番外編

第31話 番外編  吉沢健の場合 1

冒険班の班長に任命された吉沢健は心の奥底から困り果てていた。


 担任の西山先生は見かけがぼんやりしたように見える先生なのだが、

「すでに四回も!修学旅行で持って行ってはいけない物の説明や、やってはいけない事項の説明もしているんですよ!五回目は必要ないです!」

と言って、学年主任の先生にガチギレするような熱い心を持っていたりする。


 そんな先生は、外で行動をすることが多い生徒に対して、作業に使う為、それと自衛の意味も込めて鉈を用意してくれたのだった。


 冒険班の生徒には刃先が剣のような形をした獲物を捌くことも出来る剣鉈というものを、清掃班には、枝を打ったり、藪を払ったりする事が出来る腰鉈が渡される。


「先生のポケットマネーを使って用意したんだから、大事に使ってくれよ〜」


 西山先生は五百円玉を三百万ミウに換金出来たこともあり、僕らに対して惜しみなくお金を使ってくれているように健には見えていた。

 いつでも先生は落ち着いていて、人の頭から耳が生えていても、市長がドワーフであったとしても、驚き慌てるという事がまずないのだ。


 宿泊所に移動した翌日、冒険班六名は先生の案内で冒険者ギルドに行って手続きをする事になったのだが、先生の相手をしたのはウサギの耳をした巨乳の女性だった。


 冒険班男子四人が、唖然と巨乳を見守っている間も、先生は浮かれた素振り一つ見せずに、心底嫌そうな顔をしてギルド長の部屋へと連行されて行ってしまったのだった。


 おそらく、子供相手では進められない話なんかを先生がする事になるのだろうけれど、

「先生!頑張って!」

と、健は心の中で応援した。


顔がげっそりした先生と合流した冒険班は、早速、初クエストを受ける事になったわけだ。もちろん受けたのは『薬草採取クエスト』に決まっている。命大事がモットーだし、魔獣を狩るとか、無理!無理!無理!無理!


「狩に行きたいんだけど〜!」

と、赤平が言い出したものの、

「死にたいんだったら一人で行って来たらどう?」

という西山先生の冷たい言葉により、みんなが黙り込む事となったわけだ。


 初日に先生と一緒に行ったディジョン平原は、カーンの街からも一番近い場所にある。リスカム山の麓に広がる平原のことで、初心者冒険者が薬草を採取する際に利用する場所となるらしい。


 山頂部分には一年中雪が降り積もっているリスカム山には、純白の長い毛を持つ魔白鹿という魔獣が出るらしく、それを狩るために冒険者や狩人が平原を通る事から、治安もそれなりに良いし、安全だと言われていた。


 冒険班の付き添いとして初日には西山先生が、二日目、三日目にはブランシェさんの息子さんであるカジミールさんが付くことになった。


 そうして4日目からは冒険班だけでディジョン平原に向かう事になったのだけれど、

「嫌だぁ!虫ばっかりで草原になんか行きたくなぁい!どうせ草原に行くんなら、薬草なんか探すんじゃなくて、魔獣を狩りたい〜!」

と、男受けが良いと勝手に思っている乃木あやみが、キャピキャピしながら言い出した。


「俺だって!魔獣が狩りたい!」

「そうだよ!薬草採取なんかやってられっかよ!」

と、追従するように槙と赤平が文句を言う。


 森に囲まれた平原は平和そのもので、春の季節だからかレンゲソウ、ハハコグサ、オオイヌノフグリ、シロツメ草なんかが一面に咲いていて、本当にのどかで美しい風景が広がっているのだが、

「そうよ!そうよ!みんなで薬草取りなんかやめて、魔獣を探しましょうよ!」

クラス委員の小芝さんまで、拳を振り上げながら主張を始める。


「うちらの知識を活用すれば、魔小羊程度だったら捕まえられると思わない?」

「そうだよな!俺たちには異世界チートがある訳だし!絶対に上手くできると思うよ!」

「だったら早速探しに行こうぜ!」


 冒険班は女子二人、男子四人の構成で、男子はサッカー部が三人で陸上部は健一人だけ。


「勝手な事を言うなよ!薬草クエストを受けているんだから!今日のうちにポーションの原料にもなる薬草を納入しないと、クエスト未達成で罰金になるんだぞ!」

班長である健の言葉に対して、

「そんなのぉ!魔獣を捕まえたら〜!沢山お金が貰えるから何の問題もありません〜!」

両手を握りしめた乃木あやみが憤慨したよう言い出した。


「魔獣を捕まえれば罰金を払ってもお釣りが来るくらいお金が入るって事でしょ?私、こんな古着じゃなくて新品の洋服が買いたいから、呑気に草むしりなんてやってるつもりないんだけど?」

と、クラス委員の小芝充希までもが、不服そうな声をあげる。


「冒険班なのに薬草探しだけなんて、マジで意味がわかんねえよ!」

「俺たちは何の為にこの世界に来たんだ?」

「ハーレムするためか?」

「バカ!冒険するために決まっているだろう!」


 サッカー部の槙と赤平が、腰にぶら下げていた鉈を手に取りながらニヤリと笑う、これがいわゆる『冒険者に俺はなるぜ!ヒャッハー!』という奴だろうか?


「だったらお前ら、その冒険とやらに行ってくればいいだろ?」


 サッカー部が三人も揃っているだけに、唯一の陸上部である健は孤立するのを覚悟した。


一人で薬草採取か、クエスト達成出来るのか?と不安になっていたところ、意外な事に、クラスでもキャイキャイ騒いで冒険といえばすぐさま飛び付いて行きそうな(実際、バスが異世界に到着した時には真っ先に飛び出して行って、第一村人を発見している)三浦賢人が立ち上がりながら言い出したのだ。


「俺と吉沢で薬草は探してギルドに持って行くから、お前らはお前らで、冒険するなり、魔獣を見つけるなりすればいいじゃないか?」


「えええ?三浦!お前も一緒に行くだろう?」

「ねえ!三浦くん!薬草なんかは吉沢一人に任せちゃってさぁ!一緒に魔獣を探しに行こうよ〜!」


 健は一応、冒険班の班長となるけれど、乃木あやみはカースト最下位に決め付けているようだ。


 確かに、三浦はサッカー部のくせに足は長めだし、背も高い。女子にモテているのは知っているよ?だけど、僕一人に薬草取りを任せて、みんなで行きましょうってそれもどうなんだろう?嫌だな!そういう弱者を追い込むやり方!


 健が顔面をシワシワにして歯軋りをギリギリやっていると、

「いいや、前から言っているけど、俺は魔獣を探しに森へなんか行かないから」

三浦はあっさり断言すると、冒険心溢れる四人が森の中へと消えて行くのをしばらくの間見送り、真面目に薬草探しを始めたのだった。


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