ギャップ



どわあああぁぁぁあああぁぁぁあああー ! ! !



ドームに轟く凄まじい反響音。



「しゃあっ !」


おれは無意識に雄叫びをあげていた。



ザザザザザザザザザザザザザザー。


スタンドを渦巻くゲリラ豪雨。


そしてスタンディングオベーション。



這いつくばったコータさんに水野さんが手を差し伸べていた。

立ち上がったコータさんのユニフォームは真っ黒だった。


・・・凄いプレー


おれが小学生の時には、すでに“ 世界一美しい二遊間 ”と言われていた二人 ……今なお正視出来ないほどの眩しさを放ち続けている。


あんな打球はこの二人じゃなければ、まずアウトに出来ない。二人じゃなければ、間違いなく内野安打になっていた。

パーフェクトが絶たれた場面だった。


あんなプレーをしておいて、当の二人やトーヤさん、ファーストの森田さんには特別なリアクションもない。

大学の時から一緒にやって来た人たちには、今さら驚くようなプレーでもないのだろう。


マウンドのトーヤさんと目があった。

すぐ主審を振り返る。


「タイムッ !」


急いでマウンドに駆けつける。


「どうした ?」


トーヤさんから心配顔を向けられた。

疲労の色は見えないけど、さすがに首筋が光っていた。


「さっきのナックル、動きがおかしかったような気がして ……」


「そうか ?」


「真っ直ぐ来て揺れずに落ちました …肩は大丈夫ですか ?」


「肩は問題ないが、これから球筋が荒れだすかも知れん」


「えっ ?」


「理由は分からんが、球数が50、60を越えると時々そうなる。軌道とか揺れ方がどんどんバラツキ始めて、そのうちボール球が増える。俺はずっと真ん中に投げてんだけどな ……だから異変じゃないんで驚かないでくれ」


「・・・では安心しました。あと5人ですね。記録、是非やりましょう」


そう言って踵を返す。


「さとし」


トーヤさんの声に振り返る。


「今日はさとしのお陰で最高のピッチングが出来た」



「えっ ?」


思いがけない言葉に振り返った顔が埴輪になった。

トーヤさんはやっぱりキラキラしていた。


「俺はこの開幕戦に先発できてチームが勝てば、それだけで十分満足だからな。記録なんて気にすんな。だいたいセカンドがコータじゃなければ、さっきので記録は終わってたんだから ……だからいろんなボールでバッターとの勝負を楽しもうぜ。もし俺が打たれてもブルペンの奴らが試合を締めてくれるさ。気楽に行こう」



・・・・・・


「はいっ !」


おれはダッシュでキャッチャーボックスに戻った。

打席ではすでにバッターが待っていた。


5番のオリバレス。


何故か手が震えていた。

武者震いなのか ?

トーヤさんはもっとガツガツした俺様キャラだと思っていた。

ブルペンや練習グランドで見る限りはそうだった。

でも、ぜんぜん違った。


・・・ヤバい


おれはその“ ギャップ ”にやられていた。

西崎透也こそがこの記録・・・・に相応しい……後世に語り継がれるに値する大投手だ。




初球。


オリバレスは2打席ともナックルが落ちる前を当てに来ていた。

そしてたぶん懲りた。


ザワザワ …ザワザワ …ザワザワ …ザワザワ …


131キロ。


内角 …真ん中よりやや高め。


来たっ !


オリバレスのスムーズな始動。


ボールがバッターの膝下に沈む …


はずがあまり落ちない。



“ カーン ”



ジャストミート !



鋭い打球が三塁側のスタンドに突き刺さった。



「ファールボール」



ふぅー



危なかった。



返球を受けるトーヤさんも顔を顰めていた。

今日、初めて投げたシンカー。

投球練習の時のように落ちなかった。

オリバレスはたぶん、スプリットを待っていた。

スプリットほど球速がなかったことが幸いしたんだ。


ザワザワ …ザワザワ …ザワザワ …ザワザワ …



2球目。


・・・


トーヤさんがすぐにモーションに入った。



137キロ。


アウトローのスプリット。


オリバレスが見送った。



「ストライクッ !」



うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ ー



ふぅー


トーヤさんはツキも味方につけた。


低目に外れる落ちる球を打たせようとしたけど、殆んど落ちなかった。

それをバッターが見逃してくれた。

落ちなかったからストライクになった。

何にしろ追い込むことが出来た。


・・・さて


たぶん、オリバレスはナックルを待つ。


・・・どうしよう ?



ザワザワ …ザワザワ …ザワザワ …ザワザワ …


シンカー、スプリットと2球続けて落ちなかった。

たまたまか ? 握力が落ちてきたか ?

どっちにしろ、ひとつ間違えばスタンドに放り込む怪力バッター。



3球目。


・・・


トーヤさんが頷く。



投げたっ !



87キロ。



なっ ! ?



・・・軌道が



渦巻いている。



オリバレスの息遣いを感じた。



“ ぶぉんっ ! ”



バットの風圧 ……



でボールが消えた。



えっ?



ミットを掠めるような感触 …すぐに右膝に軽い衝撃があった。



ボールは ?



オリバレスがバットを放り出した。



・・・振り逃げ



ボールは ?



マスクを跳ね上げ、身体を反転させる。



ボールは ?



「11時 !」



トーヤさんの声 ……11時 ?



・・・11時って



・・・ボールがない



・・・前 ?



振り返った。



あっ !



「俺が行く」



転がるボールをトーヤさんが掴んだ。


そのままアンダースローで低い送球を放つ。


すぐにボールが弾んだ。


ワンバウンド …ツーバウンド …


一塁に向かうオリバレスが後ろを振り向いた。

足がもつれかけている。


・・・まさかの鈍足


オリバレスが一塁の手前でコケた。

そのままベースに倒れ込むが ……ぜんぜん届いていない。


水面を疾る飛び石が森田さんのミットに飛び込んだ。


「アウトッ」



どわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー


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