第2話

「チッ、こんな時間にこんな場所で仕事してんじゃねぇ。真夜中に街から遠い廃ビルの三階なんてよぉ、確認するこっちのことも考えろ」


 脅迫されるような形で組織に所属している二人には当然のようにお目付役が存在する。『仕事』を全うするか、裏切らないかを確認するための上司、中垣だ。

 中垣の声が聞こえると二人は即座に振り返り頭を下げる。


「お疲れ様です」

「ああ? 別に疲れてねぇよ、勝手に決めんな」


 気だるそうに中垣はそう言い放った。二人の挨拶が間違っていたわけではない。中垣という人間がこのような性格だというだけである。


「すみません」


 佐藤が煙草を地面に放り投げながら謝ると中垣はツカツカと近づき、彼の腹部に拳を捩じ込んだ。


「うぐっ!」


 驚きはしない。中垣にとって暴力は挨拶と同義である。だが、苦痛に耐えきれず佐藤が声を漏らした。

 すると中垣は何事もなかったような声色で佐藤に告げる。


「ポイ捨てすんじゃねぇよ。環境をなんだと思ってんだ」


 人のことをなんだと思ってんだ、と心の中で言い返す佐藤だが声に出すわけにはいかず頭を下げた。

 一方、堀江はその場から動かずに両手を背後で組み立ち尽くす。佐藤を庇おうと思う気持ちがないわけではない。しかし堀江が庇うような動きを見せると中垣は更に佐藤を殴りつける。そのため動くわけにはいかなかった。

 佐藤を殴ったことで満足感を得たのか中垣は話を『仕事』に戻し、二人に指示を出す。


「おい、さっさと片付けてしまえ」

「は、はい!」


 慌てて亡骸の撤去作業に戻る二人。

 その様子を眺めながら中垣は煙草に火をつけた。


「ふー、やっぱり一仕事終えた後の煙草はウメェな、おい」


 お前は何もしてないだろ、と思いながらも堀江と佐藤は手を動かす。

 その間も中垣は自分の満足を得るために話を続けた。


「ふー、ウチの組織はどうなってんのかねぇ。ガキ二人に『後始末』させるわ、警察犬の潜入を許すわ、雰囲気が緩くなってきてんじゃねぇか?」


 彼の言うガキ二人とは堀江と佐藤。警察犬とは二人が片付けている亡骸のことを指し示している。

 説明するほどのことでもないが亡骸の正体は警察の潜入捜査官だ。その正体を組織が暴き、『始末』することとなったのである。

 その後も中垣は独り言を続けた。


「これからデケェ仕事もあるってのにこんな空気で大丈夫なのかと思うね、俺は。明日の取引にしたって情報が漏れちまってたら組織ごと引っ張られちまうぞ。まぁ、その取引の時間にはお前らを見張りに立たせるからよ。明日の午後九時、港の第二倉庫だって忘れんなよ」


 そう言いながら吸い終えた煙草を地面に投げ捨てる中垣。

 環境への気遣いはどこへ行ったのかと言いたくなるが言えない二人。

 そんな話を聞いている内に亡骸の撤去作業は進み、後は布袋を持ち上げるだけになった。

 作業の終わりを感じた中垣は自分の仕事を終えたような表情で指示を出す。


「いつも通り埋めてこいよ。全部終わったら組織の方に報告しとけ」

「わかりました」


 彼の機嫌を損ねないように返事をする堀江。

 同じように佐藤も返事をした。

 ようやく仕事が終わったことで機嫌が良くなったのか、中垣は鼻歌混じりにその場を去ろうとする。

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