最終話 フィッシングダイアリー!
シャルお姉様との戦いが終わり、ミルティちゃんが元気になってしばらく経った頃。私たちは、結局満喫出来なかったソーダガツオ釣りに、改めて出掛けようという話になった。
私とミルティちゃんとユノちゃんを乗せた魔導モーターボートと、ジルちゃんと侍女さんを乗せたシーホースの馬車は、仲良く並んで目的地へ向けて出発した。
「あ、あの……。コルクさん。とっても距離が近いのですが……?」
「また誰がミルティちゃんを狙うか分からないんだから、私がしっかり守らないと……!」
「すっかり過保護になっちゃったわねぇ〜。でも、コルクが守ってるなら安心ね」
シャルお姉様と、魔法使いの里はあれからどうなったのだろうか……。もうあそこに戻るつもりはない。このまま、私の家族に関することは分からずじまいなのかな。仕方がないことだけど、それも少し寂しいな。
「コルクさん……。なんだか遠い目をしていましたよ……?」
「あ、ごめん……。ちょっと、考え事をしてて……」
「コルクさんには、わたくしたちがいます……。だから、あまり1人で抱え込まないでくださいね?」
「うん……。ありがとう……!」
私には、ミルティちゃんとユノちゃん、それに、ジルちゃんもいる。だから、大丈夫……!
「みなさーん! そろそろこの前の釣り場に着きますよ〜!」
「釣り令嬢、いつになくテンション高いわね……。あの時、コルクとの釣りが台無しになった反動かしら……」
ジルちゃんは、私たちとの釣りをあんなに楽しみにしてくれてるんだなぁ……。よし、今は余計なことを考えずに、釣りを楽しもう!
「グオオオオオオン……」
「ん? 何、この音……?」
「わたくしたちの下の方から鳴っているみたいですね……」
「懐かしいような……。心が落ち着くような……。なんだか不思議な音だなぁ……」
あれ? この音、前にどこかで聞いたことがあるような……?
「み、皆さん! 下、下見てください!!」
「えっ、下?」
ジルちゃんは、青ざめながら下を指差している……。確かに不思議な音は聞こえる。でも、下を見ても何も見えないけど……。
「ちょっとあんた、もっと具体的に言わなきゃ分からないでしょうが……」
「し、下に物凄く大きな魚がいるんです!!」
「ええええええっ!?」
「だって、魚なんてどこにも見えないよ!?」
「コルクの視界に収まらないくらい大きいんですよ!!」
改めてよく目を凝らして見てみると、白い超巨大な物体が海の中で動いているのが見えた。あの音……。白い身体……。私は、この魚を見たことがある……!
「コ、コルクさん! このお魚さんってもしかして!」
「うん、間違いない……! 海賊たちから逃げる時に釣った魚だよ! いや、あの時は途中で“ヒッパレー”が切れちゃったから、釣れたと言って良いのか分からないけど……!」
「“ヒッパレー”が切れたって……そんなに凄い魚なの……!?」
“ヒッパレー”は今まで、ウニの光線攻撃と、ブランの雷の剣、シャルお姉様の魔法に切られていた。でも、これは全部戦闘中の出来事だ。釣りの時に切れたのは、あの白い怪物の時だけだった……。
そう思うと、なんだか悔しいな……。
「ユノちゃん! あの魚釣ろう!!」
「えぇっ!? あんな超デカい魚を!?」
「あの時はちゃんと釣れなかったんだ! 私、あの魚にリベンジしたい! あの魚は、私が釣りに目覚めたきっかけなんだから!」
「ふっ、良い目してるわね……。分かったわ! 釣ってやろうじゃないの!」
「コルク!? ほ、ほほ、本気ですかっ!?」
「お嬢様、庶民は無謀な生き物なのです。諦めましょう」
ユノちゃんは、ボートを魚から遠ざけていく。釣り上げられる距離を確保するために。
「よし、これくらいで良いかしら。一度釣ってるんなら、姿の確認は不要よね?」
「うん! あの姿は一生忘れないよ!」
私は自分に向けて“ヒッパレー”を放った。そして、“ヒッパレー”の性能を引き上げる! あの時の自分の限界を超えるために!
「“ヒッパレー”!!」
魔力の糸は、超巨大魚の近くまで飛んだ。先端の玉は強い光を放っている。白い怪物が動くと、その巨体に押されて海が大きくうねっていた。
「グオオオオオオン……!」
「喰い付いた! やっぱり凄い力だ!」
私は引きずり込まれる前に、“ヒッパレー”に釣り上げるように念じた。これで、前は海面まで持ち上げることは出来た。今度はしっかりと釣り上げる!
「落ち着いて、相手を疲れさせてから、体力が無くなったところを釣り上げる……!」
私は、ジルちゃんに教わったことを思い出す。“ヒッパレー”、焦らないで。ゆっくり、ゆっくりで良いから……!
「コルク、あんたならやれる! 気合よ!」
「コルクさん……。頑張って……!」
「よーし……! そのまま、そのまま……!」
白い怪物の動きが徐々に鈍くなっていく。“ヒッパレー”を食い千切ろうと全力を出しているんだ……。スタミナ切れになるのも、時間の問題だ……! 私はとにかく焦らずに待った。その時が来るのを……。
「よし! 今だ、釣れる!」
私は、思いっきり“ヒッパレー”を引き上げた! 私たちの頭上高くに、超巨大な影が舞っていた。魔力の糸は、切れずに魚の口にしっかりとくわえられたままだった。
「つ、つ、釣れたぁ〜っ!?」
「やったぁ! やりましたね! コルクさん! ついに、あんな物凄く大きなお魚を釣れるようになったんですね!」
凄い達成感だ……。こんなに満たされた気持ちになれるなんて……。
「今、最高に、嬉しい……。私に発現した魔法が“ヒッパレー”で、本当に良かった……!」
「ちょ、ちょっと、あんたたち、喜んでるところ悪いんだけど……。あれ、どうすんのよ!?」
「へ……?」
上空の超巨大な魚は、私たちにどんどん近付いて来る……。ボートの上に、落ちて来ようとしている!? そりゃそうだ! 真上に釣り上げちゃったんだから!!
「うわああああ〜!? ユノちゃん、早く発進させて〜!!」
「こんなのデカすぎて、もう間に合わないわよ〜!!」
「言い争ってる場合ですかぁ〜!?」
お、おおお、落ち着け! 釣れたんだから、今の私なら、あの魚は持ち上げられる! “ヒッパレー”で思いっきり遠くへ引っ張れば……。
「……“ライトニングバースト”!」
その時、空中で雷が爆ぜた。超巨大魚は、ボートを逸れて遠くの海の上に落下していた……。 圧倒的な巨体は凄まじい大波を起こし、私たちは振り落とされないように、必死にボートにしがみついた……!
波が収まると、白い怪物が海の底へと逃げていくのが見えた。
「い、今の爆発は……!? シャルお姉様……!?」
私は、急いで空を見回した。ほうきの姿はどこにも見えない。すでに、この場から去ったのか……。お姉様は、どうしてここに……?
「ねぇ、あの魔法。あんたの姉しかいないわよね……。まさか、まだミルティを狙ってるんじゃ……」
里への復讐をまだ諦めてないのかな……。分からない……。お姉様が、何を考えているのか……。
「わたくしは、ずっと信じていました……」
「な、何を……?」
「コルクさんのお姉様が、良い人だって……!」
「ミルティちゃん……」
「はぁ!? あんた、あんな目に遭わされたのに何言ってんのよ! あの姉に、ミルティとコルクは1回ずつ殺されてるのよ!?」
「たしかに、わたくしは一度死んでしまいましたし、おふたりに、たくさんツラい思いをさせてしまいました……」
「でも、やっぱり、わたくしは、コルクさんのお姉様は良い人だと思うんです……。なんとなく……なのですが……」
「そうか……。そうだね……! ミルティちゃんがそう思うなら、そうだと良いな……!」
「はいっ!」
「はぁ〜……。ほんと、あんたたちはお人好しねぇ〜……。でもまぁ、今回は助けてもらっちゃったみたいだし、そういうことにしておいてあげようかしら……?」
ユノちゃんは、あの時、里の人たちに怒鳴ってくれた。そして私は、里の誰も敵わなかったシャルお姉様を、ハズレ魔法で打ち破った。もしかしたら、あれから魔法使いの里の中の何かが変わったのかもしれない……。
里からしたら、シャルお姉様は里を襲った大罪人。もし、魔法使いの里が以前のまま何も変わっていないのなら、そんなお姉様を、里が放っておく訳がない……。
シャルお姉様が、復讐に取り憑かれたままなら、私たちを助けることは、セイレーンの力を奪う絶好のチャンスを自ら手放したことになる……。
ただの願望かもしれない。私には何も分からないし、確認しようもないけど……。少しだけ、信じてみたいな……。
「コルク〜! 大丈夫ですか〜!?」
私たちのボートに、ジルちゃんの馬車が近付いていた。そういえば、すっかりジルちゃんたちを蚊帳の外にしてしまっていた……。
「あ、ごめん、ジルちゃん……。また心配させちゃったね……」
「もうっ! いい加減にしてください〜! 今度こそ平和に、ソーダガツオを釣りに行きますよ!?」
ジルちゃんは半泣きになっている……。そうだった。私たちはソーダガツオを釣りに来たんだった……。
私たちは、再びソーダガツオの釣り場に向けて進み始めた。さっきまでの大騒ぎが嘘のように、海は穏やか。
私たちの日々も、またいろいろ事件に巻き込まれたり、穏やかな日常の繰り返しになるんだろうなぁ……。
「さっきはどうなるかと思いましたけど、とっても迫力満点で楽しかったですね……! コルクさん!」
「うん、そうだね……! 楽しかった!」
どんなことがあっても、みんなで笑い飛ばして、そしてまた、釣りをして……。その日々を書き留めていく。それが私の幸せな、フィッシングダイアリーだ。 ー終ー
追放令嬢の大海フィッシングダイアリー! 〜私の魔法はひっぱるだけ!? だったら釣りだ! 釣りをしよう!〜 ざとういち @zatou01
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