第4話

「こうするしかねぇんだよ。お前は生きろ」


 そう言い残し、佐藤はその場を去る。

 痛みに思考を奪われながらも堀江はその言葉を聞き漏らしていなかった。


「ううっ、何だよ、それ。テメェで撃っといて生きろって」


 言いながら堀江は自分の右太ももを押さえる。もちろん出血を止めるためだ。

 佐藤に撃たれた傷がジンジンと痛む。その傷を押さえながら堀江はあることに気づいた。


「脚?」


 気づいたのは撃たれた箇所。殺すつもりだったならば頭でも心臓でも打ち抜けばいい。しかし、佐藤は打つ瞬間に銃口の向きを変え、脚を狙った。

 つまり堀江を殺すつもりなどなかったということだろう。


「くっ、なんで脚を……それに生きろって」


 呟きながら堀江はこの後何が起きるのかを想像した。

 廃ビルで亡骸と撃たれた男が一人。そう待たずして警察が乗り込んでくるだろう。その時、警察の目には堀江が被害者の一人として映るかもしれない。巻き込まれた一般人のフリをすれば組織からも罪からも逃れることができる。

 そこまで思考が至った時、堀江は佐藤が取った行動の真意を理解してしまった。


「あの野郎……一人で」


 痛みと闘いながら呟き、堀江は何とか立ち上がる。

 右足に体重をかけるだけで泣き出したくなるような痛みが体を突き抜けた。しかし、それでもしなければならないことがある。

 血の滴る右足を引き摺りながら堀江は歩き始めた。


「くそっ、いてぇ……」


 堀江が通った後に血の道が出来上がっていく。

 だがそんなものは今に始まったことではない。これまで歩んできた道も血に塗れていた。しかし、どんな道であろうと二人で歩めば痛みなど感じない。

 それほど堀江にとって佐藤は大切な相棒だったのだ。かけがえの無い存在だったのだ。

 改めて気づいた堀江は思わず笑みを浮かべる。


「馬鹿野郎、ここまで二人で生きてきただろうがよ」

 

 そう言いながら何とか廃ビルを出た堀江は足跡を探した。

 すると、そんなことをするまでもなく少し離れた廃屋の中にいる人影が窓越しに浮かび上がる。

 こんな場所に他の人間がいるわけもない。どう考えても佐藤本人だ。

 堀江は脳から痛覚を消し去るように気合を入れ、どうにか廃屋に向かう。

 足を引き摺った堀江が廃屋のドアの前に立つと啜り泣く男の声が聞こえてきた。


「うっ……」


 堀江にとっては聞き慣れた佐藤の声である。

 何故佐藤が泣いているのか、既に堀江は答えに辿り着いていた。

 堀江に放った『お前は生きろ』という言葉。つまり自分は死ぬということである。

 自分を守るために佐藤が死のうとしているということが堀江にはわかっていた。

 ドア越しに堀江が語りかける。


「俺を置いて行こうとするなよ、相棒だろうが」


 その声を聞いた佐藤は慌てて窓から外を覗き込んだ。

 佐藤の目に映ったのは、右足から出血し立っているのもギリギリの堀江の姿である。


「何してんだよ、堀江!」

「何してんだよはこっちのセリフだよ。相棒じゃなかったのかよ?」


 堀江は苦しそうな表情で佐藤に問いかけた。

 すると佐藤は奥歯が砕けそうなほど心の苦痛を噛み締めながら答える。


「相棒だよ。だからお前と離れたんだろうが!」

「ふざけんな。相棒なら最後まで隣に居ろよ……佐藤がいないと生きてたって仕方ねぇだろ!」

「俺だってそうだ、そう思ってるよ」

「じゃあ、どうして俺だけ助けようと……俺を助けるために撃ったんだ」


 助けるために撃ったなどという奇天烈な堀江の言葉だが、この場合は正しい。

 佐藤もそのつもりでいた。ほとんど堀江の推測通りである。

 だが、佐藤は首を横に振った。


「違うんだよ」

「何が違うんだよ。二人で逃げればいいだけだろ! この際、佐藤も足を撃って二人とも被害者になってもいい」

「それじゃあダメなんだ」


 苦しむような表情で答える佐藤。

 彼が何を抱えているのかわからず堀江が問いかける。


「何がダメなんだよ。二人だったら何だってできる。そうだろ?」

「できないことだってある」

「何ができないんだよ、言ってみろよ!」


 感情的になり堀江が言葉を放った。

 すると佐藤は少し黙ってから自分の右胸を指差す。


「このまま二人で生きることだ……俺の心臓近くには小型の爆弾が埋め込まれてる。仕事をミスった時、裏切った時にすんなり消すためだ」

「は……爆弾?」

「ああ、組織に入る時に埋め込まれた。それが俺たち二人が生き残り組織で『仕事』をする条件だったからな」

「聞いてねぇぞ」

「言ってねぇからな」


 言いながら佐藤は額を窓に預けて俯いた。

 佐藤の言葉を聞いた堀江は去る直前に中垣が放った言葉を思い出す。

 中垣が語ったのは『始末』についてだった。果たしてその『始末』とは何を示すのか。

 どうしても答えに辿り着けず堀江が問いかける。

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