第3話
魔王の復活を疑わない魔族の暗躍。
平和な世界が続いた弊害で生まれた神への不信を利用した邪教の設立。
世界の既知に飽きた魔王が魔族の提案に乗り世界の掌握を始め、新たな勇者も賢者も王も国も全てを壊して世界は終焉へと緩やかに滅び始める。
各地で浮浪者を捨て駒にした陽動が頻発し、その数の多さに騎士団も対応できずに教会へ要請。
そこまでしてようやく裏で動いていた魔族の存在に気付いて人々の祈りに応じてアレスが現界して来た。
と言うわけだ。
このままでは世界が魔王による侵略が始まってしまう。
そこまで見て意識を浮上させる。
これ以上覗いて『あちらの世界』から捕捉されてしまうと面倒だ。
「なるほどね そういう面倒な事は勘弁願いたいのだけれど」
ミリアリアは余計な事しか起こさない魔族の事を考えため息を溢した。
他の世界ならどうでも良いがこの世界でだけは勘弁して欲しい。
確かにその気持ちと忠誠心だけは嬉しく思わなくも無い。......やっぱり煩わしい。
ミリアリアの表情から色が抜ける。暖かな色も漆黒の感情も......そこには何も無く虚無だ。
「消すか」
悍ましい声がミリアリアから溢れる。
煩わしい虫を払うかのように何も感情を乗せない言葉に寝室の温度が急激に下がった。
聖女ミリアリアには他人に言う価値のないどうでも良い過去がある。
魔王として世界を滅ぼしかけた過去が。
別段、世界に恨みがあったとか大層な理由がある訳ではない。ただ飽きたからだ。
既知に耐えきれずに思考を止めた。ただそれだけ。
世界のバグである魔王には唯一の反則が使える。
並行世界や別次元の同一存在を覗くことが出来き、その過程で世界のデータも記録出来るのだ。
それを魔王は呼吸を行うのと同レベルで行い続ける所為でコレから起きる事、起きている事の全てを既知と見紛うほどに記憶してしまう。
結果、飽きる。
何をしても既知を感じ勇者に敗れるという事すら決定事項のように受け入れて来た。
だから魔族に言われるがままに世界を滅ぼそうとした。
何をどう生きようが既知しか感じないのなら自身の意思など持たない方が楽だから。
そして、1度滅ぼそうとしたけれど、それは勇者に負けて頓挫したし、今の『私』には関係のない事だ。
現に今世では誰も殺していないからノーカンという奴だ。
いけない別世界の私の情報が強い。
修正しておかないと......他の私達に彼を魅せる訳には行かないのだから通路は念入りに潰さないと。
頭を振って魔王の残滓を振り払う。
そろそろアレスと父の話し合いが終わる頃だろう。
いつもならこの後は調査を重ねたアレスがミリアリアの魔王の魂に気付き、同時期に現れる魔族と信者によってアルティシア領を巻き込んだ争いが始まる。
その動乱で父と母が死に私は魔王として再び傀儡になることを決める。
それが世界の筋書き。陰気な管理者が好みそうなデータだ。
だがこの世界では無意味な筋書きだ。
何故なら。
中庭の広場から歓声が聞こえた。
まるで闘技場を思わせるほどに荒々しい声。
ミリアリアが窓から外を覗くと威風堂々と仁王立ちするアレスと上半身裸で拳を構えるグレイの姿があった。
ほらさっそく既知が消えた。
どうして人間の貴方が戦女神のアレスと対峙しているの?とか厳格な教会騎士が闘技場の観客みたいに騒ぐにはどうなの?とか言いたいことは山ほど湧いて来る。
けれどそんな事より足が先に動いた。
楽しそうなことの輪に私を入れないなんて酷い人なんだから。
//////////
「準備は良いか!」
アレスが構えること無く声を上げる。
対するグレイは体から余分な力を抜いて頷いた。
グレイの姿がブレて消える。
あまりにも突然に消えたグレイに歓声を上げていた教会騎士が戸惑うが瞬きをした瞬間に拳を振り抜いたグレイとそれを防いだアレスの姿があった。
「まさか私がガードさせられるとは......見た目と裏腹に鋭く重すぎる拳 コレが下手な鎧なら貫通していたな」
その言葉に教会騎士が響めく。
現界した神は元の能力より下げられる。それは世界のルールを逸脱しない程度の範疇ではあるが、それでも人が太刀打ち出来る存在ではないのだ。
それが戦女神ならば尚更。
「そら! 次はコチラからだ!」
音は遅れて聞こえた。
足がグレイの頭部のあった場所で振り切られているがそこにグレイの姿は無い。
「いやいや 酷いじゃないかアレス 普通なら死んでるぞ」
避けた。
目視すら出来ない蹴りを高速で後退する事で避けたのだ。
「ぬかせ 普通の人間が私の前に立てるものか」
「そりゃ俺には筋肉があるからな 俺が間違えなければ筋肉が着いてくる」
なら恐るものは何もない。
2人はニヤリと笑い、今度は同時に姿が消える。
時折巻き起こる砂埃や打撃音や風切り音が聞こえる事で闘いは続いていると言う事は教会騎士達は理解するが頭が状況を飲み込めない。
最初は冷やかしが大半だった。筋肉共同体という謎の存在である青年が羨ましかったのもある。がアレス神が認めた人間がどのような傑物なのかを確かめたかった。
そんな考えもグレイの肉体を見た瞬間に消し飛んだが。
魔法が使えぬ者は使える者には勝つ事も抗うことも出来ない。それが常識だった。
この時までは。
「しゃらぁ!」
「なに!しまった!」
次に姿が見えた時、2人は体中に打撃痕が見えたが互いに楽しそうに獰猛な笑みを浮かべている。
殺意などは無い。
ただ己の肉体と技術と維持の張り合い、それがどうしようも無く楽しいのだろう。
同時 拳は頬に突き刺さる。
アレスは無意識に魔力を使い衝撃を軽減し踏み止まるがグレイは意識が一瞬飛び足が絡れ倒れる。
「あーあ間に合わなかった」
そこを駆けつけたミリアリアに抱き抱えられた。
柔らかな感触、久しぶりに感じた懐かしさで完全に意識が閉じた。
それを愛おしく抱きしめるとグレイの体に染み付いたアレスの痕を消すように撫でる。
ほのかに魔力が走る光が溢れると痕が綺麗に消えていた。
「楽しそうなキミを観るのは大好きだよ でも他人の痕が残るのだけは我慢できない」
グルンと顔を教会騎士とアレスへ向ける。
「満足しましたか? なら早くこの荒れた中庭の修繕をお願いしますね」
アレス達はミリアリアの圧に黙って頷くしか無かった。
楽しい事も未知も愛すべき事だし、ドンドン起きて欲しい大歓迎だ。
しかし、それとコレとは別だ。グレイが傷付くのは大嫌いだ。
だからミリアリアは聖女になるのだ。グレイをいつでも治せるように。
ミリアリアに未知をもたらした英雄を護るために。
それはそれとして管理者への怨みは忘れないが。
待ってください!今回は私も想定外の動きで......。
「黙れ」
はい。
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