第7話 ナナ

「なんで私の名前が?」


 モニターに現れた私の名前に首を傾げる。こんな大きいロボットは私の知り合いに居ない。


「……いい加減、誰か状況を説明してくれない?」

『……全起動完了。初めましてスカイブルー』


 返事なんて期待せずに呟いたら、予期せぬ返事が返ってきた。驚いて体がビクッと跳ねた。


「な、な、な…だ、誰だ!」

『私はAG-N701KS、アサルトギアのオペレーターよ。よろしくね』


 私に話し掛けて来たのは、音声合成で作られた馴れ馴れしい女性の声だった。いや、今はそれどころじゃない。


「アサルトギア?」

『今、貴女が乗っているロボットよ。正式名称は陸空戦型戦闘兵器アサルトギアAG-N701KS、通称スターダストらしいわ』

「……らしい?」

『実は私も今目覚めたばかりで、まだ完全に把握してないの』


 オペレーターが聞いて呆れるな。


「AG……えーと…スターダスト、色々と聞きたい事がある」

『何かしら。ちなみに、スターダストは私の名前じゃなくて、このアサルトギアの通称よ』

「だったら何て呼べばいい?」

『好きに呼んでいいわ』

「じゃあ、ナナちゃん」


 由来は昔飼ってた猫の名前。


『ナナちゃんね……まあ、いいわ。私はナナちゃん、了解。それで何を聞きたいの? ちなみに、私も混乱している最中だから、あまり期待しないでね』

「じゃあ、質問。なんで私を知ってるの?」


 モニターに現れた私の名前、そして壁の写真。どう考えても、このスターダストの持ち主は私の事を知っている。その理由が知りたかった。


『貴方の事なんて知らないわ。私が目覚めたときに基盤システムから貴女のデータが送られて、保護しろって命令されたの』

「基盤システム?」

『このアサルトギアを動かすOSよ。私はその上に乗っかっているアプリケーションといえば通じるかしら』

「何となく」

『了解。理解したと判断して話を続けるわ。私はただのアプリケーションだから、OSがなんで貴女の事を知っているのかも、貴女を保護する理由も知らない。だけど、私はOSの命令を拒否できないから、こうしてオペレーターとしての仕事をしているわけ』

「なるほど」


 つまり、何も知らないって事かぁ……ため息が零れそう。


『理解してくれたみたいね。それじゃ、そろそろ行くわよ』

「……え? 行くって、どこへ?」

『詳しくは知らないけど、OSの指示だと拠点らしいわ』

「だったら待って、全財産が入った鞄がまだ車の中にあるの。取りに行きたい!」

『それは諦めて』

「何で!?」

『言ったでしょ。私が受けた命令はスカイブルー、貴女を保護する事。その内容に拠点へ連れて行くのも含まれているの。今はその命令が上位にあるから、他の命令は受けられないわ。ごめーんね』

「えーー!」


 理不尽な説明に驚いていると、全方向の壁が消えて外の様子が映った。


『ねえ、外の様子が見える?』

「見えてるけど、鞄が……」

『オーケー。だったらシートベルトを締めて』

「だから、鞄が!」

『締めないと死ぬわよ』

「マジで!?」


 死ぬと脅されて慌ててシートベルトを締めた。


『エンジン起動』

「待って、待って!」


 スターダストが立ち上がる。

 シートの背後から空気が割れるエンジン音が聞こえ始めた。


『準備オッケー?』

「全然、オッケーじゃない!!」


 スターダストが少しだけ宙に浮いて浮遊感を感じた。


『スターダスト、発進!!』

「人の話を聞けーー!!」


 スターダストが膝を折り曲げ前屈みになる。

 すると、弾かれたように高速で前へ飛び出して、突然襲ってきた重力に私の体が座席に沈んだ。


「かーばーーんーーーー!!」


 突如、目の前に新たな光の穴が開く。

 スターダストはエンジン音と私の悲鳴を響かせて、光の穴の中へと突入した。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 スカイブルーを乗せたスターダストが光の穴に入ると、二つの光の穴は少しづつ小さくなって消滅した。

 現場には大破したスカイブルーの車と、スターダストに破壊されたロボットが残された。


 翌朝。二台の大型トラックが現場に現れると、ロボットを分解してトラックに積んでいた。

 その作業中、一人の作業員がスカイブルーの車から彼女の鞄を回収する。

 作業員がトラックに戻ったところを、様子を見ていた同僚が彼に話し掛けた。


「その鞄は?」

「さあな。だけど、回収しろという指示があった」

「大事な宝でも入っているのか?」

「それも知らん。なんでもこれを回収しないと煩いらしい」


 作業員はそう答えると、鞄をトラックの積み荷に放り投げた。

 乱暴に荷台に置かれた鞄の中から一枚の写真が滑り落ちる。


 その写真には、スカイブルーの両親だけが写っていた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る