野球の申し子 



[ 1回表 ]


右打席の有賀さん。

ずいぶんとコンパクトな構え。


何から入る ?


もし …


おれが1番バッターとしてトーヤさんと対峙することになったら ……

やはりまずナックルの軌道を見極めようとするだろう。

闇雲に振らずにツーストライクまで見る。

アウトになったとしても、多くの情報を得よう …って考える。

頭の中はどうしても魔球攻略のことになる。



だから ……


トーヤさんがサインに頷く。



日本球界復帰記念の第1投。


オーソドックスでダイナミックな投球フォーム。



・・・来たっ



137キロ。


有賀さんの胸元。



・・・見逃した



「ストライク !」



うおおおぉぉぉぉぉー


スタンドが唸る。


そしてゲリラ豪雨のような拍手。



・・・やはりストレートに反応出来なかった



返球を受けたトーヤさんが一つ頷いた。



・・・雰囲気あるなぁ



たった1球のストレートでこのムード。


コースも完璧だった。




2球目。


今度は …


外角低めに緩いカーブ。


107キロ。



また見逃した。



・・・コース完璧



「ストライクッ !」



・・・よしっ !



驚いた。


コントロール完璧。


おれが返すボールを受けるトーヤさんの目。


思いのほか ……ド真剣な眼光。




3球勝負。



・・・ナックル



いや ……



サインを出す。



トーヤさんが僅かに頷いた。




3球目。



139キロ。



・・・速い



外角低めのツーシーム。



見送ったっ !



「ストライクスリーッ !」



見事なバックドア。



スタンドが爆発した。



三球三振の有賀さんがベースを見て呆然としていた。


ナックルばかりの頭にこのバックドアは手が出ない。


トーヤさんがおれを見て大きく頷く。


やっぱり目がド真剣だった。


まるで必死 …


〜 割と緊張してるんで … 〜



おれは ……


誤解していたのかも知れない。


西崎透也は、常に涼しい顔でサラッと凄いことを成し遂げる天才だと。


102マイルのファーストボールと96マイルのスプリッターで世界の頂点に立ったスーパースター。

肩を壊した3年ののち、信じられない魔球を引っ提げて復活。

そして4年連続の二桁勝利。

まさに生まれた時から野球の申し子。


でも ……


きっとこの人は、常に必死で、いつもド真剣だったんだ。

全身全力で野球と真摯に向き合って来たんだ。

涼しい顔でサラッなんてとんでもない。


外から憧れの目で見ているのと、生のボールを受けるとでは、印象が大違いだった。



そんな人が、大事な復帰戦、開幕戦でこのおれに “配球は任せる” と言ってくれた。


ならば、おれは ……


トーヤさんのスキルを引き出すことだけを全身全力で考える。


この初陣で、この人に恥をかかすわけにはいかない。




2番、左の岡村さんは初球のスライダーを三遊間に合わせにいった。



サード、ダイチのダッシュ。


難なく捌く。


ツーアウト。



やはりトーヤさんのコントロールは凄い。


制球力のイメージじゃなかったけど ……三枝さん、草薙さんレベルに凄い。


そして豊富な持ち球がある。


スライダー、カーブ、カッター、ツーシーム、シンカー、スプリット ……ナックル。


肩を壊して剛速球は投げられなくなったけど、これだけの球種とコントロールがあれば ……しろくま自慢の守備網で着実にアウトを積み重ねられる。


ナックル10%はジョークじゃなかった。



3番磯辺さん。


ブルーベイズが誇る左のスラッガー。



初球。


ここでひとつ ……ナックル。


頷いたトーヤさんがすぐにモーションに入る。


投げたっ !


88キロの魔球がフラフラと彷徨って …


ゆらっと落ちた。


バウンドしたボールを身体で押え込む。



「ストライクッ」



怪しかったけど ……何とか捕れた。


バッターが固まっていた。


やはりとんでもない魔球だ。


こんな魔球を見たあとのバッターは ……



2球目。


サインを出す。


トーヤさんがすぐに意図を察して頷く。



外角高めに外れるただの山なりのスローボール。



・・・コース完璧



“カーブのバックドア”と読んだ磯辺さんが、ボール球に手を出した。



当たり損ねの小フライが内野に上がった。


水野さんが走りながらなんなく捕球。


あっさりチェンジ。


トーヤさんは初回を6球で終わらせた。



“ なんて受けるのが楽しいピッチャーなんだ ”


試合序盤のおれは、この開幕戦が ……


“ とんでもないこと ” になるなんて、夢にも思っていなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る