第6話
グレイとシスターの語らいから5日ほど経った。
アレスと教会騎士達は手紙の魔法陣を使ってカルト教団の元へ飛ぶための準備の為に一度、聖都へ引き上げていった。
その帰り道、アレス達が目に付く限り範囲の教団員を捕まえていったので今現在のアルティシア領は比較的平和だ。
「では本日は聖都及びこの国『アガレス』大陸の歴史について学んでいきましょう」
だからミリアリアはこの時間が嫌いだ。
知っている内容を延々と垂れ流されるのは拷問に等しいから。
貴族としての授業の時はグレイは終わるまで別で行動しており覗き見ない事にはそれを把握できない。
ミリアリアとしては直ぐにでもグレイを見守り始めても良いのだが、流石に父であるジリウスが呼び寄せた教師を蔑ろにするのは悪いだろうと思い直し聖女の皮を被る。
「このアガレス大陸は広大な平原が広がる周辺の国々を比較しても巨大な大陸です、そこに住む種族は様々で」
1番、数が多く文明が発達している人族。
深き森で一生を終えることが多いが、その身に宿す魔力と弓の扱いは随一であるエルフ。
鉱山を根城に日々、己の好きな鍛治を打ち続ける酒豪のドワーフ。
獣のような外見的特徴を持ち、非常に様々な能力や個性がある獣族。
そして、闇に生きて世界を妬み生きる魔族。
薄っぺらい実感の篭らない文章通りの説明にミリアリアは欠伸を噛み殺すのに全神経を集中した。
「かつての勇者様と魔王の決戦の場である聖都には創造神様の神殿があり、そこには12神様全ての神像も祀られています」
教師に悟られないように視線を外へ向ける。
その間にも様々な言葉を羅列しているが気づいている様子はない。
「魔法は魔力を持たぬ者には扱えず、選ばれた人間のみが使う事を許された力なのです」
ミリアリアの視線の先では双子メイドの荷物運びをしているグレイの姿。
普段はミリアリアの前では見せない気安い姿に不快感を覚える。
「様々な貴族の方が治める領がありますが、その中でも大事な役割を持つのがアルティシア領なのです」
説明の間にグレイはメイド達と別れ、今度は散歩をしていた父であるジリウスと談笑を始めた。
普通の貴族ならありえない光景だが此処では違う。
元々ジリウスは貴族という認識が希薄で自領の民と積極的に交流をはかるような人物なのだ。
「アルティシア領は辺境と名付けられていますが、その役割は重大です! 未だに色濃く残る魔王の残滓の影響を受けた森『魔域』の管理を任せられるなどアルティシアの方々以外には不可能な事でございます!」
ジリウスとの談笑を終えたグレイはそのまま外へと出て行ってしまう。
流石にこれ以上は目で追えないと意識を大袈裟な身振りで壮大にアルティシア領を褒め称える教師へと向ける。
確かに街の外へ広がる鬱蒼とした森、通称『黒き森』は非常に強い魔物が数多く棲息している。
魔王が拠点としていた森、それが黒き森だ。
魔王の魔力残滓が今も色濃く残留しそれは他の魔物とは一線を画す程の差異を生む。
だからアルティシア領の衛兵は精鋭と呼ばれ、腕利きの冒険者が名誉と報酬を求めて拠点としている。
「ミリアリア様は聖女という重き役割を果たせるように! このサーシェスが全力でお手伝いいたしますので頑張りましょう!」
ミリアリアは小さく息を吐く。
己が聖女となってしまった事もそうだが、自身の身から出た錆でグレイと過ごす時間が減るのは堪えた。
教師の熱意の籠りすぎた弁舌に適当に相槌を打ちながら早く終わらないか切望する。
すると遠くから叫び声が聞こえた。
「なっなんだ! どうしたんだ!」
狼狽える教師をミリアリアは冷めた目で見るが思い直した。
ここに来て日が浅い上にまだ彼が引き起こす事件を経験していないのだから。
「お嬢! 急患だ!」
「聖女様! テェヘンだ!」
「ミリィ! 大変だ!」
うるさ! あっいけない。
正門からグレイと筋骨隆々の鎧を着た大男とジリウスが必死に形相で走って来ている。
そのあまりの形相に教師はさらに半狂乱になってしまう。
流石にこの程度では動じる事はないミリアリアも少し気になりグレイをよく見る。
その逞しい腕に抱かれた1人の幼女。
髪は光を弾かぬ程に漆黒のように黒く、ボロ雑巾のような衣服を身に纏ってなおその幼女が持つ美しさは色褪せる事はない。
そして、一層目を引く。
頭部に禍々しい角があった。
「まっ魔族! なぜこんな所に!」
普通そういう対応ですよね。
そうですよ普通はそうなんですよ!。
「黙りなさい」
はっはい!。
「えっあ、はい」
萎縮する教師を尻目に、ミリアリアは窓を開けて身を乗り出す。
「グレイ! 私はここよ!」
「今から跳ぶから離れててくれ!」
その言葉を聞く前からミリアリアは窓から離れる。
まだ教師は狼狽えているがミリアリアは既に興味を無くしていた。
遠くから爆発音、そして何かが風を切って近づいてくる。
「そこから離れていた方が良いですよ。彼は少々派手なので」
「へ?」
「緊急時って事で旦那の小遣いから差っ引いてくれ!」
ガラスを突き破り、肉弾頭が部屋の中へ着弾した。
その両手にはしっかりと幼女が守られていた。
ミリアリアは笑いを堪えるのに必死だった。
これを管理者はどんな気持ちで見ているのだろうか。
私は愉快で転げ回りたいぐらい気分がいい。
どうして。
どうして。
魔王の器が今此処に居るのだろうか!本当に意味が解らない!。
「お嬢! 拾った!」
今すぐ返して来なさい!。
今どんな気持ちかって?そんなの決まってるじゃない。
泣きそう......。
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