第7話「99式自動貨車」ケース〈義烈〉その2〜断章〜
「話は聞いてる。自動車の戦いは得意だそうだね。」
豊岡の林の中に設けられた「特別部隊」の中隊長室で
敬礼した我々二人を出迎えてくれた森山大尉から握手を求められた。
「同じ大尉だが、よろしく頼む」
表裏を感じない笑顔で、私を歓迎していた。
元の隊を離れるときに、連隊長が「少しは箔をつけた方がいいだろう」と平井上等兵とともに「一階級特進」を申請してくれ、それは正式に受理された。
「しかし…」
何かしら思うところはあるのだろう、うんうんとうなづきながら
「よく来てくれたものだ」
わっはっはっは、と物語の世界ではそのような笑い声を知っていたが、現実にそんな笑い声を聞くと不思議にも思えた。不快ではない、演技ではない、この人の地なのである。なんとも豪快な人だ。とても陸軍第一の精鋭部隊の長とは思えなかった。いや、このような清濁併せ飲んでもなお自分を見失わない人物こそがふさわしいのかもしれない。
この作戦の困難さは間違いない。それどころか、半分も到達することが難しいかもしれない。
作戦の詳細は伝えてくれた。
サイパン島突入
B29地上破壊
「あとは実行日だけだ」
つまりは陽動か…ただし我々車両の動きはどうするかという視点での検討はまだなされていなかった。
ここ豊岡では奥山大尉率いる空挺部隊は原寸大のB29の模型を相手に、爆破訓練を繰り返していた。自分たち任務の重要性を認識している彼らは。
「一人五機」
を合言葉に、何度も効果的な攻撃をするための検討と訓練に励んでいた。
こんなに体格のいい兵がそろっているのは初めてだ。聞けば全員が柔道・剣道の有段者だという。それなのにエリート然とはしていない。自身に自信があるのだろう。部外者とも言える我々にも気さくに対応してくれた。
その中の一人が自動車運転を引き受けてくれた。村上上等兵と名乗った。
「あまり運転はしていなくて…」
そりゃそうだろう。歩兵とか輜重・兵站とかとは違う。せいぜいが基地内をうろうろする程度しか経験がないだろう。
次の日から、3人での訓練が始まった。
最初は平坦な道路、そして荒地。基地内外をこれでもかというくらいに走り回る。
こちらの意思がどの程度伝わり、そして言葉の指示だけでなくとっさの判断を自ら行えるくらいに。
「最後の最後はこの車で体当たりしますよ」
ときっぱりと言う村上上等兵に
「だめだ」
とこちらもきっぱりと言う。絶対に譲れない。
「最後の最後を作らなければいい」
そういう私に村上上等兵は化け物を見る目で顔を向ける。
「我々はかく乱だ。弾丸が続く限り、部隊の兵全員が死ぬまで敵を撹乱しなければならない。そして…」
言葉を切る。村上上等兵ののどがごくりと動く。
「その最後の一兵には、村上上等兵、貴様も含まれる」
これは信念だ。この3年間戦い続けた信念だ。自分の部隊の一兵が生き延びていたら、自分は死ねない。それこそが部隊を率いる自分の役割だと思っている。
「もし敵の捕虜となったら、不平を言え。扱い、食べ物、なんでもいい。捕虜全員で訴えるんだ。おとなしくしている必要はない。食料は特に倍食べろ、一人が二人分、敵の食料を食べることで奪え。隙があったら収容されたところを逃げ出せ。そして車両の一台、ドラム缶の一本でももやせ。それが敵に少しでも負担をかけることになる。隙を与えないように敵が厳重に守ろうとすればするほど、負担は大きくなる」
一気にまくし立てる。反論は許さない。上官だからの命令ではない。同じ車両で共にする仲間だからこその命令だ。
これは、以前の隊でも少しずつ浸透してきた考えである。定量的思考は前線の兵を中心に広がっている。
『兵士道は生きることに見つけたり』
自分が死ぬことより、生き延びることで敵に圧力をかけ続ける。それこそが負けない戦いだ。
またこの部隊に度々航空軍の参謀がやってきて、「死に急ぐな、ゲリラ戦をやれ」と指示していた。
まだ十分には納得していない様子を見せたので、
「一人5機…という話だったな?この車両に乗るのは3人、15機を、そしてグライダー要員を含めれば5人、25機を狙う…それまで死なない、死ねない」
村上上等兵はぐっと顔を引き締めた。
「捕虜になってでも、その戦いは続くんだ」
「はい」
大きく頭を縦に動かす。
食事は豪勢だった。後方とはいっても戦いは続いている。そんな中でも三度三度の食事は量も質も優れたものであった。大本営直属の部隊とあって特別扱いであり、最初、大喜びだった平井伍長も次第にその量にはうんざりしていた。何せ体格の良い空挺隊員に合わせたものであるからだ。
この作戦には四台の99式自動貨車丙型が参加する予定だった。夕飯は士官同士が訓練の様子や計画の詳細を話し合うために集まり、上げ膳据え膳状態で食事をとっていたが、昼飯は四台の車両班全員でとり、自動車戦闘の問題点を出し合い、時には地図をもとに車両の動きを確認していた。もちろん仲間意識を少しでも上げようとする目的もあった。私たちを含む三組が歩兵科、一組が輜重科の出身であった。それぞれに一人ずつ空挺隊からの支援兵が付いていた。いずれも自動車を使った戦闘経験が豊富で、共通の経験や話題があり、階級や部署という壁を払うことは次第にできたことは幸いであった。
そして移動命令が出た。
航空隊がある浜松基地である。
「平井伍長殿」
と、先行していた車両整備班の兵が平井伍長を呼んだ。
平井伍長は言葉数こそ少ないが、人との接し方がうまく以前の部隊でも「平井班」などといわれる兵科や部隊を越えたグループが形成されて、車両のこまごました改造や97式自動砲の設置や取り扱いにあれこれと手を出し口を出していた。この部隊の中でもいつの間にかグループが出来上がっているようであった。
「見つけました。例のもの。もう手に入れてます」
「ついでに別のものも手に入れてます。4つ」
何事だと不信に思ったのが顔に出たのだろう。平井伍長は軽く笑う。
「あれですよ」
整備されている自車を見てみると、見慣れたものが助手席に鎮座していた。
97式自動砲
である。
「この隊にも支給されていたのですが、落下傘で下すのには重すぎるし、第一、あの一門のために10人も用意しなければならないので放置されていたようです」
それでなくても落下傘で降下すると部隊はかなり広がる。うまく自動砲を下したとしても10人が集まるまでは大変だ。ならば2人で使える軽機の方がましだし、一人でも使える擲弾筒の方が使い勝手がいい。
97式自動砲ならば平井伍長が慣れている。火力として申し分ない。
「それから、別のもあります」
と、あらためて後部席の銃筒を見ると見慣れない細いものがついている。
「飛行機の機関銃ですよ。新型ができたためにもう使っていないと聞きました」
「今回は弾を盛大にばらまくことが必要みたいなので、貰ってきました」
なるほど、かなり速く車を動かすだろうから狙いをつけて数発ずつなどより、当たるが幸いと弾幕を張ることが重要だと、車両班の昼食の時に話をしていた。
『九八式旋回機関銃甲』
と銘が打ってある。なんでもドイツの機関銃をコピーしたものらしい。弾薬もチェッコ機関銃のものが使える。サドル式で75発入りの弾倉はかなり重いが、有り余る利点がある。発射速度である。
九九式軽機が750発前後、こちらは1000発ある。なんでもドイツの機関銃は命中率よりも敵兵の頭を上げることを防ぐために発射速度を重視しているという話だ。
試射すると、私の腕が悪いこともあって確かに命中率は悪い。ただその発射速度は素敵に思われた。
浜松では、飛行機に乗りその感覚を確認したり、グライダーの胴体部分のみが設置されて車を素早く降ろすことを何度も確認したりと、実戦への準備が進んだ。グライダー降下も二度ほど経験した。
他の降下部隊もフル装備で飛行機から降り、散開することを繰り返していた。
ちなみに、個々に百式機関短銃が支給されたが、ビルマから持ってきたトミーガンがすでに手元にあった。
「欲しかったのだろう?持ってけ」
と、部隊から離れる旨を報告に行くと、連隊長が二人に二丁与えてくれた。
「それから自前のものではあるが…」
ホルスターに入ったピストルが渡された。欄印インドネシアの友人から贈られたものらしい。ホルスターから出したものは、ルガー拳銃である。私の私物であるブローニング拳銃(FN ブローニングM1910)のような安物それでもそれなりにしたではない。
「やるのではない、貸すんだ、必ず返しに来い」
計画の概要までは知っているが、その内容までは教えてくれない連隊長からの「帰ってこい」というありがたい言葉を含んでいた。
浜松について三週間。
もういつでも出撃できる。部隊の皆はそう感じ始めていた。さざ波のようにじわじわと部隊全体をその空気は広がっていく。
厳しい訓練が続き、それでも隊員たちには食事中や休憩中に緊張感が増しているようには思えなかった。ただ、視線は日々鋭く強くなっていくことを感じていた。
そんなある日。
トラックが数台やってきた。いつもの補給物資か…とのんびりと構えていたら、
「大尉殿、お願いします」
と、私を呼ぶ声が聞こえた。手近にいる上級将校は私だけである。
トラックの中には、木箱が多数。何事かと不安に思っていると、そのうちの一つが下ろされた。中には何かしら細い筒のようなものの前に一回り大きな缶詰のような筒状のものが付いているものが四本互い違いに入っていた。爆発筒?
『試製五式四十五粍簡易無反動砲』
と表紙にある取扱説明書が箱の中にある。
ちょうど訓練の中休みの時間だったこともあって、隊員たちがぞろぞろと取り囲む。説明書は数冊あったので、それを配り自分自身も読んでみる。
「すごい…」
と、ある兵士がうなる。
たしかにすごいものだ、使えるとしたら。
個人携帯の対装甲兵器だ。一人で使える。有効射程は50メートル、実際にはそれよりは飛ぶが、今、降下隊員たちが持っている柄付き爆弾や爆弾帯に比べればかなり楽になる。自爆覚悟で攻撃しなくてもいい。
『試製五式四十五粍簡易無反動砲』
は、個々に二門、そして試射用に二門配られた。かなりの数である。とても『試製』という言葉にそぐわない。などと考えていると、口に出たのかもしれない。
「大本営も豪勢なもんだ」
新しい兵器を取り囲んで口々に批評している兵たちのその様子を眺めていると、森山大尉の声が後ろから聞こえた。
「なんでもドイツのものを参考にしたらしい。試作、即、量産だ。歩兵も工兵も大喜びだ」
いたずらが成功したかのように愉快そうに笑う。
火炎瓶や地雷を抱えて戦車に突っ込むだけだった攻撃を
「一人で戦車と戦える」
ということで、うわさを聞き付けたさまざまな部隊長からやんのやんのと催促されているらしい。兵器の制式採用など吹っ飛んでいる。
「来てくれ」
トラック近くの喧騒の中、森山大尉が私を呼んだ。
しんとした兵舎の片隅の中で軍靴の音だけが響く。
「決まった」
中隊長室に入った途端、私を振り向きこう述べた。
何が?わかっている。
「一週間後、硫黄島に移る。給油の後、そのままサイパン島だ」
森山大尉は私が指示の言葉を飾ることを厭うことを知っているため、きっぱりとした口調で言う。
「始まりますか…」
「そう、やっと…」
ほっとした言葉だった。私にとっては二か月余りだが、森山大尉にとっては半年。長いことだったろう。傍から見ていても、さまざまな苦悩があったはずだ。そして周囲のやっかみと期待も…それを持ち前の豪快さで吹き飛ばしていたように見えていた。
「やっと」
その言葉の持つ空気が部屋中に広がり、私には突き刺さるように聞こえた。
敵からの攻撃の隙間に合わせ、硫黄島に集合した97式重爆は、あるものは完全装備の空挺隊員を乗せ、あるものはグライダーを牽引し飛び出した。これから空路3時間余り。浜松基地で軍服に迷彩のために塗った淡緑色の染料の匂いがなかなか消えないでいた。99式も米軍に合わせオリーブドライに似た色で塗られていた。(さすがに星のマークは入れていない)
グライダーに乗る前はにこにことした笑顔を絶やさなかった村上上等兵も、次第に黙りがちになった。
風切り音と遠くの97式重爆のエンジン音。グライダーの中は暗闇の中で静かな時を過ごしたいた。平井伍長は戦闘糧食として配布された羊羹を口にしていた。
戦闘食料と言えば、隊員のほとんどが世話になった整備兵らに分け与えており、各々最低限のものを携行していた。私自身も海苔巻きと固形塩、キャラメル以外は車両整備班に与えていた。ついでにビルマから持ってきていて使いきれなかったウィスキーも分けてしまった。貰った兵たちが喜び半分悲しみ半分の顔で、
「武運を祈ります」
と言ってくれた。たぶん死出の旅と思っていることだろう。だが、そんなに簡単には死ぬことを覚悟していない。最後の最後まであがくつもりだ。
「あと30分くらいで切り離されます」
母機からの連絡を受けて、グライダーの機長から声がかかる。
時計をちらりと見る。蛍光塗料の文字盤が薄く浮かび上がり、予定より5分程度の遅れを指していた。機体がやや上昇する。ある程度高度を稼いでから切り離される予定だ。
「僚機は?」
「グライダー牽引の4機は無事です」
降下兵を乗せた残りの12機は突入方角が違うために分からない。
簡易シートのベルトを確認する。感じていた眠気はいつの間にか薄れていき、シートに軽く押し付けられる感覚を感じた。
「切り離されます」
遠くに聞こえていた重爆のエンジン音が遠ざかるようにその音を小さくしていた。一瞬、スピードが落ちたが、グライダーは多少下降し、スピードを安定させていた。その時のぐらりとした、ちょっと浮き上がった感覚に違和感を感じていたが、それでもグライダーは安定して飛んでいた。風切り音しか聞こえなくなった。
「準備は?」
「はい」
「大丈夫です」
同乗した2人の声が狭いグライダーの中に響く。
あと20分くらいで突入だ。
突然、前方の島が爆発した。
その後、上空を探照灯が撫で回し、無数の光が空に向かって打ちあがっていた。対空砲、対空機関銃の雨。予定していた日本海軍の爆撃機攻撃であった。総勢20数機、20t近い爆弾が降っているはずだ。我々の攻撃を欺瞞するために海軍の精鋭機が投入された。通り魔のような爆撃に、米軍はその全力で防ごうとしている。上空でも爆発が起こる。
ああ、我らのための犠牲がまた一つ…
「降下します」
グライダーは低空飛行をするために、降下に移る。対空砲を防ぐために降下エネルギーを使って、ぎりぎりの低空を速度を落とさずなめるように飛ぶためだ。海面まで10メートルを切るという。ク8Ⅱグライダーの搭載量ぎりぎりの状態でも期待は安定して飛ぶ。車両を止めているワイヤーが軽くきしむ。風切り音が激しくなる。
「あと5分」
「僚機被弾!」
悲鳴のような声が機首側から聞こえた。
窓の右側後方から何かしら光が見えた。
唇をぎゅっと引き締める。
考えるな、悩むな、今は前を見るしかない。
音が変わる。海面から陸上に機体が移ったためだ。
対空砲火はほぼほぼ上空ばかりを狙っている、あまりの弾数に滑走路はそのアーチ状になり、反対に安全のようだ。
「着地します」
一瞬、ふわりと浮かび上がったかとその後、グライダーの着陸用のそりが滑走路をかむ。ギーギーという音とともにグラグラと左右に揺れたと思うとスピードが急激に奪われ、瞬間、どしんと揺れ機体は地上にその重量を任せる。そのまま30数メートル滑る。
「降車願います」
機長が左右の対空砲の音にかき消されないように怒鳴る。
グライダー搭乗員が素早く動き出す。機首を外すためだ。我々も車両のワイヤーやロープを外す。蛍光塗料で留め金が塗られており、夜間に何度も訓練していたこともあって3人は指示がなくとも黙々と作業をこなしていく。機首が開かれたのは固縛がすべて外されたタイミングであった。
村上上等兵はエンジンを始動させる。機内に排気ガスが充満し、その中を車はそろりと動き出し機外へと導かれる。
「ありがとう。あとはよろしく願います」
「ええ、靖国で会いましょう」
いや、私が行くのは地獄だろう。
生き地獄である。
三人が乗り込み、私と平井伍長は弾倉の弾を薬室に送り込む。
グライダー操縦員は我々から受け取った100式機関短銃を手に暗闇に紛れて滑走路を離れる。
「行くぞ!」
戦場へ…
後方にした無人のグライダーに弾丸が集中し弾痕だらけになる。滑走路の奥からちかちかと発砲炎が見える。
そこには暗闇の中、闇夜よりも黒い影がうごめいていた。
奴らだ!
闇夜にまぎれてはいるが、確かにそこにいる。基地を守るべく、こちらに向けて移動しているのだ。そこに向けて機関銃を一掃射、発砲炎が少なくなる。
速度を抑えつつ車を滑走路の西側へと動かし手近な対空砲陣地に手投げ弾を放り込む。水平方向の敵の射撃には機関銃で掃射する。平井伍長は次々とB29に砲撃を繰り返しつつ、弾倉を交換していく。火災も出てない、機体が崩れることもない。しかし、一弾倉、たった7発であってもその弾はその効果を上げていた。
右足で運転席のシートを2度蹴る。村上上等兵はその合図で車の速度を上げていく。対空砲陣地を見つけるたびに機関銃を向ける。75発も入っている弾倉が次第に軽くなる。とにかく邪魔するだけだ。
車はグライダーを遠ざかる。その目の前を、97式重爆が低空飛行のまま滑走路に滑り込んでいく。一機、二機…八機を数えた。残りは?
胴体着陸した重爆から、ばらばらと人が降りてきて、集まることもなく散開する。探照灯の一つが滑走路を払うように光る。
「平井」
「はっ」
射線の確保のために車がその進行方向を微妙に変え、自動砲が2発、その弾丸を叩き込んで1キロ近く離れていた探照灯がその火を消す。
敵の発火炎が次々と増えていく。車の近くにも着弾がある。
そんなに当たるものかと悠長に構え、車を走らせる。
滑走路も終わりに差し掛かり、大きく迂回して滑走路の裏手に回る。
降下兵たちの援護だ。盛大に活躍しなければならない。
突然、横殴りの爆音が響き、一機の大型機が炎上する。たぶん爆弾を抱えていたのだろう。その火炎熱が遠く離れた肌に感じる。降下兵のねらいはB29である。駐機場に並ぶB29に向かって、四方より次々と群がっていく。
その動きによどみがない。あちらで数機、こちらで数機と銀色の大型爆撃機が激しく炎上する。誘爆したのか時折激しい爆発音が起こる。
「弾倉、なくなりました」
ほんの30分余り、一往復の間になるだけの弾を敵陣にぶち込んで、平井伍長は怒鳴る。
どのくらいの戦果を挙げたのかはわからないが、滑走路上に無事な敵機は見えない。空を払っていた赤いキャンデーのような曳光弾も心なしか少なくなり、こちらに向けている射線も薄い。あちこちで大小の火災が起こっている。
「無反動砲だ。使え」
計画通りに平井伍長はトミーガンと手榴弾、そして無反動砲二本を抱えて車から降りる。
「死ぬなよ」
「大尉殿よりは長くいきます」
軽口を叩いて、車を離れる。
「村上、次だ」
「はっ」
ねらいのガソリン貯蔵所(ドラム缶を集積しているだけの存在であるが)はかなり離れたところにあった。それでも何度も地図や航空写真判定の場所を頭に叩き込んでいる村上上等兵はほぼ闇と大小の火災の中を迷うことなくその場を探し当てた。
三方を土壁に囲まれたそこにはドラム缶が無数に積み重なっていた。幸いにも守る兵はいなく自由自在にドラム缶に銃弾をばらまいた。流れ出るガソリンに火をつけるために手榴弾を投げ込み急いでそこを離れる。
ガソリン貯蔵所は百メートルを過ぎたころに火を噴きだしドラム缶の重くはぜる音が遠くで聞こえた。
『かくもこのような戦果とその後の影響を、かくも少数の部隊があげたことはなかろう』
と、イギリスの戦史研究家がその著書で述べた。
『ガダルカナル島で日本兵が無敵でないことを知った。
そして、
サイパン島で日本兵はやはり無敵であることを改めて知った』
ガダルカナル島の戦いを知る海兵隊の士官は日記にそう記した。
『我々は魔女の大釜に放り込まれた。彼らが通り過ぎた後はケルベロスの咢に食い荒らされたようだし、神は我々を試したいだけ試しているだけのようだった。そして、通り過ぎた後には、混乱だけが残り、同士討ちが始まった。いったい何人の戦友が、何両の味方車両が、何機のB29が味方のフレンドリーファイヤーに曝されたことだろうか』
滑走路上をうろうろするだけだったと、後年新聞記者になった航空機整備兵は紙上で発表した。
次の獲物を探して移動していると、低空飛行で近づく双発機が数機、爆音を響かせながら黒煙が厚く漂う中で別の駐機場にばらばらと小型爆弾を振りまいた。陸軍の新型爆撃機(のちに4式重爆だったと知る)らしい。サイパン島が混乱している時をねらい爆弾攻撃を行う手筈となっていた。数機のB29が爆ぜるようにその断片を空に舞わせる。そしてまた反対側からも数機、爆弾をまき散らして、つむじ風のように去っていった。
あちらこちらに火災が見える。それを背景にしてアリのような黒々とした影が走る。友軍か敵軍か分からないが、それぞれに獲物を探しているようだ。機関銃か機関短銃かの射線が次々に伸びていく。
駐機場付近は出撃準備中だったのだろう、武器などほぼ持参していない多数の搭乗員や整備兵が逃げまどい右往左往しており、それを無視するかのように日本兵がB29に取り付こうとしている。そしてまたそれを阻止するための米軍兵が逃げまどう友軍の中で射線を取れないでいた。車両もうまく動けないでいた。逃げようとする車両、追おうとする車両、人込みの中でクラクションを鳴らして強引に横切ろうとする車両。一言で言えば大混乱だった。その大混乱の中で狙ったのか、流れ弾だったのか、自軍の弾なのか、敵軍の弾なのか、それは分からない数発の弾がタンクを積んだ燃料補給トラックに当たってしまった。そう、当たってしまったのだ。
流れ出るガソリンにどこからか火が付く。火元はどこにでもある。
「逃げろ、逃げろ」
私は走りすぎる車の中で、思わず怒鳴っていた。日本語なのだから誰もわからないだろうに。敵なのになぜ?
トラックは火を噴きながら人込みの中を迷走し。横倒しになったかと思うと爆発を起こしもうもうと黒煙を上げた。
前を見ろ、前を…
村上上等兵は道をたがわず、燃料補給用のタンク群へと車を導いた。海へとパイプを伸ばし、タンカーよりタンクに直接ガソリンを入れることができるための設備だ。まだ完成して間もないとは聞いていたが、ここがあるのとないのとでは航空基地の運用効率がかなり違う。先ほどのドラム缶中心の補給基地などタンク一つ分でしかない。
立射状態で、陸側端のタンクに無反動砲を向ける。距離は150m余り、射角は45度、最大射程距離に近い。5キロくらいの砲の重量のわりに、ポンという間の抜けた発射音とともにノーズ状の砲後方から5メートルほど膨らんだ発射炎が伸びる。肩とグリップを持つ右手に軽い圧力を受けただけだった。自分からは上に上った砲弾がある程度上った後に目標めがけて落ちているかのように見える。もしも横から見ていたら、速度がないためにはっきりと目に見える砲弾がその長い弾尾とともに、するすると弧を描きながら目標を目指しているように見えただろう。そして目標には外れ、爆発音もなく何事もなかったかのような様子を醸し出していた。
あと三本。本来は数発の弾薬を持って装てんすればよいのだが、その時間がもどかしく、無反動砲自身を数門持ってきている。再度構えて2発目を発射する。今度はうまく当たった。しかタンク内は空だったせいか、火災も爆発も起こらない。次に海側端のタンクを狙う。しめた、一発目から当たった。その時、敵の弾が車に数発、車は急いで発進する。数名の米軍兵がこちらに照準を合わせていた。
ズズーっと地の底から湧き上がる音が衝撃波となって車を襲う。思わず助手席側のシートにしがみつく。攻撃したタンクにはガソリンが入っていたようだ。
後は車を弾倉の弾が無くなるまで走り回らせるだけだ。できるだけ敵が手薄なところへ。
夜はまだ明ける気配がない。
『夜が明け、我々は真っ青になるか、うんざりするしかなかった。もうもうと上がる黒煙は絶え間なく続き、隣のテニアン島にまで広がっていた。被害?誰もがそれを把握することができないありさまだったのだ。(中略)いったいどれだけの情報がこのサイパン島守備の中枢部に入ってきたろうか。曰く「日本軍は1個師団の空挺部隊で襲ってきた」。曰く「日本軍爆撃機が100機以上で三度空襲をかけた」。曰く「ヤマトが艦砲射撃しつつ通り過ぎた」等等。どれが本当の情報で、どれが偽物の情報なのか、それを整理するだけで一週間はこの情報部が止まるだろう。(中略)明るくなっても射撃の音があちこちに聞こえる。まだ日本兵が粘っている。いやそれだけでなくそう思い込んだ自軍の兵士たちが草の揺れ一つに過剰反応し、弾倉が尽きるまで引き金を引いているのだ。』
『そして陸軍航空司令部(後の空軍本部)は、サイパン島を縮小してテニアン島の基地を拡充することを決めた。一時期(少なくとも一か月)は混乱するであろうが、B29での日本空襲には、そちらの方が早道であると判断されたのである。(ただし、B29の生産は増加されたとしてもその搭乗員や整備関係の兵員の増加は問題を抱えていた)それほどサイパン島の被害はあまりにも深刻に受け止められ、日本軍の攻撃に備え、サイパン島へのレーダー搭載艦の複数配備(軽巡三隻を代表とした十数隻)や多数の戦闘機(夜間戦闘機を含む)の配備(百機以上)が即日決定した。ただ、サイパン島とテニアン島の2つの航空基地で行うはずの日本空襲は計画の3分の2までしか機数を揃えることができなかった。』
『イギリス軍はアジアでの勢力維持を考えて決定していた空母を中心とした艦隊の派遣を時期尚早とした。またニューギニア島での日本軍の粘りのためにフィリピンへの攻勢は遅れがちになっていた。それらの影響もあって、沖縄、硫黄島への攻勢も計画の修正(部隊の配置換え、時期の見直し、戦力の上方修正)が行われることとなった。さらに言えば、密かに計画なされていた原子爆弾の投入や日本本土への侵攻計画さえも大幅に改定されることとなった』
(『米軍公式記録から見るサイパン島の戦い』1965年版より)
目が覚めると、テントの中だった。テントの中だというのにかなり明るいことで、日もかなり上っていることが分かった。周囲を見渡しとみると数名の兵士、しかも日本兵が毛布にくるまったまま転がされていた。中には顔を見知った降下兵もいる。
「ここは…」
ふと疑問が口をつく。自分の体は包帯でぐるぐる巻きにされていて、右手以外は動かすことができない。
「起きましたか?」
米軍の軍服を着た日本人がそこにはいた。
「重傷です。少なくとも1か月は自由に動けないと思います」
軍医らしい人物が先ほどの米軍兵隊に通訳させているようであった。
「そうか…」
粘り気のある口でやはり口をつく。
「足や腕に数発、弾が貫通してます。一発は腰近くに…致命傷になるものはなかったのが幸いでした。そして…」
「それでも生きています。大丈夫です。」
たぶん最後の言葉は軍医の言葉ではなく、この兵自身の言葉だろう。そう感じられた。
「そうか…」
声が小さくなった。
あの後、後部席の機関銃の弾倉もすべてなくなり、村上上等兵と別れることとなった。このまま別れ、山をそれぞれに目指してゲリラ戦を続ける予定となっていた。
「大尉殿。ありがとうございました。」
何を今さら…と口にしようとすると、
「それではお先に失礼します」
村上上等兵は車を走らせた。
止める隙を与えてくれなかった。
そのまま村上上等兵は車もろとも近くに駐機していた無傷のB29の右側車輪にその速度を上げてぶつかった。ずしんという響きの後、車輪を支える柱が折れ、右側に大きく崩れたB29はそのままぽきりとその主翼を折ることとなる。
「村上」
怒鳴ったがその主翼の陰からは誰も出てこなかった。
「馬鹿野郎。まだ10機もつぶしてないぞ」
気にはなったが、周囲は次第に米軍が囲み始めていた。次第に東の空が白々としていくにつれて、逃げようしてもその隙間を見つけることができずにいた。
そしてとうとう私は完全に把握されてしまった。取り囲んだ円はじわじわと狭くなっていく。のどの渇きが高まる。考えてみれば、グライダーの中で飲んだ水が最後である。
「あれが末期の水か…」
死神がじわじわとこちらに近づいてくる。
近づく米軍兵に対して小刻みにトミーガンを向ける。爆弾によって空けられた小さな穴の底でもがき続ける。左の肩に火箸が突き刺さる。火箸ではなく敵の弾だ。分かってはいるが、肩の痛みは火箸のそれだろう。それでも歯を食いしばり、敵に目と銃口を向ける。左腕はもう使えない。右腕一本で銃を握りしめ、短く射撃を加えていく。痛みのために集中力が切れたのであろう。他の方向からの射撃に対応できない。這うようにして穴の端へと移動する。とたん、弾倉の弾が無くなったことに気づく。片腕で弾倉を取り換えようと銃を置いた。その時、右の足と腰付近に弾を受けた。私一人のために、10人以上の兵が使われていた。その痛みと疲れのために私は気を失い、捕虜となったようである。
その後、私は1週間ほどテント生活をし、本来の病院へと移送された。士官であることもあって、待遇は悪くなかった。そして捕虜として私を含む28名が収容されていると知った。皆、大なり小なりの傷を受けていた。そして、その捕虜の中に平井伍長も、村上上等兵もいなかった。山に逃げた日本兵も確認されていたが、その数は不明である。山狩りを行う状態になるためには米軍としてももうしばらくかかるようだ。
それから1か月、戦闘の後始末が終わったサイパン島は閑散としていた。戦闘機こそその数を増やしていったが、主力はテニアン島に移ったようである。時折、夜間の友軍攻撃があるが、島の手前で迎撃されていた。
病院のテラスで杖を突きつつ歩く訓練をぶらぶらとする日々であった。境遇はいい。むしろ良すぎるくらいだ。話に聞いていた収容所とは別だ。
「いかがですか?」
時々、こちらの様子を見に例の通訳を行う下士官(日系米国人)が訪ねてくる。
「まぁ、元気にしているよ。足はまだまだだけれどね」
「そうですか」
と、満足そうにうなずく。
ふと気になっていることを尋ねる。
「敵兵に、こんなに良い対応をするのは、何か意図があるのかい?」
すると彼は私に不思議そうな顔を向け、そして納得したようなきっぱりとした口調で言った。
「あなたは英雄です。少なくとも基地のほとんどはそう判断しています」
今度は、私の方が不思議な顔をしただろう。
「アメリカ人をあれだけ殺したのに?」
「戦争です。それはあなたも私も甘んじなければなりません。そして、あなたは困難な作戦に参加し、成功させた。しかし一番は…」
彼は私の目をしっかりと見、そしてこう付け加えた。
「あなたは生きている。生き残っている。それこそが英雄の条件です」
そう言いながら、彼は朗らかに笑って見せた。
数か月後、何度か発熱のために倒れていた間に戦争は終わった。
「おい、お前の戦争は終わったな…」
私は私自身にそう言い聞かせた。
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