用意すればいいんじゃない!」

と、言い出した。


 昨日森の中で会った、耳が尖った二人組の冒険者が、異邦人の持つ物は他世界の物だから高く売れるし、売りたかったら夜の冒険者ギルドに行ってみたらいいと教えてくれたのだ。


「私、ペンケースの中にシャーペンを5本も入れているんだよね?これを売れば、とりあえずの所、楽して暮らせるお金が手に入るんじゃないかな〜」

「ハンカチとかタオルとかも売れるのかな?」

 深く物事を考えずに充希が答えると、

「俺!シャーペン二本しかないけど、カラーペンとか売れるかな?」

「俺もうリュックとか別に要らないんだけど?リュックを売って大金をゲットしちゃおうかな?」

槙と赤平も言い出した。


 その日の夜は、死ぬと騒ぎ出した久我俊幸を連れて西山先生が出かけてしまったというハプニングもあって、夜中に抜け出すには丁度良いと考えた。


 夜の冒険者ギルドに行くと、大きな熊の獣人がいて、

「君らが異世界のものを売ってくれるという奇特な人バウか〜?」

と言って、シャーペン一本一万ミウ、カラーペン一本二万ミウ、リュックに至っては10万ミウで購入してくれた。


 大金を手に入れた四人の姿を、酒を飲む男たちは欲望渦巻く眼差しで見つめていたのだが、

「一応言っておくバウけど、この子たちには『この人』が関わっているから、承知しておくバウ。手を出したらどうなるかは十分に理解して欲しいバウ〜」

と、熊の獣人が言い出した途端、咳払いをしながら視線をすぐさま逸らしてしまったのだった。


 私物を売って大金を手に入れた四人は、すぐさま、文句を言っていた三浦に対して罰金で作った借金を叩きつけるようにして払う事にした。


洗濯物はお金を払って頼む事にして、四人はディジョン平原にも向かわず、街でショッピングをしながら楽しむ事にした。

 

お洒落をして出掛けていくあやみと充希に対して、羨望の眼差しを送る子も確かにいたけれど、何処で私物を売る事が出来るのかなんて事については、他の生徒に教える事はしなかった。


 街で美味しい物を食べ歩き、ブランシェさんが用意する夕食にも手を付けなくなった頃には、四人は完全にクラスから孤立しているような状態になっていた。


 孤立したとしても何の問題もないでしょ!


 せっかく異世界に来たのだから楽しむのは当たり前!生徒たちはカフェレストランを開くと言ってはしゃいだ声を上げているけれど、後ろ髪を引かれる思いはしたものの、あえて気にしない事にした。


 夜になると委員長主催で勉強会なる物が開かれていたものの、その勉強会にも四人は欠席し続けて、一回欠席で500ミウという罰金を委員長の中村に払い続けていた。

「君らにはお金になるバイトを紹介するから何の問題もないバウ」

と、熊の獣人が言ってくれたから、きっと何の心配もないのだろう。


 冒険班として薬草なんか取りに行く事はないけれど、異世界の夜の街を冒険しているんだからいいんじゃない?

 すでに十五歳は成人だという事で、アルコールの味を覚え、夜中まで楽しんでいた四人は、お洒落なバーで身に覚えのない巨額の請求をされる事になって震え上がる事になったのだ。


「あらあらあらあら!君たち、すでに自分の物は売り切ったはずじゃなかったかネ〜」


 ぼったくりバーで巨漢の男たちに囲まれていた四人の前に現れたのが狐の獣人で、海賊みたいなバーの主人に何事かを話すと、

「約束だから仕方ないネ〜、お前ら、こいつらを連れて行ってしまいネ〜」

四人は後ろから麻の袋を頭から被されて、手足を拘束されてしまったのだった。


 あやみと充希は領都にある娼館へと運び込まれ、槙と赤平はそのまま船に乗せられて、何処に行ってしまったのか分からない。


 一晩中、馬車に揺られたあやみと充希は、麻の袋を頭から外された時には、思わず悲鳴を上げてしまった。


 広くて豪勢にも見える部屋にはベッドが一台だけ置かれて、やたらと太った蛙の獣人がワインを飲みながら、舐め回すような眼差しで二人の姿を見下ろした。


「へ〜ん『この人』から話は聞いていたけど、随分可愛らしい子たちじゃないかね〜ん」


 緑色の指先で顎を掬い上げられたあやみは、

「キャーーーーーーーーッ!」

悲鳴を上げたが、誰かが助けに来てくれるわけもない。


 悲鳴を上げて泣き叫ぶあやみを横目で見ながら、充希は窓から差し込む太陽の光に目を細めていた。


 分厚い麻の袋を被せられていた為、あれからどれ位の時間が経過していたのかが良く分からなかったけれど、すでに太陽が空高く昇っていた。


「ねえ、なんでカエルの癖に偉そうなの?」


 充希が蛙の獣人に無感情のまま問いかけると、大きな掌が充希の顔を殴りつけてきたのだった。

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