第8話  先生、賄賂が安すぎるんじゃないですか?

 吉沢健は二年の終わりから修学旅行実行委員として活動をしており、パンフレットを作り、各所へ挨拶をするための文章を作成し、バス移動中のレクリエーションを計画し、二日目夜のバーベキューの後の漫才大会を企画したりと、とにかく準備が多くて多くて大変な思いをしていたわけだ。


途中で予定変更などに追われながらも、遂に!修学旅行を迎える事になったのだ!


 全員が歌いたい歌をCDで用意し、バスの中でのカラオケ大会は大きな盛り上がりを見せ、寝ている西山先生を叩き起こして、先生にも歌を歌わせようとしたところ、大地震、大事故、からの異世界転移?


 足の速さを見込まれた健は先生と二人で街に向かう事になったのだけれど・・


「なあ、吉沢、おかしいと思わないか?先生はこれでも一応、異世界にバスごと移動しちゃうという漫画とか小説とか、そこそこ読んでいたんだが、そういった場合は『異世界ヒャッハー!』とか言い出す奴らが、教師の言うことなど一切聞かずに、勝手に徒党を組んで冒険に出かけて行ってしまうんだ。だがしかし、何故、お前らは徒党を組んで何処にも行かないんだ?」


カーンという街に向かう際に、先生は納得いかないといった様子でぼやきながら坂道を降りて行く。


「先生、僕もそう言った漫画とか、小説とか、実はそれなりに読んだ事があるんですけど、読んだことがあるからこそ思うんです。『異世界ヒャッハー!』なんて言って飛び出そうものなら、早速、悪い奴に捕まっちゃったりとか、最悪、魔物に殺されちゃったりとか、そんな展開を迎えることになったりするんですよ」


「生徒が殺されたら確かに困る・・そんな事になったら教師をクビになってしまうかもしれない・・だとしても現実的だよなあ・・・冒険心というものがないのかなぁ・・・」


 そこは真面目で偉いな〜でいいんじゃないだろうか?


 先生は何やらぼやきながら坂道を下って行くと、城壁の門が近づいていくに従い、街を出入りする人々の姿が見えてくる。


 中世ヨーロッパの〜みたいな格好の人々は馬車に乗ったり、馬に乗ったり、人によっては徒歩で木造の大きな門の下を潜り抜けていく。


 スラックスに白いワイシャツ姿でリュックを背負っている先生と、ジャージ姿の健。今日はラフティングをする予定でいたので、ホテルを出発する時には全員、着替えやすいジャージを着用する事になっていたのだ。


 門番さんは二人いて、門を通り抜けていく商人のような人たちの身元をチェックしているようだった。


 頭から獣耳が飛び出している大男の門番二人は、一人は茶色の髪の毛を後一つに縛り、もう一人は金髪を短く刈り上げていた。


 革鎧を身に纏っているのを見るに、ああ、本当に異世界に来ちゃったんだなぁと健は実感した。やっぱり獣人って奴だよね?腰に剣をぶら下げているもんね。


 先生の後ろを歩いていた健の胸はドキドキ、お腹までズキズキと痛くなってきた。だけど、先生の歩く歩幅が変わらない。


 人が一旦、門の前から居なくなったのを確認した先生は、門番の前まで颯爽と移動すると、

「はじめまして、如月中学校で教師をしています西山と申します」

と言って頭をぺこりと下げた。


「生徒を引率中に事故に遭いまして、現在ここが何処かもわからない状況となっております。もし可能であれば、ここが何処で、何という街なのか教えて頂けると有難いのですか?」


 先生、日本語が通じるかどうかが分かりませんよ?


 この何もかもわからない状況で良くもまあ、そんな堂々としていられますね?

 健が呆れた様子で先生の背中を眺めていると、金髪の大男の方が、自分の髪の毛をバリバリと掻きむしりながら言い出したのだった。


「はじめの言っている意味は分からないけど・・ここはカーンという街で、ここはレユニオン領の統治下にあるよ」

すると、茶色の髪の方も言い出した。

「見た事ない格好だな、もしかして異邦人(エトランジェ)か何かなんじゃないのか?」


「すみません、異邦人(エトランジェ)とはどういったものになるのでしょうか?」

「異邦人(エトランジェ)っつうのはあれだよ、たまあにだけど、他所の世界から流されて来る奴の事を言うんだわ」


 うわーーー・・相手は獣人に見えるのに、日本語を喋ってる〜、日本語を喋るって事は、こっちの言葉が自動で理解できるようになっているって事なのかな?


「ああ!それです!僕たちは完全にその異邦人(エトランジェ)だと思います!」

「前回はタコ型だったが、今回は人型なんだな〜」

「そうか!そうか!水の街カーンを選択したあんたは正解を引いたと言えるだろう!」


 あっはっはっはっと笑うと、二人の門番は、街の奥の方に見える屋根が尖った建物の方を指さした。


「異邦人(エトランジェ)はまず初めに市庁舎の中にある統括本部の方で登録をする決まりになっているんだよ」

「そこで、まずは身分証を発行してもらう形なるんだな」


「実は、先ほども言いました通り、生徒を引率中の事故だったので、三十人近くの子供が居るんです。この子と同じ年齢の子ばかりなんですけど、精神的にパニックに陥っている子も多くって、森の中で休んでもらっているんですけど、こちらの治安的には大丈夫でしょうか?」

 

「ああ、異邦人だったらまずはパニックにもならあな」


「ここら辺は治安も良いから、少しくらい森の中に居たって問題ない。狼が出るのも夜になってからだから、夜になる前に移動すれば良いだろう」


「それでは、まずは僕が手続きを取って、子供達の寝床を確保したいと思います。色々と教えて頂きありがとうございました。これはお二人へのプレゼントです」


 先生がポケットから取り出したのが一円玉で、二人の手に握らせると、

「これは始まりの硬貨とも言われてとても縁起が良いものなのです。全ては一から始まる、要するにお金がここから貯まりだすという意味もあるもので、財布に入れておくと良いですよ」

と、平気で嘘をついたわけだ。


「嘘だろ!なんだこの薄っぺらい硬貨は!」

「すげえぇ!異世界硬貨だ!売ったら金になるぞ!」

「お金にしても良いですし、縁起物としてお財布に入れておいても良いかと思います。他の人にせびられても困るので、内密にしてくださいね?」


 先生!先生!賄賂を握らせるにしても一円って!安すぎるんじゃないんですかね!

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