第22話  試合終了にはしない

「うわあああああああああ!」

 爆発の煙が薄らいでくると、変わらぬ様子で立っている英雄王(ゴブリンキング)の姿が見えてくる。その英雄王の右手には炎の龍が握られたままで、力を失ったロープのようにずるりと地面に落ちていく。

 炎の龍がやられたことによって、召喚したマチューがダメージを受けて叫び声を上げる。


 塵となって消えていく炎の龍を見下ろした英雄王が、

「ψξΖπμμΔξψ!」

めちゃくちゃ怒っている感じで大声をあげている。


「まずいよ・・」

 体を引きずりながら転がるマチューを抱き上げたジャメルが真っ青な顔で、

「魔法が効かないなんて」

と、言い出した。


 そうだよね!効かないよね!知っていたよ!僕は知っていましたよ!


「もう・・僕らは終わりだよ・・・」


 ジャメルよ・・涙目になりながら、マチューの髪の毛に顔を埋めるのはやめてほしい。

 あの英雄王(ゴブリンキング)の怒りぶりを見るに、ここで僕らが諦めたら、巨大ゴブリンは単独でも街まで降りていくだろう。


 破壊の限りを尽くした英雄王がどうなるのかなんて知らないけれど、いくら強そうに見える狐の獣人の『この人』さんだって、ギルド長のカミーユさんだって、魔法で迎え撃つことでしょうね。


 エルフたちみたいに魔法で攻撃して、全然効きませんでした、もうやりようがありませんだなんて言って諦められたら、僕の生徒たちはどうなっちゃうわけ?


 まだ異世界に来て3日目だよ?3日目!まだ3日目なのに、全滅とかさ、ないでしょうよ、そんな展開は!


 僕の頭の中を校長先生、教頭先生、教育委員会、保護者各位がぐるぐる回り始める。


「異世界転移なんて信じられない話ですけど、そこで先生は自分の役割を全うしたんですか?」

「生徒の安全がまずは第一じゃないですか!一体何をしていたんですか!」

「先生の所為でうちの子は死んじゃったんですよ!返してください!うちの子を返してください!」


 頭の中で無数の保護者が罵倒する。

 そうだよね、クラスの生徒に何かあったらさ、それが何故だか担任教師の所為になっちゃうんだよ。理不尽にも程がある、僕は抑えきれないほどの怒りを感じたわけだよ。


「ふざけんなよ!安月給で残業代も出ないくせに!責任ばっかりが大きすぎるんだよ!生徒の命を守りましょうだ?当たり前すぎる言葉だけど、今はそれが死ぬほど難しいわ!でもやってやるよ!やってやりゃあいいんだろ!」


 僕は立ち上がった。

 雄叫びをあげながら立ち上がったから、英雄王(ゴブリンキング)がギロリとこちらを睨みつけた。

 僕と英雄王の距離、およそ50メートル。


「貫通魔法!」


 英雄王に手の平を向けて力を放出すると、その力は英雄王の胸にヒットして巨体が後方へと吹っ飛んだ。


「やったのか?」

 ジャメルが驚愕の声を上げたけど、やったわけがねえだろ!

「魔法が効かないんだから貫通するわけがないでしょ!だけど、衝撃だけは受けるから、傷ついてないけど吹っ飛んだ形になるんだよ!」


 僕は失神するマチューの髪を鷲掴みにすると、

「起きろ!死にたくなかったら起きろ!英雄王(ゴブリンキング)を倒すぞ!」

毛根を引きちぎる勢いで上下に引っ張った。


「いっ・・痛ったぁあああい!その勢いやめて!禿げるって!」


 ダメージが残っているみたいだけど、思ったよりも元気らしい。僕の手を振り払いながらマチューが涙目で抗議をするけど知ったことか。


「君たちはここで諦めて家に帰っても、誰にも文句を言われないし、糾弾もされないんだろうけど、こちとらクレームを入れる保護者様が山のように居るんだよ!それが、異世界転移して三日目に全滅?させるわけがないでしょ!冗談じゃないぞ!」


「だけど先生、奴は無敵だよ」

「エレメントの力が通じないんだ」


 ボロボロのエルフ二人が意気消沈した様子で俯くため、僕は二人の頭の上に拳骨を落とした。

「そこで諦めたら・・試合終了になってしまうんだよ」

「は?」

「試合?」

「仮にもAランクなんだろ!ここで諦めて恥ずかしいと思わないのか!」

「ええええ?」

「やる気があればなんでも出来る!」

「いやいやいやいや」


 希望のカケラもない絶望しきったイケメン二人の顔を見下ろした僕は、思わず鼻で笑ってやったよ。


「上位のゴブリンは不思議な膜で覆われているから魔法が効かないんだよ、それでも僕は倒したよ?ゴブリン千人斬りをしたのが誰だと思うわけ?」

「ゴブリン千人斬り?」

「確かに、先生はそれだけ殺しているのは確かだよ」

「上位ゴブリンには魔法が効かないから、僕の貫通魔法だって効かない。だけどさ、それならそれで、他にやりようがあるんだよ」

「マジかよ?」


 明らかに信じられないって感じで二人が僕を見上げてくる。


「英雄王(ゴブリンキング)は倒せる、だけど僕一人じゃ無理だ。氷と炎の力を持つ二人の協力無くして英雄王の討伐なんか出来るわけがない」


 僕は自分のメガネを押し上げようとして指先を額に押し付けたんだけど、何も指には触れなかった。

 いつの間にかメガネは壊れて飛んで行ってしまったんだな。


「僕はこの世界に来てまだ3日目の新人(ルーキー)だよ?その新人に全部任せてケツまくって逃げるわけ?エルフって長生きだって言うけど、君らはまだ赤ちゃんレベルの若造だったわけ?それじゃあ、英雄王を一緒に倒そうだなんて言った僕が悪かったよ。わかった、行けよ、行って、自分は全てを新人(ルーキー)に押し付けた腰抜けですってギルドで宣言して来いよ」


「てめえ!異邦人のくせに!俺は百八十歳超えのエルフなんだぞ!今の言葉を撤回しろよ!」

 熱しやすいマチューが顔を真っ赤にして怒りの声をあげる。

 マチューに押し退けられたジャメルがひたりと僕を見つめながら、

「先生、本当に勝算があるんですよね?」

と、問いかける。


「僕は効率を求める教師だよ?」

 後ろの方で瓦礫が崩れる音がする。

 英雄王(ゴブリンキング)がどうやら起き上がり始めているらしい。

 後に吹っ飛んだが、ダメージはほとんど喰らっていないはずだ。


「勝算がなければこんな事は言わない!」

 僕が断言すると、二人のエルフはお互いを見つめ合った後、無言のまま大きく頷いたのだった。


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