第2話「銀の少女」

 ミズガルズ宙域で製造される汎用アンドロイドは。その容貌がほとんど人と変わらないほど精巧に作られ、学習性のAIによる卓越した思考フレームを擁する。

 そんなAIアンドロイドは、人間と比べてもあまりに見た目が類似しているということで、識別のため特定の証を刻むことが義務づけられている。

 コロニーによって、それはアンクル型だったり、アンクレット型だったり様々であるが。


「チョーカーか……一体どこのアンドロイドだ、あんた?」


 気勢を抑え、男は敷居の先の少女に問う。ひとまず話に応じたのは、見た目が可憐だからではなく、


「い、依頼を受けてくださるのであればお答えします」

「はぁ?」


 男の顔が困惑で満たされる。返答の拒絶。通常の汎用アンドロイドであれば、まずあり得ない反応だった。


「円滑に話を進めたいのなら素直に答えてくれ。それとも原則すら分からないほど壊れちまったのか?」


「私はいたって正常ですっ。ただ、無関係の人においそれと話せるものではないので」


 頬を膨らませて憤る少女に迷う。被造物とは思えぬ感情表現だと、軟質素材だけでここまでの表情を作れるものかと、男は益々このアンドロイドへの疑念を募らせた。

 断るべきなのだろう、本来は。

 失踪事件が長引くにつれ、巷では好き勝手な風説が飛び交っている。それを断じて解決したい男からすると、今はこんなことをしている場合ではなかった。


「……名前は」

「え……?」


 男はそれよりも求めていた。この少女に抱く違和感の正体を。あるいは、塞がった現状を打破する希望を見ていた。


 またしても、ヒトのように。目を丸める銀髪のアンドロイドに男は続けて名を尋ねる。少女は。


「……ハリエット」


 短く、鬱々と口にした。柄でもない秘密主義とも違う、同じく柄でもない感情的な態度。


「俺はマーニ・アルスヴィス。今は休業中の万屋だが、話だけは聞いてやる」


 不安を覗かせるハリエットに、マーニは努めて明るく入室を促した。



「わあ、紙の本がこんなに。今の時代、書籍は全て電子化しているというのに、どうして」


「別に。爺さんが置いていったものをそのままにしてるだけだ。それより――」


「モリ・オウガイ、ナツメ・ソウセキ……ニホンの作家、これは……」


「おい」


 書架にあった伝記を眺める少女に声を掛ける。しかしマーニにはこれ以上浪費する時間はなかった。

 萎縮いしゅくして首を垂れるハリエットを宥めながら、応接椅子に向かって腰掛ける。

 その態度も、好奇心も、やはり機械的なアンドロイドにそぐわなくて。マーニは顎をさすり、伸びてきたひげの感触を感じた。


「さて、あんたは何が望みなんだ? 人探しか? それとも傭兵を所望か? どちらにせよ、アンドロイドが頼むことじゃないが」


 多くの汎用アンドロイドは、それ自体が何かの目的を果たすために造られた産物。その優れた思考は自由意志を錯覚させるが、所詮は全てが模造品。予め定められた原則にのみ従って動く。

 試すように、目を向ける。耽美たんびな衣装に身を包んだ彼女は。不必要に感情を漏らす彼女は、果たして。


「私の依頼は、一つがある人から私自身を守ってほしいというもの」


 端整なハリエットのかおが哀に歪む。まるで、せっかく蓋をした悪い何かを取り出すかのように。


「そして二つに……私に愛を教えてくださらないかということ」


 息を呑むマーニ。アンドロイドはやがて一つの過去について語りだした。ここに至るまでの経緯と、自らの秘を。

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