第21話 楽園との別れ

 ナナちゃんから訓練の終了を告げられた日の夜。私は食堂で彼女から、これからの予定について話を聞いていた。


『スカイブルーの訓練も終わったし、明日の朝にここを出るわ』

「ずいぶんと急だな。まだ荷造りもしてないよ」


 液晶モニターの中のナナちゃんに苦笑いを浮かべて肩を竦める。


『人間って面倒くさいわね。全部ドローンに任せればいいじゃない』


 人間よりもアサルトギアのメンテナンスの方が、面倒だし金も掛かると思う。


「分かったよ。今晩やっとくけど、どれぐらい持っていけるんだ」

『中型のトランク一つ分よ。ドローンと一緒に格納するわ』

「了解」


 四体のオリジナルドローンは私と一緒に行くが、ここで作られた八体のドローンは置いて行く予定だった。


『明日ここを出たら、直ぐ戦場よ』

「分かってるさ」


 ナナちゃんの話だとタイムゲートを潜れば、時間と同時に場所もワープできるらしい。

 そして、スターダストのOSが指定しているのは、黒海に浮かぶスネーク島だった。


『スカイブルー。これから大事な話をするわ』

「何?」


 何時も微笑みながら話をするナナちゃんが、笑みを消して話し掛けてきた。


『スカイブルーが過去に戻った時なのか、オデッサで敵のAIを破壊する時なのか、どのタイミングかは分からないけど未来が変わるわ』

「もちろん分かってるさ。覚悟もしている」

『貴女の覚悟は私も熟知してるわ。だけど、知って欲しいの。未来を変えるという事は、本来起こるはずの未来と分岐するって事よ』

「それも理解しているさ」


 私を助けたもう一人の私は別の未来に行った。

 そして分岐する前の過去に戻って私を救出した。


『ここからは私の予想。二つに分かれた未来はいずれ一つになろうとする。そんな気がするの』

「一つになるって具体的にどうなるんだ?」

『それは私にも分からないわ。どちらかの未来が消滅するかもしれないし、分かれたままかもしれない。下手したら未来そのものが消滅してなくなるかもしれないわ』

「未来がなくなるとか、まったく予想できないな」

『私だって同じよ。だけど、きっと何かしらの反発はあると思っているわ。覚悟しておいて』

「分かった。今の話は覚えておくよ」


 ナナちゃんは私の返答を聞くと、微笑んで頷いた。


 私は食堂を出た後、自分の部屋に戻る。

 そして、今日で最後となる増産されたドローンに、お礼を言った後、電源を落として別れを告げた。




 テニアン島を出る日の朝。

 私は朝食を取った後、パイロットスーツに着替えてスターダストに乗り込んだ。


「二年か……長いようで短かったな」


 この島に来た当初は何もなくて大変だったけど、振り返ってみれば楽しい思い出もいっぱいあった。


『過去に戻って未来を変えたら、この時代に戻っても今の状態じゃないわ。そう考えるともったいないわね』

「その時は観光しに行こう」


 透き通った海と青い空に囲まれたテニアン島は、きっと美しい場所だと思う。


『こういう時だけは、体のある人間を羨ましく思うわ』

「スターダストがあるじゃないか」

『これに痛覚なんてないわ。それに、私はただのアプリケーションだから別物よ』

「いっそのことドローンでも作って、それにデータを写してみたら?」

『キャパオーバーで無理ね。くだらない事を言ってないで、そろそろ行くわよ』

「それもそうだな。行こう」


 リフトに乗って地上に出ると島周辺の海は荒れ狂い、空は灰色の雲に覆われて風が吹き荒れていた。


「相変わらず嫌な天気だ」


 私の呟きにナナちゃんがクスリと笑う。


『でもこの雲のおかげで、敵の監視衛星から見られずにすむのよ』


 ナナちゃんの話だと、この時代の地球は敵のAIが支配していて、人類が残したあらゆる遺物を使用しているらしい。


「それでも私は青い空の方が好きだな」

『私もよ』


 スターダストが滑走路を加速する。

 大地を蹴り宙に浮くと、空戦機モードに変形して空を飛んだ。


 さようなら。二度と戻れない楽園の島。


 私を乗せたスターダストはテニアン島に別れを告げ、大空を飛んだ。




『飛びながらタイムゲートを出すわ』

「飛びながらか?」

『地上の方が危険なのよ』


 タイムゲートは今と飛ぶ時代の先のどちらかに遮蔽物があると、ゲートが発生せずエネルギーだけを消費するらしい。


「分かった」


 唇をぎゅっと噛み締めてナナちゃんに頷く。

 私の承諾を確認して、ナナちゃんがタイムゲートの機動を開始した。


『タイムゲート装置起動』


 スターダストの内部で、賢者の石のエネルギーが膨張。コックピットまで高鳴りが聞こえてきた。


『開放』


 スターダストから黒いエネルギーの塊は放出されると、二年前に見たのと同じ黒い光の穴が背後に現れた。 

 スターダストが上昇して機首が真上を向く。

 そして、失速しながら180度旋回すると、光の穴に目掛けて落下を始めた。


 落下のGに耐えながら、目の前に迫る光の穴を凝視してつばを飲み込む。

 タイムゲートを潜るのはこれで二回目だけど、先の見えない穴に飛び込むのは勇気が要った。


『ジャンプ!』


 ナナちゃんの声と同時に、スターダストが光の穴へと突入する。

 その途端、私は光に包まれて目を瞑った。

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