第38話 ミルティ死す

 私たちは、必死に戦って、シャルお姉様に勝利して、なんとかミルティちゃんの再生能力を取り返したはずだった……。


 それなのに、ミルティちゃんはもう動かない。あんなに元気で可愛いミルティちゃんは、ベッドの上で固まったままだった……。


「う、あ……」


 駄目だ。言葉が出ないよ。現実を受け止められない……。


「どうして……。どうしてよ……。再生能力が戻ったはずなのに、どうして元気になってくれないのよ……?」


「あくまで本人の治癒能力です……。息を引き取ったあとでは、効果はありません……」 


 嘘だ……。信じたくない……。ミルティちゃんが、死んじゃったなんて……。


「神様、返してよ……」


「コルク……」


「ミルティちゃんを、返してよぉ!!」


 もう我慢出来なかった。涙を通して、身体中の悲しみが溢れ出るかのようだった。 


「コルク……? 魔力の糸が、上に向かって……」


「え……?」


 “ヒッパレー”が、頭上へと伸びていく。一体、何をしようとして……? 屋根もすり抜けて、物体に干渉することなく、スルスルとひたすら上へ上へ伸び続けている……。


「うっ……!? な、何か“ヒッパレー”にかかった手応えが……!」


「えぇっ!? ちょっと! こんな時に何を上に向かって釣りなんてしてるのよ!?」


「そうですよ! 不謹慎ですよ!? そんなに釣りバカだったんですか!? コルクは!?」


「ちょ、ちょっと待って! これは私の意思でやってることじゃ……」


 いや、まさか……。“ミルティちゃんを返して”って、願った直後にこんなことになってるってことは……。


「これ、天国のミルティちゃんを、釣ろうとしてるってこと!?」


「ええええええええっ!?」


 自分でも無茶苦茶なことを言ってるのは分かってる……! でもこの状況、他にどう解釈したら良いのか分からないよ! でも、もしそうなら、釣るしかない!


「待っててミルティちゃん! 今、釣ってあげるから!!」


 私は“天国”に向かって釣りを始めた。“ヒッパレー”は未だかつてないほど強く引っ張り返されている! 気を抜いたら、すぐに全部持って行かれそうだ……!


「どうなってんのよ、これ!? 何が魔力の糸をこんなに強く引っ張ってるの!?」


「も、もしかして、神様とか……?」


「神様ぁ!?」


 神様でもなんでも、負ける訳にはいかない! 私は、ミルティちゃんを取り戻す!


「うぐぐぐぐ……!」


 つ、強い……! 全然引き戻せない……! このまま力任せに引っ張ったら、“ヒッパレー”が千切れるかも……!


「コルク! 落ち着いてください! 相手を疲れさせて、体力が無くなったところを釣り上げるんです!」


「そ、そうか……! ありがとう、ジルちゃん! さすが釣り令嬢……!」


 力ならほぼ互角……! このまま、根比べだ……!


「頑張れ、コルク! 神様だかなんだか知らないけど、絶対に負けんなッ!」


「コルク! 私以外の人に負けたら許しませんからね!」


 ユノちゃんとジルちゃんからの熱い声援……! そうだ、負けない! 私は絶対に!


「私は、釣りでだけは、他の人に負けたくないんだああああああッ!!」


 しばらく続いた膠着状態。その、僅かに力が緩んだ瞬間を、私は見逃さなかった!


「引っ張れえええええええっ!!」


 “ヒッパレー”が勢いよく私の元へ戻ってきた。その勢いのまま、魔力の糸の先端の玉はミルティちゃんに衝突し、激しく輝き始めた……!


「ま、眩しい……!」


「一体、何がどうなったんですか……?」


「うぅ~ん……。みなしゃん、おはようございます……」


 その時、私たちの時間は確かに止まった……。ミルティちゃんは、まるで今まで普通に眠っていたかのように、起き上がったのだから……。


 理屈はサッパリ分からないけど、私はミルティちゃんの魂を、天国から連れ戻したんだ……。


「あれ……? そういえば、わたくし、どうして……?」


「ミルティ、ちゃん……。ミルティちゃんっ!!」


「わっ! コ、コルクさん……」


「良かった……! ミルティちゃんが生き返って、本当に良かった……!」


 私は、思わずミルティちゃんに抱き着いた。温かい……。夢みたいだけど、夢じゃない!


「体温がちゃんとある……。心臓の鼓動も聞こえる……。ちゃんと、生きてる……!」


「コルクだけズルいわよ……! アタシもずっと心配してたんだから! アタシにも、ミルティに抱き着かせてよ!」


「ひゃあっ! お、おふたりとも、ジルさんが見てますよ! は、恥ずかしいですよぉ……!」


「じゃあ、私も加われば、恥ずかしくないですよね?」


「ジルさんまでぇ!?」


 私たちは、4人で抱き締め合った。あったかい……。こんなにあったかいのは、生まれて初めてだ……。


 いつの間にか、侍女さんは席を外していた。さすが侍女さん、気が効くなぁ……。だったらもう気の済むまで、いつまでもこのままみんなでくっついていても、良いよね?

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