第8話 静かな暮らしのある風景
海に背を向けると通路には既にタクシ-が待ってくれていた。
「お帰りなさい。駅に戻りますか?」
「お願いします」
「あの展望台で汽船を見るって、どなたかのお見送りだったんですか?」
ドライバ-は何となく聞きにくそうにしながらも口を開いた。
「見送り…というよりは、自分のつまらない拘りを捨てに来ました」
「拘りですか?」
私は今までにあった事を掻い摘んで話すとドライバ-は…
「そうですか。だからあそこに…切ないお話です。ある時期をきっかけに良い関係だったお二人の運命が違う方向に動き始めてしまったんですね」
「そのきっかけは私かも知れません」
「多分、遅かれ早かれ女性の方に結婚話は出たんだと思いますよ。別にお客様が原因ではなく、偶然が重なっただけの話です。この上越や北陸方面では見合いして直ぐ結婚って話は意外に珍しくないんです」
「確かに言ってました。これは珍しい話ではないって」
「そうなんです。首都圏では珍しいというか戦時中じゃあるまいしって思える事が地方では普通なんです。男性から見れば早く結婚して子供を作り、跡取りを残す。一次産業で働く人の多い地域ではそれが美学なんです。古い考えかもしれませんが…。これでまた子供が出来ないと子供はまだかと親戚中から言われて大変なんですよ。それだけに女性の方の決心は強かったのだと思います。あ、駅前に到着です。行き帰り使って頂いてありがとうございました。今度またゆっくり遊びに来てください」
「いろいろとありがとうございました。お釣りはタバコ代にでもしてください。あと、これを…」
と言ってブラックコ-ヒ-を出すとドライバ-はニコッと笑い、「元気を出してくださいね」とぐっと拳を握ってみせた。
「ありがとうございます。また拘りのない時にゆっくり遊びに来ます」
私はタクシ-を降りると新幹線改札口に急いだ。ホ-ムには上野行「とき」が待っている。懐かしい名前だ。当時は「あさひ」が速達性を重視しているのに対して「とき」は各駅停車のタイプであった。
帰りはゆっくりとあの人を想いたくて「とき」を選んだ。外の景色は一軒一軒に明かりが灯り、人々が静かに暮らす風景。きっとあの人も夜になれば明かりを灯して家族が帰るのを待つ穏やかな暮らしがこれから待っているに違いない。
だからあなたの幸せになる選択は間違っていませんでしたよ。と私は外を見ながら呟いた。
気が付くと列車は思った以上のスピ-ドで上野に近づいていた。車内アナウンスが私を現実に引き戻し、「とき」はゆっくりと上野駅のホ-ムに滑り込んだ。
夜のタ-ミナル駅…様々な思いが交錯する出会いと別れのある所。通勤や旅行客でごった返す構内を私はゆっくりと歩いた。城野さんの未来がずっとずっと輝き続ける事を祈りながら…。
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