第5話 蒼の騎士

 車は二回転した後、逆さな状態で止まった。

 地面に押しつぶされて車のガラスが砕け、ルーフは押しつぶされ、ドアがぐしゃりとへこんだ。

 頭が痛い。どこかでぶつけたのか頭から血が滴り落ちる。それでも骨一本折れておらず、生きているのが不思議だった。


 車から出ようとするが、膨らんだエアクッションが邪魔で身動きができない。ドアを開けようにも、車体が歪んでいて開けられない!

 砕けたフロントガラスから外を見る。私を襲った甲冑騎士は、右手のマシンガンを撃つことなく、ゆっくりとこちらに近づいてきた。


 何故、銃を撃たないのかは分からない。だけど、あのロボットは、私を車ごと踏みつぶそうとしている事だけは分かった。

 逃げようとエアクッションの根本部分を掴み、ハンドルから無理やり剥す。プラスチックが割れる音がしてエアクッションが萎んだ。

 シートベルトを外し、這いずって割れたフロントガラスから外に出ようとする。

 上半身を車体から出たところで、私の目の前に巨大な足が踏み下ろされた。


 最悪の予想に震えて見上げる。

 私を見下ろす甲冑騎士の眼光が合って、私は体が固まった。




「た、助けて……」


 体が震えて歯がガチガチと鳴る。それでも私は神に救いを求めた。

 甲冑騎士のロボットが右足を上げて、死を覚悟したその時……。


 闇夜に白い閃光が走った。


 闇を切り裂いた白い閃光が甲冑騎士の右肩に命中して、体を覆っていた装甲を貫いた。

 甲冑騎士のロボットは体を支えようと、右足を元の位置に戻した。

 剥がれた装甲が地面に落ちて跳ね返り、思わず体を丸める。

 装甲は私と車の上を通り過ぎて、反対側に落ちた。


 私と甲冑騎士が同時に閃光の元へ振り向く。

 その視線の先では、青いロボットが光の穴から現れて、こちらに向かって銃を構えていた。




 月光の淡い光に照らされた青いロボットは、機械とは思えないぐらい美しかった。

 私を襲った甲冑騎士と比べてスリムで、ボディーカラーの青が月の光に照らされてサファイアの様に輝いていた。

 その姿は、どこかの王宮騎士みたいな気品があった。


 甲冑騎士がサファイアの騎士を視野に入れるやいなや、右手からマシンガンの弾丸を放った。

 新たな展開に呆然としていた私だが、マシンガンの発射音にハッ! と車内に身を隠す。

 そのあとすぐに、大きな使用済みの熱い薬莢が地面に降り注いだ。あのまま車の外にいたら、おそらく私は死んでいた。


 サファイアの騎士は弾丸が命中する前に体を左に傾け、ホバーリングで地面をスライドして弾丸を避けた。

 甲冑騎士がマシンガンをスライドさせて、弾丸がサファイアの騎士の後を追う。

 だが、高速で移動する相手に一発も当たらず、逆に反撃の白い閃光がマシンガンを持つ右腕を吹き飛ばした。


 銃撃が止むと同時に、サファイアの騎士が移動方向を変えて突進。

 それを迎え撃つ甲冑騎士の肩からミサイルが放たれた。

 二本の誘導ミサイルが命中する寸前、サファイアの騎士が左へホバーリングしてミサイルを躱す。そして、そのまま甲冑騎士に迫った。


 私の目の前でロボットの巨体が衝突する。

 急接近する相手に甲冑騎士は対応できず、その懐へサファイアの騎士が身を屈めて右の拳を突き出した。


 大きな銃撃音が響いて右肘から巨大な薬莢が射出する。同時に右の拳からパイルバンカーが伸びた。

 パイルバンカーが装甲を撃ち抜き胴体を貫通して、先端が背中から飛び出る。

 サファイアの騎士の勢いは衰えず、甲冑騎士を殴ったまま30m近く地面を滑ると、甲冑騎士を地面に押し倒した。


 衝撃時の風圧で私を乗せた車は地表を転げ回り、また死ぬかと思った。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




『敵アサルトギアの機能停止を確認』


 コックピット内に音声合成で作られた女性の声が響いた。


「終わったか……」


 操縦席の女性パイロットが感慨に浸り呟く。そして、力を抜いて座席に身を預けると、右手を掲げて自分の掌を見た。


「ああ、自分の存在が消えていくのが分かる……これがタイムパラドックスの代償か……」


 女性パイロットが右手を下ろして右を向く。そこには二人の男女が幸せそうに笑っている古ぼけた写真が貼られていた。

 その写真を見て女性が悲しげに微笑む。


「ナナ、ターゲットは生きているか?」

『一名の生体反応を確認。彼女は倒れた車の中に隠れているわ』

「そうか……それじゃ後は任せた」

『……お疲れさま』

「お前もな」


 女性パイロットが目を瞑り天井を見上げる。ヘルメットで隠れているが、彼女の目からは涙が流れていた。


「後の未来はお前に託した」


 その言葉を最後に女性パイロットの体は跡形もなく消滅した。

 コックピットの座席には、彼女の残した戦闘服とヘルメットが残されていた。


『……操縦者の消滅を確認。プロジェクトの初期化を開始。一部のデータを残して記憶を抹消』


 誰も居なくなったコックピットに、無機質な音声合成の声が響いた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

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