第25話  吸血鬼卿

 何百、何千という蝙蝠に覆われた英雄王(ゴブリンキング)の体がみる間に萎れていく様は、ジャメルが召喚した氷の女神の苗床がなんたら〜と同じ現象を起こしているように見えた。


 逞しい巨大ゴブリンの体が、あっという間に小さくなっていく。骨とか残す感じじゃなくて、ミイラ化した皮膚だけが残されるっていう感じ。額を飾っていた光る石で出来たネックレスが、ドスンドスンと音を立てながら地面に落下していった。


 僕の隣で凝然と固まったままのエルフの二人が、顔を真っ青にして冷や汗をかきながら、こちらが見ても分かるほど小刻みに震えている。


 ゴブリンの血で濡れた僕は相変わらず真っ赤なままだったけれど、無くさずに持っていた祭司の剣を力を込めて握りしめる。


「うふふふふふふふ・・πξπνΔ・・・わたμψξπから・・ΔΦμ・・・」


 妖艶な女の声と共に蝙蝠が群衆となって固まるように集まり出すと、その無数の蝙蝠の隙間から色白の女の手や足が伸びていく。


 あっという間に伸びやかだった素足は漆黒のスカート生地に包まれ、豊満な白い胸もまた、漆黒のレース生地の中へと包み込まれていく。何万という蝙蝠の集合体が突如、豊満な体を持つ女へと変化して、腰まで届く漆黒の髪を掻き上げた美女が、口元に犬歯を覗かせながら物凄いエロさ爆発とも言える笑みを浮かべたのだった。


『ピロロロロ〜ン エンカウント発生『効率を求める教師』は今すぐ吸血鬼卿(バンパイヤロード)を倒さなければチームが全滅する事になります』


「もういいって!そういうのはいいって!」

 僕は自分の頭を抱えながら、ピピロロ〜ンに抗議をした。

「もういいって!多過ぎ!そういう畳み掛けるような展開はいらない!いらないから!」


「ξπあぁあら、私のような美人に会えて嬉しいでしょ?我慢しなくてもいいのよ〜?」


 喉を押しながら発声練習をしているような素振りで女が声を上げると、その女の背後からはもう一人、漆黒の燕尾服に身を包んだ男が現れる。


 二人とも漆黒の髪に緋色の瞳を持っていて、恐ろしいほどの美形だった。

 一見しただけで、女の方が主人で男の方が侍従だという事がよく分かる、どちらも犬歯が見えている事から吸血鬼という事になるんだろう。


 一人だけでも嫌なのに、現れたのは二人?

 こいつらの所為なのか、曇天だった空は夜のように真っ暗になってしまった。だというのに、山の丘陵から滲み出る真紅の光が辺りを照らし出して視界は明瞭なままとなっている。


 驚くべき事に、全く別世界に連れて来られてしまったような、春の花が咲き乱れていた高原湿地帯とは全く違う場所へと変わってしまったかのような、重苦しい圧を感じるほどの異様な世界へと周囲が変貌を遂げている。


 カラカラに乾いたゴブリンの死体から漆黒の影の塊が起き上がり、生きているように動き出す。


 僕は千匹近くのゴブリンを倒し、10メートル級の英雄王(ゴブリンキング)を倒したはずなのだが、真っ黒の霊魂のような塊が這いずるように動き出した事から、今までやって来た事が全て徒労に終わったかのような錯覚を覚える。


「先生!****だから***!」


 ジャメルが何かを喋っているけれどよく分からない、彼は必死の声を上げているんだけど、何を言っているのかが理解出来なかった。


「***先生***!***てよ!」


 マチューも何か言っている、だけど何を言っているのかが分からない。


 近くに居るはずなのに、物凄く遠くに居るような、まるで水の壁で遮られたかのように、彼らの声が僕のところまで通らない。


 真っ黒な影に囲まれた僕を捕えたのは、燕尾服の男で、

「ξΔμμψΦ」

と、耳元で囁くなり、僕の首にかぶりついて来たのだった。


「散々、邪魔してくれたけど、たわいのないこと。『あの人』候補だなんていう話を聞いてはいたけど、やっぱり眉唾物だったのね〜」


 妖艶な女がクスクス笑ったり怒ったりしながら言い出した。


「今回の異邦人は人型が三十人近くいるのでしょう?雄は嗜好品として臓器を売ってもいいし、雌はやっぱり産み腹として利用しなくちゃよね?せっかく沢山のゴブリンを産み落とさせてやろうと思ったのに、肝心のゴブリンが全滅ってどういう事かしら?なんで全滅しちゃうのよ!」


 女は指先を自分の口元に当てながら尚も言い続けた。


「しかも若い雌でしょう?これは使い道があるわ〜、今度は何と掛け合わせた方がいいのかなぁ〜考えるだけで楽しいし、今度は子宮だけ取り出して臓器のみでの妊娠も可能かやってみなくちゃだわー!私の血があれば不死になるから、臓器だけ不死にするっていうのもアリよねー」


 男が僕の首元から口を外すと、女が呆れた様子でこちらの方へと近づいてくる。


「ああら?もうお腹いっぱいになっちゃったの?お残しはダメだって言っているじゃない?それとも私に食べさせるために残してくれたのぉ?」


 女は僕の髪の毛を掴みながら顔を覗きこむと、

「こいつったら、自分の生徒は随分と大事そうにしているらしいじゃない?だとしたら

このまま頭だけ生かして、自分の生徒たちがどれだけイキまくるか、見させてやろうかしら?」

僕の体は力が抜けたように地面に伸びた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る