第二章 新たなる戦い
第10話 街まで偵察に行ってみよう
異邦人(エトランジェ)が利用できるようにと用意された家は、祭りの時には近隣の住民を泊めるために使われたり、商会の集まりでも利用されている建物という事で、一階には広い食堂があるし、二階の部屋は家族が宿泊するのを見込んだ作りとなっていて、六人部屋が十部屋あるというのだから、とても大きな建物だという事が分かるだろう。
吉沢が森の中で待っている生徒達を迎えに行っている間、僕はブランシェさんから『冒険者ギルド』について教えてもらい、街の様子を観察がてら、とりあえずは場所だけでも確認しておこうと思ったわけだ。
この世界には魔法もあり、魔石もあり、魔道具もあり、魔獣も存在するらしい。
『冒険者ギルド』
異世界に行く羽目に陥ったら、一度は出向いてみたい場所だよな。
水の街『カーン』には冒険者ギルドの他に、商業ギルドなんかもあったりするんだけど、とりあえず僕らがお金を稼いで行く為には、この二つのギルドにはお世話になる事になるだろう。
市長のブリアックさんが、今日にでも二つのギルドには話を通しておいてくれるという事だったので、とりあえずは場所の確認だけにして、挨拶は明日に回す事にしたわけだ。
そうして僕が、ワイシャツとスラックスという出で立ちでフラフラしていると、日向ぼっこをしている暇そうな老人に、
「おやおや、異邦人(エトランジェ)とは珍しいなぁ」
と、声をかけられたのだ。
色々な人から情報をゲットしたいと思っていた僕は、ベンチに座っていた白髪で白髭のおじいさんの隣に座り、少しだけ話をしてみる事にした。
おじいさんが説明してくれた所によると、この世界は『エレメント』で国が分かれているらしい。
僕らが今いるブルージュ王国は水のエレメントの国という事になるんだけど、阪口先生たちが移動したルーベという街があるギュイヤンヌ公国は火のエレメントの国になる。
それ以外にも風、土、雷と色々あるらしいんだけど、エレメントの要素のみで作られた国民同士で子供を作り続けると、血が濃くなり過ぎる関係で大きな問題が生じるらしい。
その問題を解消する為に、エレメントの神が異世界人を招き入れているとも言われているので、王国は異世界人の保護を条約として定めているのだとか。
「この街にも二百年ほど前に獣人の異邦人が訪れてな、その子孫が多く住み暮らすから獣人が多いんじゃ。ドワーフ族、エルフ族なども異邦人の子孫だと言われている。そうして我々エレメントの子孫は他世界の血を取り入れながら発展を遂げて来たというわけじゃな」
「だとすると、異邦人はこっちに来たっきりで、元の世界には帰れないという事になるのでしょうか?」
「いいや、異邦人は望めば帰れると言われている」
白髪のおじいさんは自分の口髭をむぐむぐさせながら言い出した。
「どれだけ先かは分からないが、大概、一年もしくは二年もしないうちに、望む者は『はじまりの場所』から戻れる事になるという。この世界を良い方向へ導くために神は異邦人を招き入れたわけだから、神が認めるような成果を成せば、それだけ早く戻れるとも言われている」
「それって、例えば僕が居た世界の知識とか技術を普及するとか、そういった事でも問題ないのでしょうか?」
「そうじゃの、それが神に認められれば、帰りの道は示される。ただ、いつの時でも何人かはこの世界に残る事になる為、我らが世界には新しい血がもたらされるというわけじゃよ」
「はあー〜、そうなんですかー〜・・・」
という事は、僕の生徒達は元の世界に戻れるし、帰った後に、教師の対応を糾弾される事になる可能性が大きいという事になるわけだ。
「もう一つお聞きしたいんですが、異邦人がこの世界を訪れるという事は、悪魔とか悪い奴のトップオブトップというか、魔王みたいな悪い奴を倒すとか、そういう使命を任されるとか、そういう展開が発生したりするのでしょうか?」
「フォッフォッフォッ、面白いことを言うのう。確かに魔王という存在はこの世界にも居るが、魔王は不可侵のもの、倒そうと思うエレメントはおらんよ」
おうっ!魔王は居るのか!
だけど不可侵!勇者は不必要!
「だが最近、この魔王の中に異質なものが現れ始めた」
「異質なものですか?」
「ああ、それで困り果てているんじゃがなぁ」
おじいさんは困り果てた様子で真っ白の太い眉をハの字に開くと、
「まあ、何とかなるとは思っておるんじゃがのう」
と、言い出した。
「えーっと、異邦人が勇者に指定されて、魔王を討伐する旅に出るとかそういう事じゃないんですよね?」
「今のところはな」
「はい?」
「今までは、そういう事はなかったんだがのお」
えーーっと?
「魔王というのは、莫大な魔力を保有する王のことを指すのじゃな。だから、この世界には『魔王』がたくさんいるのだが、これを国同士の戦いの最中に打ち倒すという事はあっても、勇者が倒すなどという話は聞いた事がない」
「えーっと、魔王とは魔獣を統括する王様、異形の者を支配する王様、魔界の王様みたいな感じじゃないんですかね?」
「魔界とはなんじゃ?」
「なんて説明すればいいんですかね〜」
この世界には死んだ後に行く世界(天国)はあれども、魔界とか冥府とか地獄とか、そういった感じのものがないらしい。
どうやらこの世界の『魔王』とは、膨大な魔力を持つ王様の事を指すんだな。
「貴重なお話、有り難うございました!本当に助かりました!」
「いやいや、大した話はしてないと思うんじゃがのお」
「そんな事ないですよ〜」
僕はおじいさんにお礼を言ってその場を後にしようとすると、白髭のおじいさんは、
「この世界には魔法が存在するぞよ!」
と、声をかけてくれたわけだ。
「イメージが大事!全てはイメージで具現化されるんじゃ!」
魔法がイメージね、そういう話は小説とか漫画で何度も読んだ事があるかもしれない。
帰り道、僕は服屋に寄って、こちらの一般の服である麻のシャツにズボン、豚の皮で作ったジャケットに、革靴、靴下、下着なんかを購入した。ついでに、売り子のおばさんからここら辺の服の相場を教えてもらう。
生徒達には自分たちの私物を購入するためのお金が必要になると思うんだけど、多すぎても少なすぎても不満や諍いが出るのは間違いない。
どうやら現地の相場を確認したところ、2千ミウ(日本円で約二千円相当?)のお金を渡しておけば、当面の衣服やら下着やら靴下なんかは購入が可能となるようだ。
とりあえずは、今日の情報収集としてはこんな所で良いだろう。
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