第9話  まずは寝床を確保する

 オフリド湖群がある事でも有名なレユニオン領、その領内にあるカーンという街は、領地の端の方に位置しているらしい。案内を受けた僕と吉沢は、屋根が尖ったようにも見える西洋風の建物の中に入り、市長のブリアックにまずは挨拶をする事になったわけだ。


 面白い事に、カーンの市長であるブリアックは眼鏡をかけたドワーフで、年齢は220歳になるという。


「お近づきの印に」

と言って僕が五十円玉を市長に渡したらめちゃくちゃ喜んでいた。実は中が繰り抜かれたような形の硬貨って元の世界でも外国に持っていけば珍しがられたりするんだ。だから、賄賂として利用してみたわけだけど、かなり効果があったようだ。硬貨だけに・・寒っと言われそう!


「とても貴重で縁起が良い物となるのです。お守りみたいな物ですが、私も持っている数がそれほど無いので、他言は無用でお願いします」


「ああ、分かった。貴重なものをプレゼントしてくれるなんて有難う。家でこっそりと飾る事にしよう」


 市長は五十円玉が銀色にキラキラと輝くのがお気に召したらしい。

「私の方で融通ができる事があれば何でも言ってくれたまえ」

「そう言って頂けると、本当に助かります」


 僕の隣で文化祭実行委員の吉沢が話を聞いているが、まあいいだろう。


「実はこれを現地のお金に換金したいのです」


 僕と市長はソファに向かい合わせの形で座っていたのだが、その市長の前に五百円玉を差し出すようにして置いたのだ。


「これもまた特別な硬貨となるのです。僕は生徒たち三十人の安全を確保しなければならないので、なるべく高値で購入してくれる方を探しているのですが・・・」


 市長はドワーフ、500という数字に緻密な細工が施された銀色の硬貨を前にして、思わずゴクリと唾を飲み込んだようだった。


「これは、触ってみても良いですかな?」

「もちろんです」


 白い手袋を自分の手にはめた市長は、拡大鏡メガネを取り出すと、まるで宝石を鑑定するかのように五百円玉を眺めていく。


「なんて緻密で正確な細工なんだ・・・」

 そりゃ機械でやっているから緻密で正確なんだけど、この世界が全て手作業だというのなら、相当の高値で売れるはず。


「なんて事だ・・この銀色の輝きは・・どうやったら・・」

 結局、ブリアック市長が高値で五百円玉を購入する事になったわけだ。


 結局、五百円玉は日本円で換算すると三百万円ほどで売れる事になったのだが、

「くれぐれも生徒のみんなには内緒だよ?」

と、横で話を聞いていた吉沢に注意する事にした。


 今のところ使用した552円は完全なる僕のポケットマネー、このお金でしばらくの間はみんなの生活を賄う事とする。


「一ヶ月後とか一年後に元の世界に帰れるのならいいけど、いつまでこの世界に居るか分からない状態で、向こうのお金を安易に使うのは良くない事だよ。日本円はこちらでは芸術品のようなものだから、換金するなら少しずつやっていかなければならない。そうしないと、僕らは金になるものを持っていると思われて、誘拐されたり、強盗に遭ったり、殺されたりするかもしれないからね?」


 真面目な吉沢には十分な脅しとなったらしい。


 市長の話によると、この世界には時々、こことは違う世界から流されて来る人が居るらしいし、国として保護するような形となるらしい。


 ちなみに、前回はタコ型の異邦人が十二人来たらしいのだが、そのタコ型が滞在していた家に案内される事になったわけだ。


「異邦人の世話役となるブランシェと申します、宜しくお願い致します」


 元々は宿屋だったという二階建ての家で出迎えてくれたのが、白髪からわんちゃんのような耳が飛び出たおばあさんで、早速十円玉を賄賂として渡したらとても喜んでくれた。


ブランシェさんは狼族の獣人なのだそうで、家族もみんな、わんちゃんみたいな耳が頭から出ている。


 とりあえず三十人プラス僕の食と住処を確保は出来そうだ。五百円玉を売って手に入れた現地のお金を渡して、生徒たちの食事を用意してもらうようにお願いする。


 ブランシェさんの息子に馬車を用意して貰って、森で待っている生徒たちを吉沢と一緒に迎えに行ってもらう事にする。


「異邦人で初日から生活費を入れてくれる人は初めてですよ」


 ブランシェさんはホクホク顔で厨房へと下がっていく、近くに住む娘や嫁を調理の手伝いとしてこれから招集するらしい。


 異邦人を国が保護をすると言っても、予算は領主持ちという事になるらしい。結局、滞在先を用意してはいるけれど、まともな世話が出来ないのがいつもの事で、心苦しい思いをしていたのだとブランシェさんは言っていた。


 前回のタコ型の異邦人という人々は、一ヶ月ほどしてカーンの街を出て行ってしまったという事なのだが、僕の生徒たちには、最低でも一年間はここに滞在してもらう事にしようと僕は勝手に決める事にした。


 日本の義務教育は中学三年生まで、僕は三年二組の担任をしているわけだけど、僕が彼らの面倒を見るのは3月までだと考えている。


 突如、元の世界に戻れたとして、担任の教師がどういった対応を取っていたのかという事については、まず、物凄く注目が集まる事になるだろう。

 

「先生はすぐに何処かに行ってしまい、僕たちはほぼ放置状態となった為、生きるのに必死で大変な目に遭うことになりました」


「あの時の事がきっかけで大人が信用出来なくなったんです!PTSD(心的外傷後ストレス障害)の診断もされたんです!みんなで西山先生を告訴したいと思います!」


 怖い、怖い、怖い、ただでさえ『異世界転移』という意味不明な状況なのに、そんなことで告訴されて記者会見を開いて、僕は校長、教頭、教育委員会と共に、90度の直角を意識しながら頭を下げなければならないのか?


 冗談じゃない!私費(562円)を投じてまで世話をしているというのに!そんな事になってたまるものか!


 あいつらには異世界体験旅行(しゅうがくりょこう)をエンジョイしてもらい、帰った後も、

「色々あったけど、とっても楽しかったよ〜!」

と、保護者に伝えてもらえるように、効率よく対応していかなければならない。


 とりあえず3月までに起きた事象は僕の責任問題となるのだから!そこの所を考えるだけで、胃がキリキリと痛みまくってくるよ。


 何せ無給の上に自腹を切っているような状態!向こうの世界に戻ったら労災は降りるのだろうか?

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