第7話  とりあえず街に行ってみます

 お昼休憩を挟んで、しばらくの間、森の中を進んでいくと、突然森が開けて、波のように連なる小さな丘の向こう側に城壁に囲まれた街のようなものが見えてきた。


 街の更に先には大きな湖が広がり、遙か先まで広がる森の向こうには標高が高い山々が連なる姿が見えた。


 これほど標高が高ければバスが置かれた平原からも見えるだろうと思うのに、この山々は平原から望む事は出来なかった。


 そう考えると、あの平原とそれを囲む森は、何処か別の空間だったのではないかと考えると、意外な程にしっくりくる気がしたのだが、そんなファンタジーな考えをするなんて、僕も知らぬ間に厨二病を患っていたのかもしれない。


「先生!遂に街が見えましたね!」

 第一村人から情報を得てきた三浦が、ほっとした様子で僕に話しかけてきた。

「あの爺さんが嘘を言っていたらどうしようかと思いましたよ!」

 地図を書いていた大野も、それなりに責任を感じていたらしい。


「つまりはあれが、水の街カーンという事になるのだろうか・・・」


 街まで走り出しかねない生徒を抑えて、僕はすぐさま、街から一番近い場所にあるこんもりとした小さな森に生徒たちを誘導した。


 驚くべきことに、

「異世界の街!ヒャッホーーー!」

と言いながら飛び出す奴が一人もいない。


 僕が中学生だった時代なら、クラスのヒエラルキー上位の奴が、ここら辺で五人、六人離脱しているのは当たり前だと思うのだが、僕のクラスの生徒は、なんだかんだ言いながらもお行儀よく僕についてくる。


 ヒャッホーとかヒャッハーとか言い出す奴が一人もいないんだからな、すげえよな。


「えーっと、先ほど、見た街がカーンという名前の街だと思います。先生が思うに、まず、これから一番の問題となって来るのが『誘拐』だと思います」


 僕の周りに集まった生徒三十人は、みんな、それなりにワクワクした表情を浮かべていたのではあるが『誘拐』という言葉を聞いて、ぴたりと動かなくなって黙り込む。


「みんながここを異世界だと言いますが、実際問題、ここがどんな世界であったとしても、僕らが異質に見えるのは間違いのない事実。特別に変わって見える僕らを誘拐して高値で売ってしまおうと考える輩がいないとは限らない状況となるため、各自、落ち着くまでは必ず班行動を取ること、一人では絶対に動かない事を約束してください」


 実際問題、ヨーロッパなんかでも、旅行者の誘拐が問題になっていたりするわけだ。日本だって外国人旅行者が行方不明となっていたりするわけで、異世界から転移してきたピチピチの中学生の集まりなど、格好の餌食になると言っても過言ではない。


「先生は、元の世界に戻った時に、校長先生、教頭先生、教育委員会、保護者の方々からクレームを受けない為に、君たちの安全を第一に考えていきたいと考えています。ですが、君たちが安全・安心のために協力してくれなければ、一人や二人や三人の脱落者は容易に出ると考えています」


 こんな状況なので、例え脱落者(行方不明者)が出ても、警察機構のない世界ではどうにも出来ないという事を説明した上で、

「それではまずは先生が、街が安全かどうかを確認してきたいと思っています」

と言って、みんなにはここで待つように説明。


 もしもの時の伝令役として、修学旅行実行委員であり、陸上部でもある吉沢だけを連れて街へと移動する事にしたのだった。


「なあ、吉沢、おかしいと思わないか?先生はこれでも一応、異世界にバスごと移動しちゃうという漫画とか小説とか、そこそこ読んでいたんだが、そういった場合は『異世界ヒャッハー!』とか言い出す奴らが、教師の言うことなど一切聞かずに、勝手に徒党を組んで冒険に出かけて行ってしまうんだ。だがしかし、何故、お前らは徒党を組んで何処にも行かないんだ?」


 僕としては、生徒の大半は阪口先生を慕って移動すると思っていたわけだ。それが、クラス単位で担任の引率に従って移動とか、そんなのは違うでしょって思うわけだよ。


「先生、僕もそう言った漫画とか、小説とか、実はそれなりに読んだ事があるんですけど、読んだことがあるからこそ思うんです。『異世界ヒャッハー!』なんて言って飛び出そうものなら、早速、悪い奴に捕まっちゃったりとか、最悪、魔物に殺されちゃったりとか、そんな展開を迎えることになったりするんですよ」


 まあ、確かに、ヒャッハーの奴らは直様死ぬか。

 それだと困る、そんな事になったら向こうの世界に帰った時に、

「西山先生!貴方は一体どうやって生徒たちを保護していたんですか!」

と、怒られるのに違いない、


 小高い丘の上にあるこんもりとした森の中を抜けていくと、他の街から移動してきた様子の馬車に乗った商人やら、近所から帰ってきた様子のご婦人とか、格好としては中世のヨーロッパの〜みたいな服装の人が門を出入りしているのが見えてきた。


 門番は二人のようで、入り口で身分証のチェックをしているようだ。

 どうも、この世界には各自が所有する身分証のようなものがあって、それで人の出入りをチェックしているという事になるのだろう。


 出入りしている人の中にもウサギとか犬みたいな耳を頭から生やしている人もいるし、門を守っている大男二人もケモ耳が頭髪の間から突き出ていた。


 ここがどういう世界なのかは全く理解できないけれど、まずは門番と交渉しなければならないというわけだ。


「よし!」

 人が切れたのを見計らった僕は足早に門番の方へと進んで行くと、

「はじめまして、如月中学校の教諭をしています西山と申します」

と、声も高らかに挨拶をしたわけだ。


 まずは日本語が通じるのかどうか、良くある転移系の物語だと、異世界転移特典みたいな形で、全ての言語を日本語変換して理解出来るようになっていたりするんだけど、実際、ここではどうなっているのかな?


 僕はまずきっちり45度に頭を下げた後、相手をこちらのペースに巻き込むことに決めたのだった。

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