第37話 番外編 久我俊幸の場合

 仕事、仕事で、ご飯だって宅配サービスのお弁当、週末は上司と一緒に接待ゴルフ、夜も付き合いだからって飲みに行って、両親から見向きもされない僕がここに居る意味ってなに?

「お父さんとお母さんが居ない間、一人で家に居ると心配だから・・・」

なんて理由で始まった塾だけど、要するに、僕を家に置いておくのも嫌になっちゃったっていう事でしょう?


 コロナウィルスの感染が広がって、お父さんとお母さんが家で仕事をする事になった時も、

「これから会議だから」

「うるさくしないで」

「部屋に居なさい、仕事なんだから大きな声は出さないでね」

だってさ。


 二人にとって僕っていらない存在なんでしょ?存在していちゃまずいんでしょ?

「だったら死んでやるよー!死ねばいいんだろうーー!」

 キッチンの包丁を手に取って喉に突きつけたら、プスッと皮膚が破けて真っ赤な血が服の襟まで流れた。


「そういう事じゃないんだ!」

「あなたは必要な子なのよ!」

 お父さんとお母さんの言っている言葉の意味が分からない。


 必要だって言っているけど本当にそうなのかな?僕がここで死んだら世間に対しての体裁が悪いから、あえて止めに入っているだけじゃないのかな?


 無理矢理受けさせられたカウンセリングで、僕はこの疑問をぶつけてみたわけだけど、

「ご両親とじっくりと話し合いなさい」

と、カウンセリングの先生は言うんだよね。

 はっきり言って、カウンセリング30分で五千円とか払う意味があるのかな?


 キッチンに呼び出された僕は、並んで座る父と母の向かい側の席に座ったわけだけど、そこで僕は、命の大切さとやらをこんこんと語って聞かせられることになったわけ。


 命の大切さとか全然良く分からないけれど、その時になってようやっと僕は気が付いたんだ。二人が揃って僕の前に座っているんだなって。仕事、仕事で外ばかり見ていた二人がじっくりと僕を見るなんて事、今までなかった事だったんだ。


 とりあえず、僕はたまーに『死んでやる!』を発動する事にしたんだけど、その度に、驚き慌てる二人の姿を見るのが非常に愉快だったわけ。

 あんなに僕を無視していた二人が『死んでやる!』を発動すると、大事な仕事も放り出して僕の方へと向かってくる。

 それほど世間体が大事なのか。

 遂にはお母さんが仕事を辞めちゃったよ。

 はっはははは、そりゃそうだよね、夫だけでも出世させなくちゃいけないだろうし、家族の円満アピールをしなくちゃならないんだもんね。

 自分が犠牲になったことがそれほど悲しいのかな?毎日泣いていて鬱陶しいんだけど。


「いい加減、三年生になったんだから『死んでやる』詐欺はやめなさい」


 三年生で担任となった西山先生は、やたらと時間をかけて僕の話を聞きたがるものだから、僕は先生に、愉快でたまらない僕の家族の話をしてやったんだ。そうしたら『死んでやる詐欺』はやめなさいだってさ。


 僕は今まで色々な人のカウンセリングを受けて来たし、歴代の担任の教師と面談も受けて来たんだけど、こんな直接的な言われ方をしたのは初めてだった。


『死んでやる詐欺』


確かにね、世の中には、色々な苦しみや悩みを抱えた末の逃避行として僕と同じような行動に走っている子も居るとは思うんだけど、僕のこれはもう、娯楽の一つみたいなものだから。


 異世界に転移とかいう訳の分かんない状況でも、

「死んでやるー!」

と言えば、みんなが止めに入るし、必死で助けてくれるわけ。その間だけは僕が主人公みたいなもので、爽快感が半端ないよ。


 夕食の時間帯に、冒険班と厨房班が洗濯がどうの、石鹸がどうの、お金がどうので騒ぎ出した時には、実にくだらないと思ったわけ。

 騒ぎ出すなら、もっと面白い事で騒がなくちゃ。

 例えば僕の『死んでやる詐欺』とかね、面白いことになると思うんだけどなぁ。


「久我、僕は生徒の安全の確保を、校長先生、教頭先生、教育委員会、そして保護者の方々から頼まれているわけなんだよ。今みたいに君が騒いで自分の命を危機に陥らせるような事をするのなら、安全のために隔離処置を取らせてもらうよ」


 流石に頭に来たのかな?

 先生は僕の腕を掴むと、あっという間に外に連れ出してしまったんだ。

カジミールさんが荷馬車を用意していたので、僕は荷台に乗り込んで夜の街を移動する事になったわけ。


 

 幾つも明かりが灯る街の中を進んでいる間、カジミールさんが、

「先生、明日には王都に向かうんでしょう?その子と一緒に船で移動した方が早いんじゃないんですかね?」

なんて声をかけている。


「直接王都に行くのなら船でもいいんですけど、まずは領都で領主様に挨拶らしいので、馬で移動とか言われているんですよ」


 先生は僕らの担任教師で、唯一の大人としてクラスをまとめてくれているし、周囲との折衝も任されているところがある。


 冒険班のアホどもは先生が一番働いていないなんて言うけど、一番働いているのが先生だと僕は思う。何せ、これから領都やら王都やらに行くんでしょう?大人って大変だよね〜。


 荷馬車がゴトゴト音を立てて進んでいくと、大きな川べりに作られた波止場の前でゆっくりと停車した。

 すると、大きな船からキツネの獣人が出てきて、

「先生〜その子が離脱者、第一号なのネー」

と、言い出した。


 荷馬車から僕を降ろした先生は狐の獣人と顔見知りみたいな様子で、

「それじゃあ、久我のことを宜しくお願いします〜!」

とか言っている。


 面倒な存在である僕は遂に、先生に捨てられることになるのかな?

「貫通魔法!」

 突如、先生が上空に手を翳して厨二病みたいな発言を繰り出すと、頭のすぐ近くまで舞い降りようとしていた化け物が大穴をあけた状態で川の上へと落下していく。


 空を舞う巨大なエイのように見えたけど、先生は全然気にしていない様子で、

「最近、魔物が多くないですか〜?」

普通の世間話みたいな感じで、狐の獣人に向かって言っていた。


「先生、先生!一体どういう事なんですか?今の落ちて行った奴はなんだったんですか?」

 僕が我慢しきれずに問いかけると、先生は全く普通の事を言っているといった調子で、

「人族って内臓が美味しかったり、バケモノの母体として利用されたりと、汎用性高めだから常に狙われちゃうんだよね」

と、言い出した。


「僕は校長先生、教頭先生、教育委員会、保護者各位に、君らが無事に帰還できるように最善を尽くすと心の中で誓った訳だけど、敵は多いし、魔物も多いしで、久我みたいな自分の欲求のままに動く奴まで守り切る自信がゼロなんだよね」


「大丈夫ネ〜、先生に頼まれたから君の安全は私が確保するネ〜」


 狐の獣人は目を細めてにこりと笑うと、

「船主として君をきちんと雇うしネ、給料も支払うのネ。トライアルウィークだっけネ〜、きちんと職業体験させてあげるのネ〜」

僕の腕をむんずと掴んだのだった。

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