第15話 テニアン島 その2
スターダストから降りて小さな部屋の中に入る。
小部屋の右側は一面ガラス窓で、一体のドローンがふよふよと空を飛びながらコンソールを弄っていた。やはり顔がないと不気味だ。
入ったドアが閉まると同時に、天井からミストが降ってきて私の体を包んだ。
『汚染除去完了よ。トイレは入ってすぐ右側にあるわ』
奥のドアが開いて奥へ進むとトイレがあったから、慌てて中に入った。
「ただいま」
『おかえり。食料を見つけたけど食べる?』
「それって十年以上前のだろ。大丈夫なのか?」
『一応消費期限が二十五年あるから、死なないとは思うわ』
「大丈夫なのか?」の質問に「死なないと思う」という返答はどうかと思う。
それでも空腹に耐えきれず、私はナナちゃんの案内で食堂に入った。
食堂は二十人ぐらいが一堂に食事ができるぐらい広く、奥の調理場では一体のドローンが私の食事を用意していた。
どうやらこのドローンは私の専属らしい。見た目は四体とも同じだから区別がつかないけど、除去室で対応したのもこのドローンだったと思う。
ドローンから缶詰に入った食料とペットボトルの水を受け取る。
貰った缶詰のパッケージを見れば、どうやらカレー味のパンが入っているらしい。
「ありがとう」
ドローンに礼を言って適当な席に座る。
缶詰のプルトップを開けると、またプルトップのふたが出てきた。さすが消費期限二十五年モノだ、完全に密封されている。
もう一回ふたを開けて今度こそ中のパンを食べる。
パンは固くパサパサしてカレーの匂いはするけど、カレーの味どころかパンの味もなかった。いや、味そのものがない。もしかして匂いだけ? ……なんだこりゃ。
えっと、味はともかく栄養バランス的にどうなんだと成分表を見れば、パンの中にビタミンとタンパク質が含まれていて問題ないみたい。
お腹は膨らまなかったがパンを全部食べた。
感想は人によってはマズイと言うかもしれないが、私はそこまで酷評しない。
ただ、今までの人生で食べた中で一番最低だったと言っておく。
「なあ、マジックペンはないか? できれば油性がいいんだけど」
厨房で待機していたドローンに話し掛けると、ドローンはふよふよと浮かびながら考えている様子だったが、頷いて食堂を出ていった。
しばらく待っていると、ドローンが油性のマジックペンを持ってきたから手招きして呼び寄せる。
そして、何事かと近づいてきたドローンを膝の上に乗せて、のっぺらした顔にマジックペンで顔を描いてあげた。
目を山なりにして逆三角形の口を描く。すると、不気味さが消えて笑顔の素敵なドローンができた。ちなみにこんな感じ(⌒▽⌒)。
「ほら、これで可愛くなったぞ」
ドローンを開放すると慌てた様子で食堂を出ていった。逃げたとも言う。
ナナちゃんと会話するためにヘルメットを被ると、彼女の呆れた声が聞こえてきた。
『何をやってるのよ……』
どうやら彼女はヘルメットのカメラを通して、私の行動を監視していたらしい。
「表情が乏しかったから、サービスだよ」
『作業に影響ないから、まあいいわ。それでこれからの事だけど、まず環境の整備が最重要課題ね』
「具体的には?」
『電力は復旧したけど、電線が切れてる箇所があるからそれの修理。それが終わったら、冬眠中の食糧生産プラントを復旧させて食料の作成』
「それは良いな。缶詰だけだと耐えられないと思ってたんだ」
『それから、ドローンを増産し……え? 何、チョット待ちなさい!』
ナナちゃんが話の途中で声を荒らげた。どうやら何かトラブルが発生したらしい。
何事かと心配していると、顔を書いたドローンが残りの三体を引き連れて私の前に現れた。
『ねえ、どうしたの? 私の命令を聞きなさい!』
耳元でナナちゃんの慌てた声が聞こえる。
どうやら彼女はドローンに命令しているけど、彼等が言うことを聞かないらしい。
状況が分からず私が首を傾げていたら、顔を書いたドローンが何かを言いたげな様子で手をバタバタと動かした。そして、背後の三体がのっぺりした顔を見上げて私の事をジーッと見ていた。
「……もしかして、お前たちも顔を描いて欲しいのか?」
何となくそう思って質問すると、三体のドローンが一斉にコクコクと頷いた。
感情のあるドローンというのも珍しいな。
「ナナちゃん。このドローンって知性があるのか?」
『あるわけないじゃない!』
ナナちゃんは困惑しているけど、このままだと埒が明かないな。
私はマジックペンを手に取ると、ドローンのなにもない顔に顔を描いてあげた。
それぞれ特徴がある方が良いだろう。だけど、荒廃した世界だから笑顔が欲しい。だから、逆三角形の口は譲れない。
という事で、二体目は(0▽0)、三体目は(0▽<)、四体目は(>▽<)にしてみた。
「よし、できたぞ」
私が描き終わると、ドローンたちは嬉しそうにお互いの顔を見てから、食堂を出ていった。きっと鏡で自分の顔を見に行ったのだろう。
『ただのドローンだと思ってたけど、一体どうなってるのかしら……』
「嬉しそうだったから、それで良いじゃないか」
ナナちゃんの声に肩を竦める。今の私の顔はドローンと一緒で笑顔だった。
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