第6話  みんなからお金を没収します

中村聡太は黒縁メガネの真面目そのものの顔をした奴。部活は化学部、頭だけはやたらと良い奴で、陰キャな中村が何故、三年生の1学期からクラス委員長になっているのかというと、内申点を上げるため以外の何ものでもなかったりする。


 内申点を上げるために、スムーズなクラス運営を実行しようとしているような奴で、習性からか、異世界に来た?後も、良い働きをしてくれている。


 もう一人のクラス委員である小芝充希はバレー部のキャプテンであり、クラス委員に担ぎ上げられたような所がある。背が164センチと高くて、スラリとしたスタイル、麗しい顔立ちから男子生徒からも良くモテるし、後輩にはお姉様と陰で呼ばれていたりするらしい。


「クラス委員の二人には、二人で各班を回って、みんなが所持しているお金を集めて来てもらう事になります」


 バインダーに、注意書きを記したクラス名簿を挟み込む。


『移動の際、まず問題になるのはお金の紛失事故となります。これから先、いつまでこのような状況となるかは分かりませんが、学校側の責任としてお金の一括管理を行います。また、必要時は引き出し可能とするか、どうするかについては、後の話し合いで決めたいと思います』


 今回の修学旅行では、各自のお小遣いとして一万円までは持って来て良いという事になっている。三日目の自由行動で、ランチを食べたり、家族へのお土産を買ったりする際に使えるように、結構な金額の持ち込みが可能となっていたわけだ。


 学校内で多発するイジメの中で、まず、第一の問題として浮上するのが『カツアゲ』だ。


 自分たちが楽しむためのお金を、弱い立場の奴から巻き上げる。その金額が大きくなればなるほど、

「担任の先生は今までどういった対応を取っていたんですか!」

と、家族、教頭、校長、教育委員会が、鬼の首を取ったかのような勢いで責め立ててくる事になる。


 このような緊急事態で今のところ生徒の心はフワフワしているから『お金』にまで頭が回っていないようだけど、いずれは絶対に出てくる金銭トラブル、災いの芽は早いうちに摘み取っておいた方がいい。


「お金が関わって来るから、二人一組で回収をして回って欲しい。ジップ付きの袋を渡すから、金額を記入後、お金はこの袋の中に入れて下さい。みんなのお金は僕の方で預かって、街の方で一番安全だと思える場所が確保できたら、そこに保管するようにします」


「先生、日本円が今から行く街で使えるとは思えないんですけど?集めたところでどうするんですか?」


「この世界で日本円は使えなくても、元の世界に戻れれば使えるわけだろう?元の世界に戻った時に、君らのお小遣い、どうなったんだって言われた時に、きちんと管理していた方が僕は責められないってわけだよ」


「集めた後で、先生が勝手に使うなんて事はしないですよね?」


 バレー部キャプテンは酷いことを言うよね?


「使った使わないで揉めない為に、今、ここで、お金の金額も全部記入した上で集めるんだよ?それに、どうしてもお金が必要な時には、その都度、みんなを集めて説明します。そうじゃないと、帰った時に、いろいろな人から責められるのは先生だからね?」


「先生は帰れると思っているんですか?」


「そんな事はわからない。ただ、きちんと帰れた時に、教育委員会に責められないようにするために、最善の手を打つつもりだよ」 


 キョトンとして顔を見合わせるクラス委員の二人に名簿とジップロックを渡して送り出すと、今度は修学旅行実行委員である吉沢健と橋本由里子を手招きで呼び出した。


 そうして二人に45Lのゴミ袋と、バスから取り外して持ってきたカーテンが入った袋を渡した。


「弁当の箱はきちんと川で洗って、まとめてこのゴミ袋に入れておくようにみんなに言ってくれ。後で売れるようだったら売るようにしよう」


「それじゃあ、本当にいらないゴミを捨てる袋と弁当用のゴミ袋に分けた方がいいですよね」

ゴミ袋を受け取った吉沢が、考え、考え、言いだした。


「そうしたら良いと先生も思う。それと、女子がトイレがどうのと言い出すだろうから、橋本、このカーテンを渡すから利用してくれ。カーテンの向こう側は男子禁制とするとか、カーテンを使って入場制限するとか、やりようは色々とあるだろう?」


「カーテンを吊るす紐とかないですかね?」

「先生は紐とか持ってないんだよ。だから女子の方で、トイレ事情はどうするかは考えてくれ。先生が話に出ていくと、セクハラ問題で訴えられる事になるからな」


 最近は、毎日のように変態教師が摘発されて、テレビでも取り上げられ、お前教師なの?本当に大丈夫か?みたいな眼差しで見つめられるような世の中なのだ。女性の排泄問題には絶対に関わりたくない。


「分かりました、みんなで相談してみます」

 実行委員会の二人も、仲良く一緒に頷くと、生徒たちの方へと戻って行った。


 こんな状況になっても、生徒はみんな、レジャーシートをそれぞれ敷いて、ウェットティッシュで手を拭いた上で、弁当を普段通りの様子で食べているわけだ。


 ノートを間に挟んで、真剣な顔で何やら話しながらお弁当を食べているわけだけど、これが最後の日本食になるかもしれないという事を、みんな理解しているのだろうか?


「はあー〜、これからどうなっちゃうんだろう?なんでみんな、不安に感じていないのかな〜」


 生徒が見渡せるような岩場の上でボッチで弁当を食べる僕、きちんと先生はみんなを見守っているんでるよ〜というパフォーマンスを見せながらも、幕の内弁当を味わうように噛み締め続けていた。


 その後、二人の委員長が三十万に近い金額を集めてきた。販売機でジュースとかアイスとか買っている程度しか使っていなかったんだな。


 阪口先生はきちんと生徒の金は回収したのだろうか?

 金を後々揉めるぞ〜・・と思いながらも、別に脳筋の事なんかどうでも良いかと思い直す事にした。


 一組の吉岡先生が一緒に異世界転移だったら、互いの生徒を見ながら、(心の中だけでも)キャッハウフフが出来たのに、残念ながら一緒に移動してきたのは阪口先生が担任をする三組、脳筋体育教師なのだから目も当てられない。


「ああ・・吉岡先生〜・・あなたは無事にラフティング教室に到着したのでしょうか〜」


 空を眺めながら一人呟くと、美人の吉岡先生が笑顔で僕を見下ろしているような気分になった。まあ、完全なる現実逃避で、完全なる妄想となるのだけれど。

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