第14話 テニアン島 その1

 あの後、グランドキャニオンの拠点を出てから空を飛び、テニアン島にある別の拠点に向かった。


 私が現在の時代で敵のアサルトギアに襲われたのが夜の七時ぐらいで、未来に飛んだら昼間の時間。

 それから、グランドキャニオンの拠点に着いてから管理AIの話を聞き、その後でナナちゃんと会話した。たぶん、未来に飛んでから四時間ぐらい経過していたと思う。

 つまり、何が言いたいのかというと、私は眠かった。


 飛行中に私が操縦席でうとうとしていると、ナナちゃんが『オート操縦するから寝てて良いわよ』と言ったから素直に眠った。優しいナナちゃんは好きだ。


 夢の中で私はスターダストを自分の体のように操縦して、沢山の敵のアサルトギアを倒していた。

 人類のため、未来のため、世界を救う。誰でも一度はそんなヒーローに憧れる。だけど、それは映画やマンガの世界だけの話で、自分が死ぬことを全く考慮していない。

 そう思ったら、夢の中でスターダストが敵に囲まれて、私はなすすべなく殺された。


 悪夢から目覚めて寝汗を拭こうと額に手を当てる。私の手はヘルメットに防がれて寝汗を拭えなかった。

 残念ながらスターダストに放射能を除去する装置がなく、一度窓を開けたから被服に放射能が付着しているという理由で、私はナナちゃんからヘルメットを脱ぐ事を許されなかった。


『脱いだら死ぬわよ』


 ナナちゃんは時々乱暴な言い方をする。脅してくるナナちゃんは嫌いだ。


 普段の話し方は優しいけど、それが演技だと分かった。本人がそう言ったのだから間違いない。きっと本当は無機質な喋りをするのだろう。


 人間の人格と喋り方は、育った環境で自分のアイデンティティとして生成される。

 AIと人間を一緒にするのは乱暴な考えだけど、ナナちゃんは最初に会った時から既に今の喋り方だった。もしかしたらOSが初期化されても、彼女が認識出来ない前の記憶が残っているのかもしれない。

 そう考えると、ナナちゃんが言っていた憶測は当てずっぽうではなく、自我のない記憶データから考えた根拠のある話だったのか?

 それを確認する手段は本人に聞くしかないけれど、きっと彼女は否定するだろう。




『島が見えたわ』


 ナナちゃんの声に、思考の海から上がって外を見る。

 空は暗い雲に覆われて太陽の光を遮り、昼なのか夜なのか分からない。

 海は暴風に煽られて荒れ狂う。

 荒廃した世界を見て神様が怒っている。何となくそんな気がした。


 目を細めて遠方を見れば、荒れた海の中に二つの小さな島が見えた。


「どっちがテニアン島?」

『小さい方ね。もう一つがサイパン島よ』


 二つの島も昔はきっと奇麗な海と緑豊かな島だったのだろう。

 だけどサンゴ礁のラグーンは荒海と変わり、ジャングルの森林は全て枯れ、海岸沿いにある崩壊した観光ホテルぐらいしか残っていなかった。


『ぐっすり眠っていたわね。良い夢でも見れた?』

「良いとは言えないな」


 あまり覚えてないけど、夢の中で殺される時、私はナナちゃんに助けを求めて泣いていた。


『人間は夢から目覚めて十分以内に、夢の中の出来事を90%忘れるらしいわ。嫌な夢なら早く忘れなさい』

「……優しいね」

『パイロットのメンタル管理も私の仕事なの』


 最後の余計な一言がなければ完璧な仕事だったよ!




 スターダストはテニアン島の上空まで飛ぶと、平らな土地に降り立った。

 ナナちゃん曰く、ここは元々アメリア海兵隊が所持していたハゴイ飛行場だったらしい。

 だけど、地球上から人類が居なくなって十二年間放置した結果、滑走路のアスファルトは至る所にヒビが入っていた。

 滑走路の脇にあるジャンクと化した戦闘機だけが、ここが飛行場の跡地だったと名残を残していた。


『この奥に地下へ降りるリフトがあるの』


 ナナちゃんが拠点と言った場所は、屋根が吹き飛んだ戦闘機用の格納庫だった。

 スターダストが格納庫の中の巨大リフトに入って立ち止まる。すると、床が揺れたと思ったらリフトが動いて地下へと降りていった。


『まだ電気が通っていてよかったわ』

「何で発電しているんだろう」

『波力発電か地熱発電だと思うわ』


 何となくした質問だけど、波力発電とか地熱発電とか聞いてもよく知らない。まあ、電気が通っていればどっちでもいいや。




 拠点の地下に降りるとそこは隠し格納庫で、スターダストがギリギリ入れるぐらいの高さと広さがあった。


「目的の場所に着いたけど、何をやるんだ?」

『もちろん、最初は調査よ』


 ナナちゃんはそう言うと、スターダストから汎用型ドローンを四体放出した。

 ドローンの身長は四十センチぐらい。顔のない二頭身の人形みたいな姿で、背中にプロペラが刺さって空を飛んでいた。

 可愛さ二割、不気味さ八割、これが私の評価。

 ドローンは戸惑った様子で空を徘徊していたが、ナナちゃんから命令が下ったのかピューンと奥へ飛んでいった。可愛さが一割上昇した。


「この場所の放射能汚染濃度はどんな感じ?」

『安全圏内よ』

「だったら私も外に出たい」

『調査が終わるまで待てない? 三十分ぐらいよ』

「レストルームに行きたいんだ」


 ずっとトイレに行ってない。グランドキャニオンの拠点にもトイレはあったが放射能汚染で服が脱げず、ナナちゃんに止められた。


『人間って不便ね。だったら後五分だけ待って。電力を完全に回復させるから』

「できるだけ急いで」


 五分ほど待っていると、格納庫の天井のライトが光った。

 長年放置されていた天井のライトは半分以上点かなかったが、真っ暗な中を行動する事に比べたら遥かに良い。


『オッケー。トイレは左のドアを抜けた先よ。だけど、まずは除去室で汚染された服をキレイにしてね』


 スターダストのハッチが開いて、騎乗フックに足を掛ける。

 状況はかなりヤバイ。


「除去室があるのか?」

『核シェルターだから当然でしょ』

「拠点としか聞いてない」

『地表が汚染されてるんだから、私が言わなくても分かると思っていたわ』


 その言い返しにため息を吐く。言葉では優秀なAIに私は勝てない。

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