第35話 不死身の復讐者

 私とユノちゃんは、ミルティちゃんをジルちゃんたちに託し、魔導モーターボートに乗り込んだ。そして、“ヒッパレー”に進むべき方向を指し示してもらう。


「お願い、“ヒッパレー“……。シャルお姉様がどっちに向かったか教えて……!」


 魔力の糸は、私の手のひらから伸び始め、真っ直ぐに向かって腕を軽く引っ張っていた。


「この方角へ向かえば良いのね……? まるで方位磁石ね……これ……」


「コルク……! 絶対に帰ってきて! あなたは、私のライバルなんですから!」


「うん、ありがとう、ジルちゃん……! 必ず戻るから……!」


 私たちは、魔法使いの里へ向け出発した。ここからどれほどの距離かは分からない。でも、私が眠っている間に里から無人島まで運べる距離だ。この辺りの海域から、そこまで遠く離れた場所にあるとは考えにくい。


 とにかく、今は“ヒッパレー”を信じて前へ進むしかない。


「ねぇ、コルク。お姉さんに会って、その、どうするの……?」


「どう、する……? ……とにかく、まずは話しをして……ミルティちゃんの能力を返してもらう……」


「返して、くれると思う……?」


「…………」


「ごめんね……。いじわるな聞き方になっちゃって……。でも、アタシは、コルクに後悔して欲しくなくて……。到着する前に、覚悟を決めておいた方が良いと思う……」


「うん……。ありがとう、ユノちゃん……」


 ユノちゃんの言う通りだ。私は、ミルティちゃんを助けたい。それだけは、絶対に譲れない……。何があっても、それだけは……。


 2時間後。前方に島が見えてきた。もしかして、あの島に魔法使いの里があるのだろうか……?


「ねぇ、あの島、そうかな……?」


「分からない……。私は、島を外側から見たことがないから……」


 次第に近付く陸地。真っ先に目に入ってきたのは、草木の生えない岩場だった。波が打ち付けられ、荒々しい印象をさらに引き立てている。


 ユノちゃんは岩場にボートを停め、銛を手にして島に上陸した。私もそのあとに続いて島に降りる。“ヒッパレー”は今までにないほど強く光り輝いていた。この島で間違いないようだ……。


「ねぇ、向こうの方、煙が上がってない……?」


 岩場の先に森が見える。そのさらに遠くから、大きくて黒い煙が上っていた。あれは、焚き火なんてそんな穏やかな物じゃない……。


「行こう……! あそこにきっと、お姉様が……!」


 向こうの状況は分からないけど、一刻も早く向かいたかった。私はこれ以上、お姉様に人を傷付けるような真似はして欲しくない……! 私たちは、“ヒッパレー”が指し示す方向へひたすら森の中を突き進んだ。


   ◇


 森を抜け、懐かしい風景が見えてきた。私は、この場所を知っている。この平原には、よくお姉様と花を摘みに来たっけ……。懐かしさと、切なさ。そして、恐怖が蘇る……。


 温かい思い出と、二度と思い出したくない記憶が、私の頭の中でぐるぐると回っていた。


「あれは、魔法……!?」


 魔法使いの里が目前に迫った時、炎と雷が飛び交うのが見えた。すでに戦闘は始まっている……! 私は、里に向けて一気に駆け出した。


 そして、ついに里に足を踏み入れた時、里の風景は私の記憶と異なっていた。民家が破壊され、辺りは炎に包まれている……。


「“フレアストーム”!!」


「あの声は、ロゼお姉様……!」


 ワインセラー家の長女、私の一番上の姉のロゼお姉様の声だ。ロゼお姉様は炎の魔法の使い手、そして“フレアストーム”はお姉様の魔法の中でも上位の魔法だ。戦っている相手は1人しかいない……!


「はぁ……はぁ……! この、化け物……! 私も、もう魔力が……!」


 声の元へ駆けつけると、ロゼお姉様が、前方を睨みながら息を切らしていた。ロゼお姉様の視線を追うと、そこには……右半身を焼かれたシャルお姉様の姿があった……。


「シャル……お姉様……うぷっ……」


「コルク……! 大丈夫……?」


 あまりにも痛々しい光景に、私は胃の中の物を戻しそうになってしまう……。ユノちゃんがすぐに肩を撫でてくれたお陰で、私は、吐き気をなんとか寸前で抑え込んだ……。


「……ふふ。コルク。こんなところまで来るなんて。そんなに私に会いたかったの?」


 シャルお姉様は、自分の身体に起こっていることにまるで動じていなかった……。そして、すぐに焼けただれた肌は再生していた……。あれが、セイレーンの再生能力。ミルティちゃんから奪った力……!


 私は、状況を確認するため、辺りをぐるっと見回した。シャルお姉様とロゼお姉様が対峙していて、ロゼお姉様の後方で、次女のサロンお姉様が放心状態で膝を付いていた。魔力を使い果たしたのか……? さらに、サロンお姉様の傍らには、私の両親の姿があった……。


 私の家族は、私の姿に気が付くと、みんな気まずそうに目を逸らしていた。


「……可哀想にね、コルク。久々に可愛い末っ子が里に帰ってきたというのに。待っててね。今、あなたの分も懲らしめてあげるから」


「シャルお姉様、考え直してくれませんか……? 私は、復讐なんて望んでいません……。それよりも、ミルティちゃんが死んでしまうことの方が、私には遥かに受け入れ難いです……」


 私は、誠心誠意、シャルお姉様に自分の気持ちを伝えた。ただただ、正直に。私が心の底から望むことを。


「お願いします……。ミルティちゃんに、セイレーンの力を返してあげてください……」


「……ごめんね、コルク。私のやろうとしていることは、あなたを苦しめるだけなのね……」


 お姉様……。まさか、私の話を聞いてくれる? このまま、戦わずに済むの?


「……あなたには、あなたにだけは分かってもらいたかった。この世のどこにも、私の理解者など存在しないのだから……」


「シャル、お姉様……」


「……私は、里を許すことは出来ない。私だけではなく、あなたまで追放した里のことを……。この里で生まれる下級魔法の子供たちは、いつまでも、何世代にも渡って私たちのように苦しめ続けられる……。腐っているのよ……この里は……!」


 今まで黙って話を聞いていたユノちゃんは、歯を食いしばりながら一歩前に出ていた。


「そのために、コルクの友達が! なんの罪もない心優しいセイレーンが! 犠牲になっても良いって言うんですか……!? コルクは無人島に捨てられたのに、誰かを恨むこともなく、穏やかに優しく、前を向いて真っ直ぐに生きているんですよ!?」


「……凄いわね、コルクは。本当に可愛い、私の自慢の妹……。私の見ている世界では、あなただけは輝いて見える……」


「……でも、私は、あなたのようにはなれない……。私には、これしか生きる目的がないの。ずっとこのために生きてきた。空っぽなのよ……。私は……」


 お姉様の瞳には、光が感じられなかった。心の底から、世の中に絶望している。そんな目をしていた……。


「心を壊されちゃってるって感じね……。いっそのこと、もっと悪人ぶってくれた方がやりやすいってのに……!」


 お姉様の味方をしてあげたい気持ちに襲われる。何もかも忘れて、あの優しいお姉様に心を預けられれば、どんなに心地よいことか……。頭を撫でてもらいたい。もっと褒めてもらいたい。ずっと、一緒にいたい。


 でも、忘れることなんて、出来るもんか。何よりも大切な、私の友達のことを!


「ユノちゃん。私は、ちゃんと心に決めてきたから……。何があっても、ミルティちゃんを、必ず助ける!」


「あんた、偉いわ。本当に……。だったら、あの可哀想なあんたの姉を捕まえて、ミルティの元へ連れて行くしかない……!」


「……うるさいわね、あなたの友達は。これは、私たちの里の問題よ。部外者は首を突っ込まないで……!」


 シャルお姉様の周囲に、巨大な魔法陣が生成されていた。あれは、召喚魔法!? 魔法陣の中から、大型の翼竜が姿を現した……!


「うわっ! なんでこいつ、アタシだけを狙って……!?」


「ユノちゃん……!」


「……私は今、コルクと話しをしているの。あなたは、ワイバーンとでも戯れていて」 


 ワイバーンは、ユノちゃん目掛けて飛びかかった! ユノちゃんは、銛で応戦しながら、ワイバーンから必死に距離を取っている……!


「コルク! アタシのことは良いから! あんたは姉に集中しなさい! こんな奴、アタシ1人で片付けてやるから!」


「で、でも……!」


「……あの子の言う通りよ。あなたの見るべき相手は私。この里にはもう、あなた以外に、私とやり合おうとする人間なんて残っていないのだから」


 シャルお姉様が言う通り、もう誰も、魔法で攻撃しようともしない。ロゼお姉様とサロンお姉様は魔力切れ。両親は2人の姉より魔力が劣っている。他の里の人間も、いくら攻撃しても無意味だと、思い知らされているようだった……。


 お姉様を止められるのは、私しかいないんだ!

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