第33話 番外編 石原芽美の場合 1
家では認知症で寝たきりのおばあちゃんの面倒を見ている石原芽美はヤングケアラーという括りに入るらしい。
三年生の5月に行われる二泊三日の修学旅行の費用は五万円で、
「このお金があったら随分と楽が出来るのに・・・」
と、母から不満の声を聞くことになり、
「三日間は羽を伸ばして楽しんで来るんだもの。帰ってきたら、その分頑張ってくれるのよね?」
と、出かける前に声をかけられた。
異世界に来てしまった所為で、三日どころじゃない日数を介護から解放される事になった芽美は心の底から神に感謝した。
認知症の祖母は夜中でも失禁をしてオムツを汚してしまうため、すぐに変えないと大騒ぎをする事になる。
祖母が寝る介護ベッドのすぐ隣に布団を敷いて寝ている芽美は夜中に何度も起こされる。だけど、修学旅行中は、そんな祖母のオムツを変える必要もないし、誰かに起こされる事もなくぐっすりと朝まで眠ることが出来るのだ。
家事全般が出来る芽美は、担任の西山先生より厨房班の班長に指名されたけれど、班員は全員やる気があって、面倒な仕事を押し付け合うような事は一切なかった。
祖母の介護から解放された芽美は、誰かに仕事を押し付けられることなく日々を送れる事に感謝しながら、洗濯物を抱えて廊下を歩いていると、
「石原さ〜ん!どうせ暇でしょうー〜!私、冒険班で忙しいから洗濯する暇がないんだよね〜、石原さんは暇だから洗濯してくれるでしょう〜」
乃木あやみが山のような洗濯物を抱えながら芽美を追いかけるようにして走って来たのだった。
「え?意味がわからないんだけど?」
冒険班が大変で洗濯する暇がないということまでは理解できるけれど、そこで、何故、芽美があやみの分まで洗濯をしなければならないのだろうか?
「昨日も洗おうとは思ったんだけど、面倒臭くってさ!」
「はあ?」
「やっぱり洗濯なんて、出来る人がやるべきだと思うんだよね?私たち冒険班は外でお金を稼ぐ、宿舎で料理を作っている厨房班は、外で働く冒険班のサポートをするのは当たり前でしょ?」
あやみの言う言葉は、芽美の母親がいつも言う言葉と同じものだった。
「お母さんは外で働いてお金を稼いで来るんだから、家に居る芽美がおばあちゃんの面倒を見るのは当たり前の事でしょう?」
洗濯物を押し付ける乃木あやみは、それをやらせるのは当たり前といった感じで、芽美の母と同じ表情を浮かべていた。
本来、自分が洗濯するべきところを芽美に押し付ける事に成功した乃木あやみは翌日も調子に乗った様子で、
「石原さ〜ん!ついでに小芝っちのジャージも洗ってくれるよね〜」
と言って、山盛りの洗濯物を抱えながら芽美の元までやって来た。
全く悪気がない様子の二人の女子は、芽美の腕の中に洗濯物を押し込んだ。
「男子が下着を狙っているかもしれないから、気をつけて干しておいてね!」
クラス委員の小芝充希は、スタイルも良くて美人で、小学校の時には子供タレントとしても活躍していたらしい。そんな充希が、全く悪気がない様子で可愛らしいワンピースを翻しながら去って行く。
更に次の日には、
「石原!お前、洗濯してくれるんだってな!」
「サンキュー!」
と言って、冒険班の槙と赤平まで洗濯物を持って来たのだった。
洗濯をするための洗い場は厨房の隣にあり、汚れた衣服を洗う際には厨房で洗濯用のお湯を用意してくれる。
厨房にはブランシェさんと二人のお嫁さんが日中は居てくれる関係で、何かと相談したりお願いしたりする事はあるのだけれど、
「まあ!まあ!まあ!その洗濯物の数はどうなっているの?誰かに頼まれてしまったのかい?」
と、ブランシェさんが山のような洗濯物を抱える芽美に声をかけてくれたのだった。
洗濯は、各自で行う事になっているし、洗濯板とタライを使って石鹸で洗濯をしていく事になる。丁度自分のジャージを洗濯していた厨房班の北島さんが立ち上がり、
「何それ!信じらない!何人分の洗濯物を頼まれているわけ!」
と、芽美が抱える山盛りの洗濯物を見て怒りの声をあげた。
朝食の片付けも終わった後なので、洗濯室には厨房班のメンバーが揃っていたのだ。
「また冒険班の奴らだろ?」
「絶対に石原さんが洗う必要ないよ!」
と、厨房班所属の吉本と若生が立ち上がりながら怒りの声をあげる。
「委員長の小芝さんまで便乗しているんでしょう?あの娘って美人だからチヤホヤされているけど、性格最悪だよ!昨日だって私が買った石鹸借りたまま返してこないんだもん!もしかしたら、借りパクするつもりなのかもしれない!」
お菓子作りが大好きな青木さんが地団駄を踏んでいる。
異邦人用の宿泊所の裏庭は、洗濯物が干せるようにロープが木と木の間に渡されており、そこにそれぞれ、洗濯物を干していく事になる。
朝食が終わってすぐに洗濯を始めるのが子供班のメンバーで、厨房の片付けが終わった後に厨房班。清掃班は仕事が終わった後に着ていた物を洗濯してしまうので、夕方に干す事が多い。それ以外の班も、自分たちの都合に合わせて洗濯をするようにしているのだ。
お前がやって当たり前、出来る奴がやって当たり前。
そんな考えにがんじがらめとなっていた芽美は、思わず自分の唇を噛み締めた。
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