第5話 とりあえず移動を開始します
バスが2台あるわけだし、運転席を確認したところ、鍵はそのまま挿さった状態で放置されていた為、運転席に乗り込んでバスを動かそうとしたのだが、うんともすんともいわない状況に思わず落胆したわけだ。
バスから持ち出せる物は何でも持ち出しておこうという事で、カーテンを外してゴミ袋に入れる。
45Lサイズのゴミ袋がそれぞれのバスに置かれていた為、ゴミ袋、そしてペットボトルの水も拝借。それ以外の目ぼしい物は見つからなかった為、それぞれ西と東に分かれて移動を開始する事にしたわけだ。
この世界、草原に現れたウサギの額にツノが生えていた事からも分かる通り、今までいた世界とは全く別の世界に来てしまったのかもしれないぞ。
「それでは三年二組、出発するよー」
結局クラス別行動をとって、みんなで揃って歩き出す事になる。
バスの周囲には草原が広がり、道のようなものが一切無いように見えたのだが、東に向かって歩いているうちに、徐々に徐々に、土がむき出しとなり、道のようなものが現れて来る事に気が付いた。
三組の北村が怯えるようなモンスターが現れる事もなく、草原に咲く純白の小さな花の蜜を吸おうと紋白蝶がたゆたうように空を舞い上がる。何処かで鳥が可愛らしい声で鳴いている声も聞こえてくる。
先頭を僕が歩き、教室から体育館に向かう時と同じように生徒たちは整列し、時々、仲の良い仲間たちが集まっては順番を交互に変えながら、これからどうなってしまうのだろうという話で盛り上がっていた。
パニックを起こして泣き始められても困るけど、晴れ渡った空の所為なのか、いたって呑気に見えるというか、現実逃避をしているだけなのか・・・
「そろそろ昼食にするよ、村がどれだけ離れているか分からないから、休憩時間は1時間にする。あんまり遠くに行きすぎてモンスターに食べられたりしないようにね〜」
草原は森に囲まれているような形となっていた為、そのうち森の中を進んでいく事になったのだ。
途中で小川が流れていた為、そこでお昼休憩を取る事にする。
宿泊先ではお弁当を発注していた為、今日は全員、昼に食べられるように幕内弁当のような物を持参していた。
「あと、お弁当は班で集まって食べてね。食べている間、班長はノートを出して、これから各自で仕事をするとしたらどんな『仕事』が出来るか、何が出来るのかという案を出し合って、書いておくように」
班で集まって食べるという事で、好きな者同士で集まって食べられない為、不服な表情を浮かべる生徒が何人もいたけれど『仕事』というワードが出てきた事によって、みんなの顔が引きしまる。
「みんなもすでに分かっていると思うけど、空想のお話でしかなかった『異世界転移』を僕らが仮に今、していたとして、これから先、君たちがまず何をしなければならないのかというと、それは『労働』になると思います」
うちのクラスは30人、先生一人では絶対に養えないので、まずは各自で食い扶持を稼いでもらう必要があるわけだ。
「先生は、元の世界に戻った際に、教育委員会から『西山先生!あなたは先生としてきちんと対応にあたっていたのですか!』なんていう風に責められない為にも、村に到着次第、君たちの住居は確保出来るように努力をします。君たちがなるべく快適に過ごせるようにしましょう。だけど、僕一人が頑張ったってどうにもならないのは頭の良い君達ならよく分かっていると思います。お父さんもお母さんもいない世界で、テンプレ通りの展開なら恐らく、洗濯機も冷蔵庫も電子レンジすらない生活となるでしょう」
みんなが真面目な顔で僕を見ている。異世界の森の中?まで移動してきたというのに、授業の風景と変わらない眼差し、不安とかじゃないのかな〜、最近の子は良く分からんな〜。僕が中学生の時代だったら、血気盛んな生徒が7・8人、
「俺は冒険者になる!」
とか言い出して、集団からすでに飛び出して行っていると思うのだが。
「料理が出来るとか、裁縫が得意とか、庭の草取りを任されていたとか、風呂掃除が得意とか、とりあえず、生活に関わったもので、自分が出来るかなという物をまとめるように。これは後の仕事に関わる事なので、自分がどんな仕事をしたいとか、そういう事を考えた上で記入し、今日中に提出してください」
「先生!そうしたら、今後も班でまとまって仕事をしていくという事ですか?」
クラス委員の中村が手を挙げて問いかけてくると、
「班で仕事なんてやだー!」
「どうせ仕事をするなら好きな奴と一緒にしたいー!」
という不満の声が上がる。
「頭がむちゃくちゃ良い奴と、運動バカを一緒に働かせても非効率だというのはみんなが理解していると思うんだよね。適材適所とするためにも、ノートには素直に、自分が出来ること、出来ないこと、出来そうな事をまとめて書いて欲しい。班でまとめてもらうのは、学校内でもないこのような場所で、先生が全員分のノートを持って歩くわけにはいかないからです」
ようやっと説明が終わって、みんなが座りやすい場所を求めて移動を始めた頃合いに、
「中村、小芝、二人はちょっとこっちに来てくれる?」
と言って、クラス委員の二人を呼び寄せる事にしたのだ。
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