第5話
あれから数日経ったが事態は特に進展は無かった。
あったとすればカルト教団と思わしき痕跡を教会騎士達が見つけてきた事ぐらいだろう。
グレイもミリアリアが教会で聖女としての勤めを果たしている間に独自で調査を進めてはいるが芳しくはない。
そもそも戦女神のアレスが見つけれないモノを普通に捜査して見つけると言う方が無理な事だろう。
「しょうがないか 変に巻き込みたくは無かったけど状況が状況だ」
ならば普通ではない道を使うまでだ。
グレイは迷う事なく路地裏へ入って行く。徐々に人気と活気が無くなっていき陽の差さない陰気な場所へと変わって行く。
いくら聖女の住む街でも、いくら善政を布いた場所だとしても必ずこう言う場所は存在する。
スラム街。
かつてグレイが産まれた忌まわしき場所と同じように世間から弾かれた者の掃き溜めだった。
数年前までは。
日は差し込まず陰鬱とはしているがそこにある床や壁の汚れは非常に少なく、露店や宿屋など小さいながらも生活に必要な建物が複数見える。
そこに住む人も同様だ。
少し服は汚れてはいるが不潔という程ではなく血色もよい。
何より目が死んでいない。
其処を自分の庭のように迷う事なく歩を進めると1人の男性がグレイを見つけ駆け寄ってきた。
欠けた前歯で屈託なく笑う男はどこか愛嬌がある。
「おや旦那 今日は休みですかい?」
「お嬢が表教会で祈祷中だから終わるまでの時間潰しさ ついでに裏教会へ顔を出そうかと思ってな」
「そりゃあナイスタイミングでさぁ シスターも旦那に用事があると言ってやしたぜ」
コレは来て正解だったな。
グレイは男と別れてスラム街を歩く。
すれ違う娼婦や酔っ払いに絡まれながらどうにか掃き溜めの最奥へ辿り着いた。
スラム街で唯一日差しが差し込む場所であり、比較的治安の悪いスラム街でどんな事があろうとも敵に回してはいけないスラムの支配者の住む場所。
グレイは小さく息を吐き意を決して扉に手をかけた。
「あらぁ いらっしゃい」
其処には漢がいた。
厚い胸板に丸太のような四肢、人を殺せるほどの鋭い眼光。
厚い唇に短く刈り上げた厳つい髪型。
だがシスターだ。
仕草は上品で女性らしく、聖都で流行の口紅をさりげなく使い修道服を1部の乱れも無く着こなす。
間違いなくシスターだ。
「もうどうしたのグレイちゃん! 遠慮しないで座りなさいよぉ」
シスターが近づいてくる。
思わず足が後退りそうになるのを必死に耐える。
腕を掴まれた。
「今なら懺悔室空いてるからそこでお話ししない?」
耳元で囁かれた、グレイは冷や汗を流しながら有無を言わさないシスターに頷く以外の選択肢は残されては居なかった。
頷いたのを確認したシスターは、鮮やかな手際でグレイを担ぎ懺悔室へ押しこんだ。
其処でグレイが気を取り直して本題に入ろうとするとシスターが先に口を開いた。
「それで 魔族達のことを聞きたいのかしら?」
流石はシスター、情報が早い。
「やっぱりシスターの耳にも入ってたか」
「勿論よぉ 裏じゃ有名よ? 信仰心の薄い人達が各地で行方不明になってるってね 情報が集まらないわけが無いわよ」
「それにコレを見て」
シスターはグレイの手元に2枚の紙を手渡してきた。
そこにはシスターを魔族へ引き抜きたいと書き連ねた手紙。
何処かたどたどしい文章にワームが這ったような綺麗とは言い難い文字。
さらに2枚目には見たこともない魔法陣が描かれていた。
手紙中身を確認しながらグレイは考える。
それにしても、どうしてシスターを勧誘したんだ?。仮にも教会所属だぞ?いくらなんでも賭けすぎると思うが。
グレイが思考に沈んだ瞬間に1つの仮説が私の中に過った。
もしかしてシスターのことを魔族と勘違いしたんじゃ。
「おい何考えた」
そんなわけ無いよね!。
こんな美人なシスターを魔族と勘違いするなんてあり得ませんよね!あははは......怖いなぁこの人。
「どうかしたか?」
「なんでも無いわよん それでね? コレを使えば勧誘に来た魔族に会えるわよん」
「マジで?」
「えぇマジよん 最初聞いた時に正気を疑っちゃった」
グレイは敵ではあるが魔族の迂闊さに対して頭を抱えた。
勿論、迂闊な方がコチラとしてはありがたいが......ありがたいが組織としてはどうなんだ?。
とりあえずグレイはシスターと知り合えていた己の幸運に感謝することにした。
「こっちで預かっても?」
「全然良いわよ! どうせ持ってても面倒ごとしか無いだろうしねぇ」
シスターに手紙を押し付けられ、小難しい話はコレで終わりとシスターはニコニコとグレイの肩へ手を置き。
「さぁどうせ来たのならお茶していきなさい 最近グレイに会えなくて寂しかったのよん」
「お茶ぐらい何時でも相手するぞ? まぁお嬢が表教会にいる時だけだが」
グレイは知らない。
今頃、教会では大司祭が聖女の漆黒の魔力に胃を痛めている事を。
世界を通して監視していることを。
そんな事は想像もしないグレイはシスターと時間まで談笑を続けるのだった。
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