一人づつ


[ 8回 ]



ザワザワ …ザワザワ …ザワザワ …ザワザワ …


ストレート、スライダー、ツーシーム、スプリット ……そして最後はナックル。


ふらふらと定まらない軌道が目の前でゆらゆらと揺れながら …………落ちる。


落下位置を予測してベースの手前にミットを置く。


・・・捕れたっ


バッターがいなければ捕れる気がする。

なら、いないつもりで捕球に集中すればいい。


たかがあと6人。



投球練習が終わり、コータさん、森田さん、ダイチの順にトーヤさんに声を掛ける。

最後に水野さんがボールを捏ねてトーヤさんに渡す。

相変わらず何か二人で揉めていた。

仲の悪そうなスーパースター二人。

きっとおれなんかには見えない深い絆がある。


おれは敢えてマウンドには行かなかった。

行ってもトーヤさんや水野さんに気を遣わせるだけだ。

キャッチャーはここで ……このボックスの中ででん・・と構えてればいい。


さあ ……


一人づつ片付けよう。



まず ……4番のアンダーソン。



ザワザワ …ザワザワ …ザワザワ …ザワザワ …



初球。


・・・これです


トーヤさんが真剣な表情で頷く。



ゆっくりしたモーション …



投げた !



86キロ。



・・・ここが大事



軌道がさっきと違った。



バッターを気にせず ……



集中。



アンダーソンが振ろうが、見逃がそうが ……



関係ない。



来たっ !



ミットを落下点に差し出す。



「ストライクッ !」



うおおおおおおおおおおー



トーヤさんが大きく頷いた。



普通に捕れた。




2球目。



141キロ。



・・・はやっ !



真ん中低目ギリギリ。



アンダーソンが遅れ気味にバットを出す。



落ちたっ !



「ストライクッ !」



どわあああああああああああああー ! !



・・・凄いスプリット



ここからの6人 ……このスプリットも十分ウイニングショットで使える。




3球目。


・・・どうする ?


トーヤさんは何を求めてるんだろう ?


・・・


頷くトーヤさんの口角が上がった。



オーソドックスでダイナミックなフォーム。


そこから放たれる魔球。


90キロ。


ほとんど彷徨わず、まったく揺れずに目の前でボールが消えた。


・・・うおっ !


凄まじい風圧。


アンダーソンのフルスイング。


“ シチッ ! ”


バットを掠めた小さなコンタクト音。


楕円に変形したボールがトーヤさんを回り込むようにマウンドを越えた。


コータさんの猛ダッシュ。


コータさんの動きが前から横に変わった。


落下した打球が直角に跳ねた。


同時にコータさんが跳んだ。


不規則に暴れる打球をコータさんのグラブが上から抑えた。


コータさんの身体が伸び切ったままグランドに落ちる。


・・・うわっ !


コータさんの背中からボールが浮き上がった。


コータさんと交差する水野さんの右手が浮いたボールを掴んだ。


その腕が撓る。


凄まじいボールが森田さんのミットに突き刺さる。


その後ろをアンダーソンが駆け抜ける。



・・・



「アウトォォォォォー ! ! !」



塁審の遠吠えが静寂のドームに木霊した。


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