第9話  歳月

 あれから何年の年月が流れただろう。私もよい歳になった。知らなくても良い事まで見える歳になり、本当は地に足を着けてしっかりと生きていなくてはならない筈なのに未だに地に足は着いていない。


 いろいろと人に迷惑を掛ける事もある。しかし、社会人になり大切な時期に何故か一緒に寄り添ってくれたあの人が居たからこそ今をこうして生きているだと思う。


 北海道に渡った私は何回となく転職をしたが、常にそれが現場であれ管理部門であれ「旅客自動車」の仕事を選んで来た。それはこの仕事をしていれば、いつかあの懐かしい人の顔を見る事ができるのではないか…そんな淡い期待と旅する皆さんの笑顔に応えたかったから。


 では淡い期待は実ったのかと言われれば答えはNoだ。現実社会ではそんなテレビドラマのような展開は有り得ないのだ。しかし、旅をする皆様と一緒に充実した日々を送っているのも事実である。


 考えれば城野さんも70歳に近くなった。もう40年近く前の出来事で新入職員と交換ノ-トをした事は日々の生活に埋もれて忘れてしまっているに違いない。だが、私は今も桜の花が散る頃になるとあの日々がつい昨日のように鮮明に記憶に甦って来るのだ。そしてとても愛おしく切ない気持ちになる。


 きっと私は「秘書課の統率」「厳格な先輩」「8歳年上」と云う意識が心に蓋をしつつも密かに心の中ではあの人に恋をしていたのだと思う。


 そんな私の記憶の中の城野さんはあの時のまま、今も季節外れに密やかに咲く花のように鮮やかに優しく私の中に存在しているのだ。


 あの頃に寄り添ってくれた大切な忘れられない人にこの小説を捧げる。


                                    完

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あの人と私の物語 北渡 九郎 @etfsk93r

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