第3話

 しかし、途中でその鼻歌も足も止まってしまった。


「……おい、ありゃ何だ?」


 そう言いながら中垣が指し示したのは少し離れた場所、柱の後ろにある薄く光っている何か。

 先ほど中垣が言っていたようにここは街から離れた廃ビルの三階である。

 電気が通っているわけもなく、発光する何かが存在するはずもない。

 これまで柱によってその何かに気付けずにいた堀江と佐藤は血液が凍りつくような緊張感を覚える。


「いや、その、気づいてなくて」


 何とか弁明しようとする佐藤だったが、それを聞かず中垣は光に近づいた。

 そのまま中垣は光を手に取り、鬼のような形相を浮かべる。


「やらかしやがったな、テメェら」


 怒鳴るわけでもなく普通の声量のまま語気だけを強め、堀江と佐藤に言葉をぶつけた。

 何を怒られているのかわからず立ち尽くす二人。

 中垣は二人の元へ歩きながら持っていた光を見せつける。

 そこには『通話中』という文字が映し出され、一時間を超える通話時間が表示されていた。

 瞬時に何が起きているのかを察した二人の顔からは血の気が引いていく。


「あ、え……まさか、こいつ」


 佐藤はそう言いながら亡骸を仕舞い込んだ布袋を睨み付けた。

 どうやら亡骸は亡骸になる直前、仲間に電話をかけ自分が亡骸になる一部始終を伝えていたらしい。

 もちろん中垣もそれに気づき、鬼の形相を浮かべたのである。


「おい、相手の通信機器をぶっ潰すのは基本だろうが」


 そう言いながら中垣はその光を地面に叩きつけて破壊した。

 

「これだからガキに『始末』させんのは反対だったんだよ。ツメが甘すぎる。わかってんのかテメェら」


 中垣は言葉を続けたが堀江と佐藤は何も答えられない。

 自分たちが犯した大きすぎるミスに思考を引っ張られていた。

 たった今まで通話中だったということは組織についても明日の取引についても誰かに知られてしまったということになる。

 組織にとっての損害は大きく、それがそのまま自分たちの責任の大きさであるとわかっているのだ。


「おい、何黙ってやがるガキども。どう『始末』つけるつもりなんだよ、おい」


 黙っている二人に中垣が問いかける。しかし二人には返す言葉など存在しなかった。

 その沈黙に我慢できなくなった中垣は大きな舌打ちをしてから煙草に火をつける。


「ふー、起きてしまったことは仕方ねぇ。おい、佐藤……『始末』の仕方は教えてあるよな。俺はこのことを報告しなきゃならねぇ、お前はやるべきことをやれ、いいな?」


 中垣は佐藤にだけ指示を出して廃ビルを出て行った。

 その背中を見送る佐藤は汗をかき、俯きながら苦しそうな表情を浮かべる。

 そんな佐藤に堀江が慌てて声をかけた。


「お、おい、佐藤。どうしたんだよ、ってかどうすんだよ。どうすりゃいいんだよ。そもそも『始末』って何だ。俺は何も聞いてねぇぞ」

「……」

「何黙ってんだよ、佐藤。ヤベェってこれ」

「……」


 それでも何も言わない佐藤。焦燥感に耐えきれなくなった堀江は佐藤の両肩を掴み再び話しかける。


「なぁ、何とか言ってくれよ相棒! かなりヤベェだろ、これ。ともかくコイツが誰と通話してたかを調べて『始末』するっきゃねぇだろ」


 先に進むための意見を口にする堀江だったが佐藤は何も話さない。

 いや、何も話せなかった。

 彼には明確にするべきことがあり、それをこなすには堀江との会話は邪魔になってしまう。

 黙ったまま佐藤は自分のポケットに手を入れた。

 何をするのだろうと焦りながらも佐藤の仕草を観察する堀江。

 

「おい、相棒。何して」


 問いかけている途中で堀江は言葉を止めた。

 佐藤が何をしようとしているのか理解してしまったからである。

 ポケットから出てきた佐藤の手に握られていたのは小さな拳銃だった。


「佐藤、お前」

 

 堀江は自分の心臓が止まってしまったかの様に感じるほど驚いてしまう。

 その銃口が自分に向けられたからだ。

 理解が追いつかず名前を呼んでしまう。


「佐藤」


 しかし佐藤は何も答えず引き金に指をかけた。

 着々と行動は進んでいる。


「おい、何の冗談なんだよ。なぁ、佐藤。こんなことしてる場合じゃないだろ?」


 再び堀江が問いかけるとようやく佐藤は口を開いた。


「いや、こんなことをしてる場合なんだよ、相棒」

「相棒? じゃあ、どうして俺に銃口を向けてんだ。俺が言ったように誰と通話してたかを調べて」

「もうそんな段階じゃないんだよ。通話してたってことはこの場所だってバレてる。警察が来るのも時間の問題だろ。明日の取引どころか組織の内情だって」

「組織なんてどうだっていいだろ」


 必死に言い返す堀江。しかし佐藤の心には響いている様子はなく淡々と話を進める。


「ああ、組織なんてどうだっていいよ」

「じゃあ、どうして俺に銃口を向ける?」


 問いかけられた佐藤は少しだけ苦しそうな表情で答えた。


「……生き残るためさ」

「それが俺を撃つ理由かよ?」

「お前と離れる理由さ。じゃあな、相棒」


 言いながら佐藤は引き金を引く。

 物が少ない廃ビルでは音が響きやすい。

 発砲音が四方の壁に跳ね返り、音の圧力が堀江にぶつかる。

 しかし堀江はそんな音など気にしていなかった。いや、音を気にする余裕などなかった。

 

「うぐ、ああああ!」


 堀江の悲痛な叫びが発砲音の余韻を消し去る。

 まず最初に堀江を襲ったのは後方へ弾かれるような衝撃。その時点では何が起きたのかすら理解できなかった。

 どう考えても撃たれたに決まっている。だが、そんな目の前のことすら忘れてしまうほどの熱さが堀江を襲ったのだった。その熱さが痛みだと気づくのは次の瞬間である。

 ともかく堀江は佐藤に撃たれ、その場に倒れてしまった。


「ぐっ、うう、ああああ」


 相棒に撃たれた心の痛みと鉛玉が貫通した実際の痛みが堀江の脳内を駆け巡る。

 痛みでのたうち回る堀江を見下ろし佐藤は苦痛の表情を浮かべた。

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