第23話  ピロロンお願い!

 この世界には異世界から異邦人が定期的に送り込まれて来るらしいんだけど、エルフもその送り込まれてきた異邦人の中の一種族となるらしい。


 始祖と言われるエルフがこの世界に来たのが千年以上も前の事で、御多分に洩れず彼らも現地の住民との混血を繰り返す事になったわけだ。


 血筋を尊きものとするエルフ族だから、この世界に転移した後も、エルフ同士で子供を作り続けている一族もいるらしい。ジャメルはこの一族の出というだけあって純潔種にほぼ近い存在となるらしい。


 年齢も521歳、マチューとは比較にならないほどの経験が彼にはある。


「マチュー、先生、英雄王(ゴブリンキング)と戦う前に、これを口に含んでおいてください」

 ジャメルが渡してきたのは紫色の小さな果実のようなもので、

「ジャメル、世界樹の実をここで使っちまうのかよ」

マチューは愕然とした表情を浮かべながら小さな果実を受け取った。


 えーっと、世界樹の実?ファンタジー臭がすごいんですけど。


「この実は一時的に魔力を上限以上に引き上げる力と、運を引き上げる効果を持っているんです。口に含んで噛み砕いたら舌の下に入れてください。ベロで果汁の成分を吸収するのが一番効果的ですから」


 舌下薬的な感じですか?


「マチュー、10メートル級の英雄王(ゴブリンキング)の討伐も始めてだし、魔法が効かないなんていう変異体(イレギュラー)相手も始めてだけど、先生の言う通りにすれば勝てると僕は思う。僕らはやれる事をただやり続ければいいんだ」


 え・・っとおおおお。


「すみません、質問なんですけど、10メートル級って珍しいんですか?」

 突然の僕の質問に、二人が目を見開きながら振り返る。


「珍しいも何も」

「英雄王(ゴブリンキング)の最大は五メートルだって言われているんですよ」

「奴はその倍の大きさがある上に、魔法が効かないんですから」

「普通は魔法って効くものなんですか?」

「この世界に魔法が効かない魔獣や生物はいないんですよ」

「はいいいいい?」


 ちょっと意味がわからないんですけどぉ?


「五百年以上生きているけど、魔法が効かない奴に出会したのは始めてですし、こんな闘い方をするのも実は初めてなんですよ」

「えええええ?嘘でしょおおお!」

「いや、マジで、意味わかんないのは先生の方だって!」


 二人のイケメンエルフはまじまじと僕を見ると、揃って不敵な笑みを浮かべたのだった。

「だけど、先生を僕は信じます」

「ジャメルが信じるなら俺も信じるよ」

「はあ?」


 氷は全て溶け去って、萎れたゴブリンのゴミクズみたいなものが転がる湿地帯の上空に灰色の雲が集まり始めていた。

 風が強くなり、湿った空気が流れ込む。不安を煽るようにコリウスの穂状の花が激しく揺れている。その赤紫色に広がる葉が人の血の広がりを表しているようで、嫌な予感が胸の奥底から溢れかえるような気がした。


 すでに英雄王は起き上がり、怒りの奇声を発している。

 飛んでくる瓦礫を避けながら、二人のエルフが腰の剣を引き抜いた。


「先生!ここで例え死んでも俺は恨まねえぜ!最後までやってやるよ!」

「先生、あとはお願いします!」


 二人のエルフはそう言うと、煙を巻き起こすようにしてその場から消えた。


 雄叫びを上げる英雄王(ゴブリンキング)のターゲットは僕のままだ。牙を剥き、涎を垂らしながら濁った瞳で睨みつけてきた英雄王は陸上部並みの瞬発力で走り出す。


「貫通魔法」


 僕は背中にリュックを背負ったまま、祭司が使っていた剣を左手に握ったままの状態で、右手の平を前に出しながら力の塊を発射する。

 衝撃を受けながらも前に突進する英雄王は、遂には四つん這いになって走り出す。まるで興奮した猿が飛びかかって来るような勢いで突進する英雄王の周囲に氷の柱が広がり、その柱が溶け出しながら水蒸気を発生していく。


 祭司が使っていた剣は片刃であり刀身が20センチほどしかないため、それほど重いものではない。柄の部分が銀色に輝く鉱物で出来ていて、細かい細工が施されている。


「うぉおおおおおおぉお!」

 僕は剣を肩に担いで走り出す。

 英雄王が地面に叩きつけられたみたいだけど、マチューが上空に吹っ飛んでいく姿が水蒸気の向こう側に見えた。


 英雄王の足の踵に剣を突き刺して氷で固めたジャメルが血だらけになっている姿が見えた。それでも、力の限り抑え込み、氷の拘束を進めていく。


 刀を担いだまま、倒れた巨大ゴブリンの腕から肩へと駆け上がって行った僕は、

「神の針の力をこの剣に付与して!お願い!」

そう叫びながら、足を凍らされた衝撃で這いつくばった英雄王の首筋へと祭司の剣を振り下ろした。


『ピロロロロ〜ン 世界樹の実の効果を確認しました。効率を求める教師の要求により神の針の力を『祭司の剣』に付与致します』


 頭の中に声が響いたのと同時に、振り下ろした剣があっという間に英雄王(ゴブリンキング)の首に沈み込んで行ってしまったのだった。


「ギャァアアアアアアアア!」


 刃渡り20センチなのが悔やまれる〜!

 首を斬られて英雄王が暴れながら僕を振り落とす。地面に転がった僕を手で押し潰そうと英雄王が巨大な手を振り上げたけど、


「神の針」


 僕の手から伸びる光が、英雄王の手を貫いたまま固定する。

 神の針は一直線に相手を貫いて、体が小さな奴だったら上空へと連れ去ったり、分断したりする力があるみたいなんだけど、この時の手から飛び出た一直線の光は、英雄王を拘束するようにして地面へと叩きつける。


 どうしてそうなったのかとか、いつまで拘束出来るのかとかそんな事を考えている暇はない。

 地面に縛り付けられた英雄王の太すぎる首を刃渡り20センチの剣で分断するのは、そりゃあ重労働で、何度も暴れて動くから、何本もの神の針?もはやロープにしか見えないんだけど、そいつを駆使して押さえ付けて、押さえ付けた端からギコギコ切っていく様は、側から見ると恐ろしいものであったらしい。


 それでも何とか英雄王の首を完全に切断し、力尽きて尻餅をついた時に、ようやっと、

『ピロロロロ〜ン 英雄王の討伐に成功いたしました。ボーナスポイント千五百ポイント追加、称号に『ゴブリン千人斬り』『英雄王(ゴブリンキング)の討伐者』が追加されます』

頭の中に響いたのだ。


「ようやっとピロロロロ〜ンが来たーーー〜!」


 ゴブリンの血は人と同じく真っ赤でぬるぬるとしていて、巨大ゴブリンの首切断で、僕の全身が真っ赤っかの状態になっている。尻餅をついて転がったのは良いけれど、力が全然入らない、というか、全身が痙攣を起こし、口の端から泡が溢れ出す。


『効率を求める教師のMPが10を切りました、早急に魔力の補充をしなければ死亡します』


 おいおいおいおいおい〜!死ぬってなんなの!死ぬってなんなの!


 普通魔力枯渇って死ぬほどの事にはならないよね?ぐったりして、気を失っちゃって、気が付いたら三日眠り続けていましたっていう展開じゃん!

 嘘でしょ!嘘でしょ!ここで僕は死ぬのか!

 視界がどんどん霞んでいく、体が氷のように冷たくなっていく、相変わらず頭の中で何かがピロンピロンいいながら喋っているけど、頭の中に入ってこねえよ。


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