第3話 ワイズ・ヒュー
突然、世界が灰色になった。
「え? 何?」
色彩が消えて、目に入る全てがモノクロに映る。
それだけじゃない。店の中は何年も放置されたかのようにボロボロで、さっきまで居た店長の姿が消えていた。
外を見れば、灰色の雲が空を覆っており、先ほどまで地上を照らしていた太陽は姿を隠す。
地上は激しい突風が吹き荒れており、叩きつけられる風で窓がガタガタ音を鳴らしていた。
「驚いたか?」
窓の外の天変地異に驚き立ち尽くしていると、声が聞こえた。
バッ! と正面を振り向けば、そこには今まで見た事のない美形の男性が席に座っていた。
その男性は声を掛けた後、私をじっと見ていた。
……突然の事だったから、ビックリして心臓が止まるかと思った。
本当に突然だった。誰かが店に入って来た気配はない。それなのにこの人は唐突に現れてそこに居た。
見た目は二十代半ばぐらいだと思う。ウェーブのある艶やかなブルネットの髪が背中の中ぐらいまで伸びてて、肌は大理石の様に色白。目鼻立ちは整っていて、瞳の色は深い青。
顔全体で評価すると、男性というよりも女性が男装しているみたいな美しい顔をしていた。
私は何となく、その男性から冷ややかな印象を感じた。
彼はへんてこな事に神父が着るキャソックみたいな服を着て、頭にはターバンを巻いていた。何かのコスプレか?
「他に席は空いてるよ」
「スカイブルー。私はお前に用がある」
何処から如何見ても怪しくて関わりたくないから、空いてる席を促すと、男性が私の名前を言った。嬉しい事に、私の知り合いにこんな変人は居ない。
男性が困惑している私に向かって微笑む。何故か分からないけど、彼が私を見つめるまなざしは慈愛に満ちている気がした。
「私に何の用かは分からないけど、まずは誰?」
「私の名前はワイズ・ヒュー」
名前だけ言われても誰だか分からない。
どうやら彼は自分から話し掛けてきたのに、会話をする気がないらしい。
仕方がないから、私から色々と質問する事にした。
「どうして私の名前を知っているの?」
「知っているからとしか言えない」
「じゃあ、その格好から予想して神様?」
「そんな力は私に無い」
「……はぁ。それで、私に何の用?」
「お前は分岐点だから、最後に会いにきた」
「分岐点? 最後?」
「スカイブルー。これからお前の前に二つの選択肢が現れる。一つは人類の存命。もう一つは滅亡」
「何それ?」
会話が成立していないと思う。
突然現れて私の選択で人類を滅亡するとか脅されたけど、素人相手のドッキリか何かか?
「お前が人類の存命を選択する事を祈る」
ワイズ・ヒューが真正面から私の顔を見つめる。
どうやら彼は本気で冗談みたいなことを言っているらしい。
病院に行け。
「また会おう」
ワイズ・ヒューは最後にそう言うと、姿がぼやけて消えた。
そして、同時に灰色だった世界の色彩が戻り、再びテレビからベースボールの中継が流れた。
「チョッ消えた! ……いったい何だったんだ?」
目の前で人が消えて大きく目を見開く。席を立って叫んだ私を店長が不審な目で見ていた。
椅子に座りなおして一分近く呆然としていたが、正気に戻ると、彼の正体を知るべくスマートフォンを取り出してワイズ・ヒューを検索した。
その結果、これから向かうアリゾナ州フェニックス市のITソフトウェア会社がヒットした。これは偶然か?
あれは夢だったのだろうか。
だけど夢にしては、現実味がありすぎる。あの時にほっぺたを抓って確認するべきだったと後悔した。
いくら考えても信じられず、あれは夢だと無理やり思い込んだ。そして炭酸の抜けたゼロコークを飲み干してから席を立つ。
店を出る時に、水の入った500mmペットボトルを三本購入すると、チーズバーガーよりも高かった。これも温暖化のせい?
「無事に着けよ」
「バーイ」
私の無事を口にしたオーナーに手を振り返す。
外に出ると暑さに店の中へ戻りたかったけど、さすがに暑いから中に居させてとは言えない。
直射日光が当たっていた車のドアを開けると、車内の熱気がむあ~んと襲ってきて天国への扉が見えた。すぐに窓を全開に開けてエアコンを入れる。
スタンドで水素を満タンにして、水素ステーションを後にする。
私を乗せた車は再びハイウェイを走り西へと向かった。
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