もう無理


あと4人 ……



“ キーーーーン ”



へっ ?



ザワザワ …サワサワ ……サワサワ ……サワサワ ……



何だか耳が変。



突然、音声が途切れた感じ。



あれほど煩かったスタンドの騒めきも驚めきも遠い。



テンパって頭が真っ白 ……ってことじゃないと思うけど ……



・・・落ち着け



元々キャッチングには自信があったはず。

さっきからミットが流れてるんだ。

基本通りのプレーをすればいいんだ。


耳はおかしいけど、映像は鮮明だった。


マウンドのトーヤさんが、おれに向かって何度も頷いていた。

水野さんもコータさんも、こっちに向かって何か言っていた。

ダグアウトを見ると、最前列の大沢さんと目があった。

大沢さんも何かを叫んだような気がしたけど、声は届かなかった。


「プレイッ !」


突然、背後からの声に背中がビクッとした。


分かってる ……


でんと構えて、集中して球筋を予測して先に身体を動かす。

目はボールを追うけど、身体はボールを迎え入れる。

ミットが流れないようにして、ピシッと内側に呼び込む。



あと4人。



左打席にバッターが入った。



何としてでも前に止めないと ……




ナックルのサイン。



トーヤさんが頷く。



初球。



投げた。



やっぱり軌道が違う。



初めて見るような揺れ ……



コースも初めてゾーンを外れた。



「ボールッ」



弾いたけど、ボールはすぐ目の前に落ちた。




2球目。



高めに浮いたボール。



スローボールがおれの目を回そうとする。



・・・トンボじゃないって



目の前で左に落ちかけたボールが急に右ヘ変化した。



これも弾いたけど、股の間で抑えた。



・・・ぜんぜんミットに収まらない




3球目。


・・・


低めに外れるスプリット。


美しい投球フォーム。


来たっ !


・・・いいコース


ボールがバットを避けるようにストンと落ちた。


“ パンッ ”


球速があるボールは、適当に差し出したミットにも、勝手にポケットに入って来る。


やっぱりスプリットのキレはいい。



これで1 ー 2ワンツー




ウイニングショット。


きっとナックルだと思ってる。


4球目。



・・・! ?



トーヤさん、また一拍遅れて頷いた。



投げたっ !


・・・頼む


インハイのスプリット。



バットがスームズに出て来る。


・・・スプリット待ち


そうはっきりと感じた。



上から叩くようにして振り抜かれた。


“ カーンッ! ”


完全に芯を喰った。


打った瞬間、バッターが拳を突き上げた。



一二塁間の真ん中 ……



強烈な打球がライトにいった。


・・・コータさん


予測していたように背走しながら …


跳んだっ !


完璧なタイミングで突き出されたグラブ。


これは ……


届かない。


グラブを掠めるように抜けた打球が、芝生を撒き散らすのがはっきりと見えた。



・・・終わった



へっ ?



鋭く弾んだ打球に猛烈な勢いでトシが突っ込んで来た。


凄まじい勢いのまま捕球、そして一塁へ ……


ファーストミットに凄いストライクボールが突き刺さった。


刹那、奥間さんが一塁に転がり込む。



・・・



「アウトォォォォォォォー !」



・・・ライトゴロ



あと3人。



・・・・・・



・・・もう無理



・・・・・・



・・・大沢さんに代わってもらおう

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