第4話
筋肉の朝は早い。
日が昇る前に起床し人気のない中庭で鍛錬を行う。
グレイは執事ではあるが本質は護衛だ。
危険があれば立ち向かうのは当たり前、敵が強くて歯が立ちませんでした。
などと言う事態は起きてはならないからだ。
だから体を鍛え、身に付けた筋肉を十全に扱えるように日々怠る事なく状態を確認する意味を込めゆっくりと確認する。
意識を頭の先から肩へ腕へ胸部へ脚部へ爪先へ。
寸分狂わず意識と体が連動する。
次は速度を上げて徒手で空気を裂く。1度2度と繰り返し速度のギアを上げ続ける。
手刀に蹴りを交え架空の相手に繰り出していく。
それはアレスとの戯れのような優雅さも美も無い。
ただ相手を殺害するためだけに繰り出される殺人技巧。
顎を砕き喉を潰し目を潰し人体急所を抉り的確に最小限の動きで敵を排除する冷たさすら感じる悍ましき舞踊。
グレイ自身、それがもたらす結果を怖いほど理解している。
己の技巧と力があれば容易く人を殺める事が出来ると。
だから万が一にでも加減を誤る事のないように日々の鍛錬を怠る訳には行かないのだ。
「凄まじいな あの一連の動きで教会騎士の何人が惨殺されるのか考えたくもないな」
「グレイが凄いの当たり前だ グレイは私の英雄だからな 戦女神程度が知った口をきくな」
グレイの鍛錬の邪魔にならないように影で気配を消しながらミリアリアとアレスが空気を張り詰めながら会話をしていた。
アレスは警戒心を隠す事なくいつでも動けるように腰の剣に手をかけながら横目でグレイの動きを観察する。
ミリアリアはそれを鼻で嗤いアレスを視界にも入れず、グレイの舞踊に見惚れていた。
何故この2人がここまで険悪な空気かというと非常に簡単な事だ。
あの後アレスを呼び出しミリアリアが早々に自身の正体を話したからだ。
最初は懐疑的だったアレスだが、過去の戦争の細部や現時点で使える様々な力を見せれば嫌でも納得せざるを得なかった。
普通ならアルティシア領を消す勢いで殺し合いが発生する筈だった。
魔王の復活の鍵と辺境の領地。
どちらに天秤が偏るかなどと自明だろう。
けれど現実はそうはならなかった。
「グレイが信用している と言う事は現状では貴様に世界を害そうという意思はないのだろい」
その言葉にミリアリアは虚を突かれたように言葉を詰まらせた。
まさかアレスからその様な言葉を聞くなど、どの世界のミリアリアも経験のない事に笑いが込み上げてきそうになるがスグに気を引き締めて、皮肉に顔を歪めて口を開く。
「ほう? もしかしたらグレイは私に恩義を感じる傀儡になってるのかもしれんぞ?」
「ふん あやつが傀儡で収まるか? 間違えば容赦なく道を正すまで筋肉で訴えて来るであろうな」
それが分からぬ貴様ではあるまい?。そう言外に言われ、ぐうの音も出せないミリアリアだった。
それを見てアレスが笑い、ミリアリアが憤怒したのが昨日の話だ。
確かにアレスはミリアリアを魔王と認識したが現時点では驚異ではないと認めはした。
けれど、どうしても神と魔王の関係の溝は埋め難いもので、こうしてアレスが一方的に警戒すると言う関係は作られた。
コレが微妙な緊張感の正体だ。
その後は2人して舞踊を堪能しているとグレイが小さく息を吐いてその動きを止めた。
「お嬢にアレス おはよう随分と早いな」
「あら? 邪魔したかしら......気配は消したつもりなんだけれど」
「む? すまない気配遮断が甘かったか」
謝罪する2人に小さく首を振ったグレイは少し微笑みながら。
「俺がお嬢とアレスの気配を見失うはずがないだろ」
グレイが体を手拭で拭きながら臆面もなく言い切るグレイに珍しく顔を赤らめるミリアリアと喉をならすアレス。
あのアレス?顔が......顔が怖いわよ?。
「それにしても あんなモノは見てもつまらないでしょうに」
どこか恥ずかしそうに頬を掻いてグレイは急いで服を着る。
先ほどまでの聞き迫る様子はなく、いつものどこか抜けてるような気のいい青年のグレイがそこに居た。
「さぁお嬢にアレス まだ外は冷えます 暖かい紅茶でも淹れましょう」
「そうね お願い出来るかしら」
「紅茶か 私はそう言うのに疎いぞ」
「別にいいさ 正直俺も分からんからな」
胸をはって言う事ではないが、その勢いにアレスは笑い、それを見てミリアリアは面白く無さそうに目の光を消した。
「(おい戦女神 グレイと馴れ馴れしくするなよ)」
「(別に良いだろ? なんだ嫉妬か)」
「(嫉妬? バカなことを言うな 私とグレイはそんな低俗な関係じゃない)」
あの間の空間が歪むので指向性の殺気をぶつけ合うのは止めていただけると......あっコレ聞いてもらえない奴ですね。
あの筋肉さん?貴方のご主人と共同体を止めて下さいよ。
そんな仲がいいなぁ的な慈愛の目をしてないで、あっ待って!収拾着いてないのに先に行かないで!。
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